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湖礁地方
第8話
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ザブ、ざざざと波の立つ音が耳に届く。ゆらゆらと揺れる機体は揺り籠のよう。それは、先程まで生死の淵に立たされていた少年たちの意識を穏やかに揺り起こした。
「生きてるか、第三隊。動けるようになった者から降りろ」
操縦室から出てきたユイガは外への扉を開け放った。
隊長の指示に、よろよろと眩しい光の方へ出てきた彼らは、眼下の水面を見下ろす。
「水だ……?」
靴を脱いでズボンを捲り、バシャッと降り立ったレオンを見て、他の隊員も続き出した。
白い砂礁が少年たちの足の裏を包み、膝まで浸る心地よい水の冷たさが悪酔いを醒ましてゆく。
眼に写るのは、空との境目を見誤りそうな、果てなく続く遠浅の湖。内海を地殻の下に湛えるこの世界では、地表へ露出している水場は非常に稀だ。ましてこれだけ広大な湖は数が限られている。
思わぬ光景に、少年たちは皆一様に瞬きした。
「ここは……」
「湖礁地方、ミーミスヴルム」
「観光地じゃん!」
隊長から返された意外な地名にルチルが叫んだ。ユイガは貨物室を整理しながら更に返す。
「プライベートビーチだ。第一警衛隊隊長の」
「スウィートクラウド家の!? なんの伝があって」
「……一言で言えば、友人だ」
答えながら、ユイガはビーチボールをひとつ、ボンと拳で打って隊員にやった。キャッチしたノイは、顔を見る間に明るくしてテンションを上げる。
「うっそひゃっほう!! 遊んでいいってことですよね!?」
「夕刻までな。昼は軽食を二度、あそこからここまで持ってきていただけるらしい。隊員諸君がくたくたに疲れた頃、本格的な訓練を開始する。荷は訓練後に屋敷へ運ぶので着替えたい者は自由にして構わない」
ユイガの指す水平線と逆の方向には、砂礁の丘に、地方特有の木々に囲まれて壮麗な屋敷が建っていた。第一警衛隊長の保有する屋敷だろう。
これは、期待できる。
夕刻からはいつもの地獄の訓練があるのかもしれない。しかしそれでも、もう無いものと諦めていた息抜きの時間をふいに与えられて、少年たちの顔は輝いた。
「先も言ったとおり、ここはプライベートビーチだ。何をしても構わない。地形さえ変えなければ、魔力を使った私闘でさえも。──順位が決定しても、お前らまだ、遺恨があるだろう」
幾人かの空気がピリ、と張り詰めた。
「不服があるなら、今日だけ思う存分、相手にぶつければ良い。その私闘で下位が上位に勝った場合、順位を変更する。後で俺に申告しろ。また遺恨がなくても、夕刻までに一回は誰かと戦うように。全員戦ったかどうか、これはアルヴィスが管理報告しろ」
「隊長はこちらにおられないんですか?」
「お前らの提出したレポートを読む。何かあれば通信で呼べ。ああ、それから、隊長命令を下す」
アルヴィスの問いに答えたユイガは、自身の荷物だけ持って、中空から隊員たちを見下ろして続けた。
「これから各隊員、互いをファーストネームもしくは愛称で呼び合うこと。これを守らない者、或いは蔑称を使うようなことがあれば懲罰対象とする」
「な、なんですかその命令!」
「俺の特恵の特性上必要な行為だ。第三隊に所属している限り、異論は認めない。では解散」
リアムが挙手なしに反応した。しかしユイガはそれを捩じ伏せ、去っていってしまった。
「……ジング……ッれ……クソッ………………レオン、」
なにか屈辱的な気持ちを味わいながら、リアムは睨み付けて名を呼んだ。明らかにその雰囲気を嘲り楽しんでいる二人分の視線を受け、彼はギリと歯を食い縛る。
先は言われずとも分かる。戦闘の申し出だ。応じるように睨み返したレオンは、はっとしたような顔をして、口を開く──
「──あ、俺、便所」
リアムの聞き返す間もなく、ひらりと航空挺に戻った赤色の少年は、扉の縁に立って振り向いて言った。
「終わってから、お前と闘る」
* * *
「ハー、笑った笑った」
「あいつ天然つーか大物なとこあんな。さすが英雄の子」
「挑発の仕返しじゃね?」
「あのタイプはそんな器用なことできねえだろ」
火焔の魔力が"反転"され、打ち消す水氷が大気に白く立ち込めている。その白霧の中から武器のぶつかる音が激しく響く。
ラッシュガードを羽織った水着姿となったザクロとルチルは航空挺の翼上で寛ぎながら、その影を観賞していた。
「涼しいな、ちょうど良く加湿もされてて」
「おーいノイ、ちょっと風送ってくんね?」
「最高じゃん今期の新兵。エアコンいらず」
「今、それどころじゃ、ないんですけどぉ!!」
「集中しなよ!」
「ッツ、くあっ!! うう、かっけえ眼福……! ギャッッ」
ノイはアルヴィスと絶賛戦闘中だった。
遠距離からの攻撃を得意とするノイだが、既にアルヴィスに距離を詰められ、銃剣をなんとか躱すことしかできなくなっている。
だが戦闘モードに入った憧れのアルヴィスを間近にして見入ってしまい、それすらも覚束ない。
この戦闘、申し込んだのはノイからではない。アルヴィスからだ。『自分が勝ったら、以降は過度なスキンシップをしてこないこと』。それを約束させられ、紫の青年と戦う嵌めになったのである。
「ノイー、次、俺とやろーね! 回復してあげるから頑張ってー」
桃色の青年がにこやかに手を振りながら、砂礁から二人に声援を送った。同じ香車クラスの彼の実力が気になっていたらしい。
「距離を詰められたら、どう対処するの、"成"れば近接攻撃もするでしょう」
「や、わりと、アルヴ様って、戦闘中人が変わるタイプ、ッう"ッッぐぅう!!」
「ふざけてると後悔するのは君だよ」
私闘と言うより指導。銃剣の柄の打撃が、強烈にノイの脛を叩く。
呻いて痛みを意識の外に追いやって、ノイはようやく、日中あまり出てこない本気を引っ張り出す。──へらつく表情が徐々に失せてゆく。
「杏舞・風花殺傷ッ」
立ち込めていたリアムの水氷が、逆巻く風に乗ってアルヴィスを襲う。下から突き上げる攻撃はアルヴィスの目を一瞬眩ませた。
「ッ──、」
「杏舞・烈鋒衝」
褐色のしなやかな腕が風を纏い、アルヴィスの障壁を突き崩す。
「杏舞・嘴脚──」
「──星よ、牽け」
アルヴィスは、速く鋭い蹴脚を紙一重で捌き、銃身に添わせる。そして短く低い声で波力種に指示を下した。
突然の引力に成す術はない。
砂礁に打ちつけられたノイの胸上にはもう、片膝をついて彼を抑え込むアルヴィスがいた。銃剣のスパイクが翠色の少年の喉元に突きつけられ、鈍く光った。
「約束。飛びついて来ないこと」
「……ハイ……」
「服の下に手を入れたり変に擦り当てたりしないこと」
「ふええ」
「……したいなら、勝てるようになってからにしてね」
伏した睫毛が、陽射しで淡く煌めく。その薄紫は仰ぎ見ると銀に近い。いつ傷ついたのか、頬から血が滲んで一滴、ぽたりとノイの胸元に落ちた。
「…………えっ、ワンチャン──!!!?」
「ないよ!」
「ひゃーやっぱアルヴ様かっけえな……」
「オンオフのギャップ結構酷くね二人とも」
「な。……俺らどーする?」
「テキトーに、一戦ヤッとこうぜ。オウジ様も態々絡んで来ねえだろ」
「私は、日頃の憂さを晴らしたいんだが」
少し離れた場所から凛とした声が届いた。ラヴァインが堂々とした足取りで尾翼の方から二人の元へ近付いてくる。
「こいつが本気出したらヤられんだから、止めときな」
「そーそー。ライだけヤられてこいな。じゃ」
「あ? ちッ逃げやがった」
ルチルを残してひょいと航空挺の翼から身を躍らせたザクロは、宙を跳ねるように波間を渡る。そして、同じようにラッシュガードに着替え、鳥竜種を翔ばして戯れている灰色と黒色の少年たちに話しかけた。
「リレイドセンパイも気になるけど、チビ……じゃなくてナイリ。遊ぼうぜ」
「生きてるか、第三隊。動けるようになった者から降りろ」
操縦室から出てきたユイガは外への扉を開け放った。
隊長の指示に、よろよろと眩しい光の方へ出てきた彼らは、眼下の水面を見下ろす。
「水だ……?」
靴を脱いでズボンを捲り、バシャッと降り立ったレオンを見て、他の隊員も続き出した。
白い砂礁が少年たちの足の裏を包み、膝まで浸る心地よい水の冷たさが悪酔いを醒ましてゆく。
眼に写るのは、空との境目を見誤りそうな、果てなく続く遠浅の湖。内海を地殻の下に湛えるこの世界では、地表へ露出している水場は非常に稀だ。ましてこれだけ広大な湖は数が限られている。
思わぬ光景に、少年たちは皆一様に瞬きした。
「ここは……」
「湖礁地方、ミーミスヴルム」
「観光地じゃん!」
隊長から返された意外な地名にルチルが叫んだ。ユイガは貨物室を整理しながら更に返す。
「プライベートビーチだ。第一警衛隊隊長の」
「スウィートクラウド家の!? なんの伝があって」
「……一言で言えば、友人だ」
答えながら、ユイガはビーチボールをひとつ、ボンと拳で打って隊員にやった。キャッチしたノイは、顔を見る間に明るくしてテンションを上げる。
「うっそひゃっほう!! 遊んでいいってことですよね!?」
「夕刻までな。昼は軽食を二度、あそこからここまで持ってきていただけるらしい。隊員諸君がくたくたに疲れた頃、本格的な訓練を開始する。荷は訓練後に屋敷へ運ぶので着替えたい者は自由にして構わない」
ユイガの指す水平線と逆の方向には、砂礁の丘に、地方特有の木々に囲まれて壮麗な屋敷が建っていた。第一警衛隊長の保有する屋敷だろう。
これは、期待できる。
夕刻からはいつもの地獄の訓練があるのかもしれない。しかしそれでも、もう無いものと諦めていた息抜きの時間をふいに与えられて、少年たちの顔は輝いた。
「先も言ったとおり、ここはプライベートビーチだ。何をしても構わない。地形さえ変えなければ、魔力を使った私闘でさえも。──順位が決定しても、お前らまだ、遺恨があるだろう」
幾人かの空気がピリ、と張り詰めた。
「不服があるなら、今日だけ思う存分、相手にぶつければ良い。その私闘で下位が上位に勝った場合、順位を変更する。後で俺に申告しろ。また遺恨がなくても、夕刻までに一回は誰かと戦うように。全員戦ったかどうか、これはアルヴィスが管理報告しろ」
「隊長はこちらにおられないんですか?」
「お前らの提出したレポートを読む。何かあれば通信で呼べ。ああ、それから、隊長命令を下す」
アルヴィスの問いに答えたユイガは、自身の荷物だけ持って、中空から隊員たちを見下ろして続けた。
「これから各隊員、互いをファーストネームもしくは愛称で呼び合うこと。これを守らない者、或いは蔑称を使うようなことがあれば懲罰対象とする」
「な、なんですかその命令!」
「俺の特恵の特性上必要な行為だ。第三隊に所属している限り、異論は認めない。では解散」
リアムが挙手なしに反応した。しかしユイガはそれを捩じ伏せ、去っていってしまった。
「……ジング……ッれ……クソッ………………レオン、」
なにか屈辱的な気持ちを味わいながら、リアムは睨み付けて名を呼んだ。明らかにその雰囲気を嘲り楽しんでいる二人分の視線を受け、彼はギリと歯を食い縛る。
先は言われずとも分かる。戦闘の申し出だ。応じるように睨み返したレオンは、はっとしたような顔をして、口を開く──
「──あ、俺、便所」
リアムの聞き返す間もなく、ひらりと航空挺に戻った赤色の少年は、扉の縁に立って振り向いて言った。
「終わってから、お前と闘る」
* * *
「ハー、笑った笑った」
「あいつ天然つーか大物なとこあんな。さすが英雄の子」
「挑発の仕返しじゃね?」
「あのタイプはそんな器用なことできねえだろ」
火焔の魔力が"反転"され、打ち消す水氷が大気に白く立ち込めている。その白霧の中から武器のぶつかる音が激しく響く。
ラッシュガードを羽織った水着姿となったザクロとルチルは航空挺の翼上で寛ぎながら、その影を観賞していた。
「涼しいな、ちょうど良く加湿もされてて」
「おーいノイ、ちょっと風送ってくんね?」
「最高じゃん今期の新兵。エアコンいらず」
「今、それどころじゃ、ないんですけどぉ!!」
「集中しなよ!」
「ッツ、くあっ!! うう、かっけえ眼福……! ギャッッ」
ノイはアルヴィスと絶賛戦闘中だった。
遠距離からの攻撃を得意とするノイだが、既にアルヴィスに距離を詰められ、銃剣をなんとか躱すことしかできなくなっている。
だが戦闘モードに入った憧れのアルヴィスを間近にして見入ってしまい、それすらも覚束ない。
この戦闘、申し込んだのはノイからではない。アルヴィスからだ。『自分が勝ったら、以降は過度なスキンシップをしてこないこと』。それを約束させられ、紫の青年と戦う嵌めになったのである。
「ノイー、次、俺とやろーね! 回復してあげるから頑張ってー」
桃色の青年がにこやかに手を振りながら、砂礁から二人に声援を送った。同じ香車クラスの彼の実力が気になっていたらしい。
「距離を詰められたら、どう対処するの、"成"れば近接攻撃もするでしょう」
「や、わりと、アルヴ様って、戦闘中人が変わるタイプ、ッう"ッッぐぅう!!」
「ふざけてると後悔するのは君だよ」
私闘と言うより指導。銃剣の柄の打撃が、強烈にノイの脛を叩く。
呻いて痛みを意識の外に追いやって、ノイはようやく、日中あまり出てこない本気を引っ張り出す。──へらつく表情が徐々に失せてゆく。
「杏舞・風花殺傷ッ」
立ち込めていたリアムの水氷が、逆巻く風に乗ってアルヴィスを襲う。下から突き上げる攻撃はアルヴィスの目を一瞬眩ませた。
「ッ──、」
「杏舞・烈鋒衝」
褐色のしなやかな腕が風を纏い、アルヴィスの障壁を突き崩す。
「杏舞・嘴脚──」
「──星よ、牽け」
アルヴィスは、速く鋭い蹴脚を紙一重で捌き、銃身に添わせる。そして短く低い声で波力種に指示を下した。
突然の引力に成す術はない。
砂礁に打ちつけられたノイの胸上にはもう、片膝をついて彼を抑え込むアルヴィスがいた。銃剣のスパイクが翠色の少年の喉元に突きつけられ、鈍く光った。
「約束。飛びついて来ないこと」
「……ハイ……」
「服の下に手を入れたり変に擦り当てたりしないこと」
「ふええ」
「……したいなら、勝てるようになってからにしてね」
伏した睫毛が、陽射しで淡く煌めく。その薄紫は仰ぎ見ると銀に近い。いつ傷ついたのか、頬から血が滲んで一滴、ぽたりとノイの胸元に落ちた。
「…………えっ、ワンチャン──!!!?」
「ないよ!」
「ひゃーやっぱアルヴ様かっけえな……」
「オンオフのギャップ結構酷くね二人とも」
「な。……俺らどーする?」
「テキトーに、一戦ヤッとこうぜ。オウジ様も態々絡んで来ねえだろ」
「私は、日頃の憂さを晴らしたいんだが」
少し離れた場所から凛とした声が届いた。ラヴァインが堂々とした足取りで尾翼の方から二人の元へ近付いてくる。
「こいつが本気出したらヤられんだから、止めときな」
「そーそー。ライだけヤられてこいな。じゃ」
「あ? ちッ逃げやがった」
ルチルを残してひょいと航空挺の翼から身を躍らせたザクロは、宙を跳ねるように波間を渡る。そして、同じようにラッシュガードに着替え、鳥竜種を翔ばして戯れている灰色と黒色の少年たちに話しかけた。
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