第三殲滅隊の鬼教官 *BL

鳳月 眠人

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湖礁地方

第10話

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「空魚の系統、および内海の野生生物、そしてこいつら水棲スライムは、ヘルーワィムに感染せずやつらを食い殺すため、惑星免疫とか惑星抗原とも呼ばれている。

 だがミーミスヴルムでは、水温が大きく上昇する夏に、内海で水棲スライムが盛んに分裂する……

 ……それはもう、物凄く増える。増えすぎたこいつらを放置していると更に際限なく増えて、野生生物の窒息原因となる。駆除が必要なわけだ」


 遠浅の砂礁に、 ときたま大きな口を開けるブルーホール。内海に通じる深い深い縦孔である。夕暮れ時に見るそれは、足がすくむような底のない闇を湛えていた。

 その外周の浅瀬で、ユイガは障壁を張り粛々と説明を続けていた。
 少年たちの阿鼻叫喚を華麗に無視して。


「ちょッッ、ヒイイイ這って昇ってくんだけど!」
「増えるとかいうレベルじゃ……っチッ! こんなんもうスライム風呂じゃねえか!」


 ルチルが、ザクロが、スライムを振り払いながら叫ぶ。
 少年たちは知らなかったのだ。群生している水棲スライムの驚異を。

 ぷよぷよふるふるしていて気持ち良いかも、なんて肌に触れることを許せば最後、気付いたときにはもう手遅れ。際限なく脚に、指にぬるりと絡み付き、服の下に、そして時にはあられのないところにまで容赦なく身体を這う。


「ブルーホールの湖面は蓋をするように数が多くなる。
 加えて、熱源に絡み付く性質があるからな。身を守らないと体内にまで侵入してくる。常に障壁を兼ねた攻撃魔法で防げよ。
 今年もまあまあ多そうだな、……ノルマ倍乗せるか」

「!? 本気ですか隊ちょ、うぅッ!? ひッ!?」

「特務隊訓練だと一人1,000撃破がノルマだ」

「っ、そんなにいるんですか!?」

「特務隊の、案件なんですかッ!」


 アルヴィスもニーノも、そしてラヴァインまで、珍しく声を乱して抗じている。


「第一警衛隊の罰ゲ……訓練にも使われている。その他、事情を知る一部の隊が、訓練がてらに駆除している。この下の海域には海底火山があって年中増えるらしい。で、今の時期が一番多いというわけだ」

「プライベートビーチってそういうことかよ!」

「今、罰ゲームって言いかけた……」


 リレイドがユイガの失言を拾う。

 そう、このあたりは水棲スライムが多すぎるせいで、商用利用ができないエリア、なのである。

 昼間いた場所にはスライムなどまったくいなかったため、誰も気付かなかった。嬉しさから一転、ワケありロケーションだったことに隊員たちは今気付き、至極微妙な気分になった。


「……水中は魔力を放出・維持しにくく、常に命の危機に晒される環境だ。余計な雑念が排除され、魔力純度を否応なく高める。これに詰まったエアは、水圧からの身体保護を考慮するとだいたい1時間。集中して短期で片付ける」

「まず今、貞操の危機なんですが!! ッ、……ッ! ああもう、うっとおしい! あ、」

「んッ、あ!? っンむ、んんんぅ!?」

「あ」
「あーあ」
「うわ……」


 リアムによって勢いよく跳ね除けられたスライムは、運悪くノイの背中に付着した。

 ビニルゼリーで構成されたそれは、一瞬の内に少年の首筋からラッシュガードの下へ、そして驚きに開かれた咥内へと滑り込んでゆく。

 ノイは本能的に躊躇うことなくスライムを噛み切った。そうでもしなければ、内臓に達するか窒息させられそうだったのだ。
 咳き込んで吐き出しても小片が舌の上に残る。そのぷるぷるした食感は……


「んぅッ、ごふっ……ごほッハ、……あれっ!? これ蜜かければ絶対美味しいやつ!」

「…………遊び足らなかったようだな……?」

「あっ待って、ウソウソ隊長まってまってまっ、おッあああああ"っ」

「特攻行ってこい」


 スライムを蹴り分けて進んだユイガは、翠色の少年を軽々と持ち上げ、ブルーホールのど真ん中へと投げ込んだ。

 もちろん脚はつかない。スライム風呂と揄えられたその中心部に少年がどっぷりと肩まで浸かると、スライムは待っていたとばかりに、身体から舐めるように体温を奪っていく。


「総員一旦、空中へ上がれ。ナイリ、撃譜チャージ。整い次第ノイに放て」

「わっ……了解。スライムを一掃します」

 ユイガは、自力で飛べないナイリを左に、リレイドを右に抱えて湖から離れた。

「やぁぁばいってええええ!!!! あっひぅああ、うおアアアッ」

「死ぬ気で身を守れ! お前に必要なことだ。
 アルヴィス、地殻下の内海まで約20km。人一人分で良い、水とスライムを分けて道を造れるか」

「はい。先陣を切れば出来ます」


 青年がしっかりと頷いたのを確認してユイガは指示を続ける。


「ラヴァイン、特恵賦与。指揮はニーノ、お前からだ。ザクロ、リレイドを頼む」

「了解」

 右に抱えたリレイドをザクロに託す。ノイを回収せねばならないからだ。

「リレイドセンパイけっこう筋肉あんね……」
「普通だよ」

「ノイ! 障壁を最大展開しろ!」
「やぁうっあッ、ふおおおおおッんぅらああああああッッ」


 早くもユイガの思惑通り。
 否応なく魔力純度が高まったノイは、スライム風呂に大きな窪みを穿った。
 さざなみが湖面を揺らし、激しく水飛沫が立つ。


「撃譜10秒前」
「総員、突入準備。殿しんがりは俺が担う」

 
 小脇に抱えられた黒色の少年の体内に静かなエネルギーが満ちる。ユイガの耳に、すぅ、と息を吸う音が届いた。


「────【虚】」


 "露払い"というには物々しい闇が、湖面のスライムを水ごと食らい尽くす。

 数刻して、夕闇に混じり融けていった漆黒の中から、豪風の檻が顔を出した。


「水よ、在処を我にせ」

「総員、マウスピースを着けてアルヴィスに続け」


 ノイの障壁の真下に、水が貫かれるように空間をあけた。先行するアルヴィスに続いて、残る少年たちも吸い込まれるように入っていく。

 最後にユイガがハンドサインを送る。障壁解除の合図だ。ノイが障壁を弱めると、真上から突き破るようにユイガは下降した。
 すれ違い様にノイをしっかりと腕に抱えて、孔へ落ちてゆく。


「うううっ隊長、俺……イシュカンは……異種姦はむり……」

「ノイさんちょっと水着溶けてる……」

「げえっ喰われてる……」

「ふざけるからだ。ノイ、そろそろ手を離すぞ」

「うわ、はいっ」


 慌てた様子でノイはユイガからマウスピースを受け取り準備を整える。悲しいかな、これからが訓練の本番だ。ユイガの腕から離れ、ノイもほとんど自然落下の速度でブルーホールを降りていく。

 暗く続く縦孔は終わりのないトンネルのよう。
 ユイガの頭の少し上には、水と空気と力の波力種がキラキラと魔力を帯びて遊んでいる。ざあざあと湖水が道を閉ざしてゆく。


「先頭、約10秒で内海に到達!」


 下から聞こえたアルヴィスの声に、ユイガもマウスピースを噛んだ。







 ──ドプン


 同じてつを踏むまいと、着水と同時に障壁を張った少年たちは、目をも見張った。


 地面の下である内海は真っ暗というわけではない。

 水中を漂う魔晶石の欠片が、夜空のように光を放って暗闇を彩っている。

 その神秘的な内海の星空を、悠々と巨大な水棲生物たちが泳ぐ。増殖した水棲スライムはそんな隙間を漂い、時に食われながら、魔晶石の光をゆらゆらと屈折させていた。

 ──そう、内海に入ってしまえば、スライムの密度は幾らか疎らになる。


「……ッ、……!!」

 だがスライムは、熱を帯びる魔質を感知するや否や、隊員たち目掛けて猛スピードで迫ってきた。
 レオン、ザクロ、ルチル、ニーノ、そしてユイガである。


『 飛車・・前方・へ・・は・な・て 』

 一番手の指揮者となったニーノが光のモールスで指示を出す。魔方陣のような図形と点滅が組み合わされた軍用モールスだ。

 障壁にへばりついてくるスライム越しに、指名されたレオンはなんとかニーノの指示を確認した。

 すぐさま抜剣し、前方へ炎を走らせる。


 真っ直ぐに放たれた魔力は水の中でほんの一瞬輝きを放つ。そしてすぐに暗闇に掻き消された。

 ユイガの言った魔力の出力し辛さをレオンは痛感した。水圧もかかれば、燃焼を持続させる酸素もないのだ。
 が、その熱量にスライムは反応して障壁から離れていき、他の水棲生物は逃げてゆく。


『 飛車・攻撃・継続 』

『 両・銀将・降下・し・て・・は・ん・て・ん・障壁・・展開 』

『 了解 』

『 左辺・桂馬・金将・玉将・・撃譜・よ・う・い 』

『 い・や 』


 ニーノの指示に、了承と拒否のサインが灯った。了承はアルヴィスとリアム、拒否はザクロだ。直後、サインとは関係のない光が闇を裂く。

 樹状のそれは、隊員の誰が見ても明らかなユイガの令威レイだった。


 水中でも威力の劣らぬ制裁を食らったザクロは危うくマウスピースを口から外しかけた。

 ──今ごろ、幼馴染の桂馬はこの暗闇の中で内心嗤っているだろう、マウスピースを落とせば良い。
 心中でそんな悪態をついて渋々、ザクロは暗い赤光しゃっこうを発しながら撃譜チャージを始める。


『 ほ・か・は・・撃譜・ご・え・い 』


 ザクロの障壁内にいたリレイドが前に出る。そして振り向いて首をひとつ、こくりと頷かせた。

 暗い中で、大きく開いた瞳孔は魔晶石のように光る。

 ザクロは戸惑った。リレイドの特恵はヘルーワィムには特効だが、スライムに効くのか知らなかったし、障壁を解いた瞬間自分にも被害が……と考えてしまう。

 だが、揺るがない視線は異彩眼を射ぬく。

 その堂々とした気配にザクロの心が動く。
 まともな環境じゃないから、意思の疎通も面倒な環境だからだ。そう自分に言い訳をして、らしくなく腹を括ってザクロは障壁を解いた。

 途端、押し寄せてくるスライムを、背後から璃光が撃ち抜く。ニーノの攻撃だ。
 それでも拾いきれないスライムをリレイドが倒してゆく。
 
 数日間の筋トレと強制回復の毎日は、少年たちの身体を着実に育て上げていたようだ。
 重い水中で、髪と獣耳を乱して、青年は殺到するスライムを捌く。鋭い徒手攻撃で、的確にスライムの核を潰している。

 攻撃の水流がリズムを刻んで身体をうつ。
 変にくすぐったい感覚がザクロの感情エネルギーのチャージを早めてゆく。


 その時、二人分の撃譜チャージ完了のサインが点滅した。ナイリとユイガだ。二人はまだ同一の障壁内にいるらしい。淡く輝く球は、レオンとルチルが引き付け、ラヴァインとノイが守っている。


『 隊長・は・・前方・へ・・玉将・は・・銀将・へ・・撃譜 』


 ニーノの指示の後、間もなく放たれた一層濃い闇は、下降したリアムとアルヴィスを容赦なく襲う。
 だがそんな撃譜の濃闇を、反転の作用を纏った障壁は驚くほどの光へと変換した。

 一拍おいて、いかずちの柱が幾数もほとばしる。

 この世界で、内海の果てを見たものはそういないだろう。
 だが二種類の光は、昼間の主星シャマシュのように内海をどこまでも照らした。

 果てのないように思えた内海の遥か下に、底がみえる。
 ずっと水だけで満たされているのかと思えば、地殻を支える岩肌が意外と多い。
 生物の大きな骨が転がっている。スライムはまだまだ、透明に揺らめいている。

 この世界の開闢かいびゃくか終焉のようだった。


 だがそれもほんの束の間。一瞬のうちに、撃譜の熱量で水が勢いよく沸騰して泡立つ。立ち上る空気の粒が隊員たちの視界を妨げ、やがてまた晦冥かいめいが訪れた。

 一帯のスライムたちは無数の雷に貫かれるか、飛んで火に入る虫の如く光に引き寄せられて融けていった。


『 指揮・交代 ・・次・は・・ノ・イ』

 ユイガから指揮交代の指示が下る。
 ノイは早速、今見た内海の真実を脳裏におこす。

 スライムの集中していた箇所、でこぼことした地形、討伐対象でない水棲生物の群れの位置。魔晶石の沢山伸びていたところ。

 "自分の見えた範囲"にスライムがやたらと集中している範囲があった。たぶん隊長の言っていた海底火山だ、とノイはあたりをつける。

 けれどそこまで行くには少し遠い。

 次いで、ザクロから撃譜チャージ完了のサインが灯った。

 ザクロは陰の属性を帯びる。が、火の属性も併せ持つので先のように銀将の二人に放てば冷たい光になってしまう。それではスライムを引き寄せられない。


『 撃譜・・後方・9A・の・上方・へ・・は・な・て 』


 指示を受け、ザクロは左手を振り払って水を切る。感情エネルギーを魔力で制御する撃譜を、実に久しぶりにフルチャージで放った。心が幾分か晴れた気がした。

 暗闇に灼炎が咲く。
 地の底で静かで燃えるような炎は、水中で消えることなく内海を燃やす。

 ノイの具体的な指示、それは海底火山から流れる暖かい海流を根城にしているスライムを一網打尽にするものだった。
 その様子は夜目の効く、主にデニスワール系の隊員が視認しており、ノイの評価が上方修正された。

 普段おちゃらけているノイは自分の強みを知っている。特恵の眼と、それで見たものを即座に把握する記憶力だ。


『 作戦・継続 ・・ 全体・降下 』

 ナイリの闇にも似た深海へと、第三隊は降りていった。
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R18番外編
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