第三殲滅隊の鬼教官 *BL

鳳月 眠人

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湖礁地方

第9話

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「では、じゃんけんで」
「──え?」
「もーらーちーねーぜっ! ですよ」
「いや、言語的な問題じゃなくてな。俺、片親デニスだし」

 いつも斜に構えた態度ながら、どこか聡い雰囲気のあるザクロが、最年少隊員の天然発言に本気で戸惑っている。傍らのリレイドがフッと小さく笑った。

「戦えって、別に"魔法攻撃で"とは言われなかったから」
「単純な武力のボコし合いでも良いし、じゃんけんでも良いってことです」
「あー、なるほど賢いな。つーか意外と物騒な言い回しすンだなお前」


 平和だ。
 毒気を抜かれたザクロは浅い水煌に身を浮かべた。
 ゆら、と、くすんだ金髪が水流に解される。

 じっとしていると、水中から大きなヒレのモビュラが、空からは小ぶりのモラが下りてきて、ザクロの脚や腹をついばみ始めた。──くすぐったいのか、彼の足指がピクリと動いた。


「でもちょっと、あの撃譜を障壁なしで喰らってみたかったんだよなあ。実戦の時はそんなバカできねえし」
「──」

 リレイドの鳥竜種がモラにブレスを吐いて追い払った。
 少しの沈黙の後、ナイリは視線を斜め下にやって呟く。

「撃譜は、ヘルーワィムに使うものです」
「人に使ったことがあるやつの言い方だ」
「……ザクロ」

 静かに咎めたリレイドに、ザクロはいつもの笑みを浮かべて、ざば、と立ち上がった。
 攻め方を変えよう。挑発するより甘い方が良い。

「大方お前、欠損かなんかで出力制限ができねえんだろ。弱め撃譜の練習してると普通の魔力操作もできるようになるかもよ?」

 障壁の内側から見た"ホンモノの焼けつく闇"。それに自分は耐えうるのか。自分の魔力とどう違うのか。例の事件の魔質と合致するのか。
 好奇心の勝るザクロは、ナイリを優しく誘う。


「どうしても不安なら相殺するから。俺、陰属性あるし死なねえって。一発だけ、チャージ60秒ぐらいのでいいからホラ、やってみ?」

「本当に大丈夫か」
「リレイドセンパイだって特恵と魔工具だけで撃譜防御してんでしょ」

「じゃあ……もう少し、離れてください。それから、できれば空中で……」 

 心配そうに見守るリレイドを他所に、ザクロは距離をとって宙で仁王立ちになる。チャージを始めたナイリに、ザクロもチャージを始めた。

「いきます。撃譜──【虚】」

「──【煉】」

 空間に穴が開いたような闇が、穏やかな湖畔に顕現した。それはザクロが身に纏う感情エネルギーを激しく蝕んでくる。目前まで迫ってきた漆黒は、全てを貪欲に食らおうとジクジクと音を立てていた。

 ザクロは喉を鳴らし、薄く脂汗を滲ませながら、指先の魔力だけ切って闇に触れる。

 結果として、痛感はなかった。
 が、闇に触れた指先は、爛れ溶けて崩れてしまっていた。
 最初からそこに存在しなかったように。

 間もなく、陽射しが再び異彩眼の青年を包む。目立った外傷のないその姿に、ナイリは至極ほっとした表情をした。けれど若干顔色が悪い。

「ナイリお前、相当病んでんなー」
「え……あ、指……!!」
「だぁいじょぶだって痛くねえし、ニーノセンパイに治してもらうわ。またやろーぜ」

 ザクロは軽い声で手を振って、来た時のように水面を跳ねて行った。


 撃譜は誰でも撃てる訳ではない。
 だが小隊長になる為の前提条件でもある。自隊の玉将クラスが倒れた時に最終手段として、クラスチェンジを行い隊長が玉将クラスとして撃譜を続ける為だ。

 ユイガの定めた順位はリレイドの方が上だった。しかしもしザクロと戦ったら、と考えたリレイドには、その勝敗の予想はできなかった。もちろん後輩に自ら負ける気はないが──

「クォーターチャージでしたけど、ザクロさん凄いですね……」
「そうだね、頼もしい」



* * *



「……伴星シンの方、本当にかなり暗くなってきちゃったなー……」
「俺がガキの頃はもっと明るかったな」
「! 隊長、お疲れ様です」

 ニーノはビーチボールを抱えたまま、ユイガに敬礼した。
 隊員の元にやってきたユイガも、今はラッシュガードと膝丈の水着に着替えており、何やら魔工具の入ったケースを持ってきている。そろそろ訓練が始められるのだろう。

「あいつらまだやってんのかよ、折角の気晴らし時間が勿体ねーな」

 ザクロが軽食を頬張りながら、鏡面にゆらぐ二つの夕陽をバシャバシャと乱してやってきた。
 視線の先ではレオンとリアムが未だに戦い続けている。


 この世界の二つの太陽は時に、追いかけっこをするような軌道を描く。水平線近くで、沈みそうで沈まないその太陽たちは、触れ合うことは決してない。

 滑らかな階調グラデーションで彩飾された、遮るもののない夕空を背景に、二つの影は未だ、激しく衝突していた。

 太刀筋の合わさる鈍い音が虚空を衝く。疲労によって筋はぶれ、もう魔力もまともに通っていない。

 憂うような視線でそれを見上げていたアルヴィスも、この場にユイガが来たことに気付いた。彼は静かな波をつくってユイガの方へ歩み、一礼した。

「アルヴィス、報告」
「はい。
 ラヴァイン 2勝、対アルヴィス、対ルチル。
 アルヴィス 2勝、対ニーノ、対ノイ。
 リレイド 24勝、対ナイリ、対ノイ」

「待て、なんだその数は」
「……手遊び勝負だそうです。ナイリと23勝」
「手遊び…………、ッふ、は」

 鬼教官、と言うべき厳格サディスティックな隊長が、口許を弛ませ眉を下げて吹き出した。その場にいた隊員たちは確かにそれを目撃した。

 直視してしまったアルヴィスは、その一瞬、その綺麗な光景に、視線が縫い止められたように離せないでいた。ざらりとした、よく分からない感情が心の底を這ったのを知覚した。

「続けろ」
「──は、っはい。
 ザクロ 0勝、対ナイリ。
 ニーノ 1勝、対アルヴィス、対ノイ。
 レオン 3勝、対リアム。現在も戦闘中。
 ナイリ 56勝、」

「56勝!?」
「……強いそうです、手遊びが。対リレイド、対ザクロ」
「お前も手遊びか」
「俺は撃譜喰らいましたよ。指先が消えたんで、ニーノセンパイに治してもらいました」

 ユイガから確認の視線を受け、ニーノは頷いた。ひらひらと振られたザクロの手の指先は、綺麗に元通りになっている。

「ルチル 1勝、対ラヴァイン、対ノイ。
 リアム 1勝、対レオン。現在も戦闘中。
 ノイ 0勝、対アルヴィス、対リレイド、対ニーノ、対ルチル。以上です」
「ノイが揉まれたようで何よりだ」

 幾分か楽しそうな声音でそう言ったユイガは、翠色の少年を目だけで探した。見当たらない──いや、いた。ひしがれるように砂礁で城を造っている。ナイリがそれを手伝って、やたらクォリティーの高い城が完成しつつあった。

 ガキか。いや、やつらはまだガキだった。
 ユイガが思ったその時、カン、という高い音がしてリアムの眼鏡が空に飛んだ。
 足許に小さな水音を立てて落ちてきたそれを、ユイガは水中から拾い上げてそっと畳んだ。


「入学した、ときから……ッ何かと双頭扱いされて、いい加減、目障りだ……ッ」

「知るかよ! 他人の、っ評価なんか、俺はただ」

「僕が! あの男は僕が、討つ!!」

「父さんはッ、俺が、取り戻す!! 焔環っ……」

「其は偽となりッ、理を返す!」

 事象が反転する。捻れ返される魔力に抗えず、水面に叩きつけられたのは赤色だった。一拍遅れて、息を切らした明青の少年も水飛沫を上げて着水した。
 二人ともここに来た時の服装のままだ。薄い服が水に揺らぐ。

《 自由時間終了。これより第三殲滅隊訓練を開始する。媒体武器を持って50秒で集合しろ 》

 通信で全員に呼び掛け、ユイガは二人の元に近づいてゆく。

「レオン、ネガ、ラッシュガードに着替えてこい。ネガ……ランクを上げるか」
「いいえ」

 ユイガの問いに、リアムは即答した。

「──全勝するようになるまで、結構です。それから、ネガと呼ばれるのは好きでないので、リアムでお願いします」

 隊長から眼鏡を受け取った少年の声音は相変わらず不機嫌だった。しかしどこか少し、吹っ切れたような顔をしていた。
 

 そうして急ぎ着替えてきた二人に、ユイガは両手を翳す。
 
 ユイガから発せられる弾ける光に、隊員は癖でつい身を固くする。
 だがこの回復魔法の時だけは、そんな強ばってしまった身体が芯からあたたかく癒されていくので、……つまり自然と、それを受ける隊員は目が細まり気が弛む。安定感のある魔力はずっと受けていたくなる心地よさなのだ。

 先程まで魔力と体力を絞りだし、感情のぶつけ合いをしていたレオンとリアムも例外でなく顔が弛みきっている。傍から見ると、まるでアンデルトのような獣耳じゅうじがあるような幻覚さえ見えてくる。

 こんなことになるのはもちろん施術するユイガも知っているので、回復終わりにいつも気付けの令威を放つ。かなり弱めに、だが。

「うわ……もしかして俺も相当弛んでんのか、嫌だなアレ……」
「んふッ、」
「なんだよニーノセンパイ、やっぱヤベエの、俺の顔」
「いや……うん、なんか前、一回うっとりしてるの見ちゃった」

 ザクロは、自分の顔を自分で想像して目を見開き、顔を盛大に歪めた。

「……埋まってくるわ」
「ブッは、ウケる」
「言っておくがお前も蕩けてるぞ」
「は?」

 ザクロの態度に笑ったルチルに、ラヴァインが鋭く指摘した。だがそれに甘んじるルチルではない。

「……毎回メス顔晒してるヤツに言われたくねぇんだけどぉ」
「な……!」

「うん、ラヴァインもいつも凄く気持ち良さそうにしてる」
「アルヴィス様……!?」
「抗えないっすよ、あれは……」

 にっこり笑って言ったアルヴィスと、何か悟ったような物言いのノイに励まされ、ラヴァインは普段あまり動かさない顔の筋肉を更に固くした。


 さて全員が集合し整列した水辺で、ユイガは隊員の前に立って口を開いた。

「編成後はひたすら、個人の技量把握と基礎力向上に充ててきたが、最後調整として連携力と魔法の出力純度を高める」

 少年たちは戦慄した。
 人を乗せた大型バスと変わらぬ重量を負荷してくる重力魔晶を身に付けたランニングが。あるいは、容赦なく令威レイを浴びせられながらの筋トレや素振りが。
 そして平衡感覚を失うほどほぼ一方的にいたぶられ続ける戦闘訓練が、基礎力向上だったのか、と。

「連携に、拗らせたわだかまりは障害でしかない。信頼関係が前提であり必要条件となる。そこで──」

 ガチャ、とケースから取り出された物に、一同は身構えた。が、少年たちの何人かはその物体を知っており、訓練内容を仄かに察する。
 圧縮魔晶が夕陽を受けて照り返す。主にエアの保存・供給に使われるマウスピースだ。
 ──やはり、沈められるのか。まさか──

「各人、こいつを咥えろ。今から内海へ潜る。夏に増えすぎた水棲スライム狩りだ。指揮隊長を、一人ずつ行う。討伐ノルマは2,000体──集中を切らすな。くれぐれも判断を誤ったり、溺死することのないように」



※蛇足※
ザクロを啄みにきたモビュラはエイ、モラはマンボウっぽい生き物です。いずれも学術名より。
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R18番外編
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