第三殲滅隊の鬼教官 *BL

鳳月 眠人

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湖礁地方

第7話

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「わぁっすごく懐いてるね、テイム順調なんだ?」
「うん、頭いいよこいつ」
「名前は? 付けた?」
「それは……まだ」

 ニーノに問われたリレイドは、自身の膝の上に寝そべっている鳥竜種を撫でた。第三殲滅隊の新編成初日に手当てをした、あのドラゴンだ。
 隊員達が演習場へ去っていった後も、開け放たれた控え室の窓から出ていかず、ソファーで悠々と寛いでいた強者である。

 まだ柔らかい皮膚は青空と同色。頭冠には青い火焔が小さく燃えなびき、黒々とした大きな目が幼体らしさを醸している。脚に取り付けられた脚環が真新しい。

 実はリレイドは野性動物のテイム資格を保有している。長く相棒のいなかった彼は、この鳥竜種を軍用に育てることにしたのだ。だが、名はまだ決めかねているらしい。


「アールヴっさまーーーー!!」
「ノイ、っ、あぁあああ」

戒枷グリレーテ
「んっぐあッ」


 溢れる愛のままに、ノイはアルヴィスのもとへ勢い良く飛びつく。それはもはや、第三殲滅隊の毎朝の日常風景になりかけていた。むろん、ノイが罰されるところまでがセオリーである。

 ラヴァインは被害者本人に代わって懲罰魔法を行使し、姿勢良くアルヴィスの方へ歩いてきた。軍服の裾をひらめかせる歩調は、優雅でありながら厳然としている。


「懲罰魔法、お使いになられたらよろしいのに」
「あ、ああ……助かったよ、すまない」

 片足だけを時空間魔法で縫い止められて派手に転んだノイを立たせたラヴァインは、ユイガにも劣らぬ冷たい眼差しで威圧した。

「お前は……幾度指導されれば気が済むんだ」

「きっつい訓練前にアルヴィス様チャージをですね……ヒィッ! お、恩情を、ラヴァインさまっ」

 脅えきったノイを前に、ラヴァインはレグホーネルとパーガトリィの二人も横目で薄く睨む。最近二人は、いやにナイリに絡んでいる。

「なぁチビ、お前ってさぁ……」
「ニザヴェリル事件の"少年"ってチビのことだったりする?」

「いえ……それってどんな事件ですか?」

「──ふぅん? ほんとに知らない?」
「誤魔化してる感じあるなー」



「────」
「…………」

 鮮赤の少年と明青の少年は、初日以降、目も合わせなければ会話もない。

 燻る感情が、表面的には鳴りを潜めたように見える、第三殲滅隊。
 その編成後にして遂に、初めての連休が近付いていた。

 課題の提出期限は迫っている。
 だがそれ以上に、毎日扱き倒される疲れた身体をゆっくりと休め、思い切り羽を伸ばそうと、全員が休日を楽しみにしていた。しかし。


「明後日かは編成してから初めての連休となるが、隊の本格始動のレベルには達していない。そのため、強化宿泊訓練を行う。各自タブレットで確認。口頭でも説明しておく」

 いつものようにボロボロへとへとになった終業時。そのタイミングに言い渡された、まさかの休日出勤の知らせを、隊員達は受け止めきれないでいた。しかしユイガに促されるまま、各々が業務タブレットを確認する。


「明後日の朝は、通常どおりここへ集合。服装は自由。隊服でなくてもいい。ただ、有事に備えて隊服は一着持ってこい。必要な者は飛行具も。その他の持ち物は添付したリストの通り。よく読んで調達持参のこと。以上、本日の訓練を終了する。解散」

 簡潔最低限の淡々とした説明を終えると、ユイガは控え室を颯爽と後にした。隊員達は敬礼して彼を見送ってのち、溜め息をつきつつ訓練概要をもう一度なぞり見る。

 ……宿泊期間、一泊二日。持ち物、隊服、媒体武器、宿泊用衣類……

「これ、どういうことだろ……エチケット袋、最低2枚……?」
「吐くほど訓練するってことでしょうか?」

 ニーノの疑問に、近くにいたレオンが思ったままをさらっと口にする。青ざめた顔で、ニーノはレオンを見た。

「水中にて活動しやすい服装、かっこ、ラッシュガード等……」
「沈められるんじゃね……?」 

 今度は、ルチルがぼそりと呟いた。
 やりかねない。あの上官ならばやりかねない。どこに沈められるのか、なんて明確な場所は分からないが、皆、沈められている自分のビジョンはありありと想像ができた。

「ふざけんなよもー、外行こうぜっつってたのにな」

「届出してたのに……有休はもう申請期限過ぎてるし。ハァ、確信犯だなあのドS隊長」

「リラクゼーションの予約……!!」

「ジオくん呼びつけておもっきし発散させる予定がぁああ!!」

 休日を休日として楽しもうとしていた面々は、ユイガの無慈悲な宣告に泣く泣く予定をキャンセルし始めた。



 そしてその、休日出勤当日──


「はよーっす。お? お前、私服いい感じじゃん」
「え? ……ありがとうございます」

 控え室に入ってきたルチルが、レオンを眺めて言った。

「そういう系好きだけど、俺自分には合わないんだよなぁ」
「そんなことは……」

 軍に所属する者は、滅多なことがない限り軍寮に入る。それは身分などに関係ないことだが、寮棟には貴族階級や軍階級によって当然、質のランクがある。

 棟が同じであれば私服で顔を合わせることもあるが、違えばなかなか同隊でも私服を見るような機会はない。それこそ、このような宿泊訓練でもなければ。

《 ラヴァイン、アルヴィス、聞こえるか 》

 控え室に揃い、銘々ゆるやかに談話していた第三隊の通信に、暫定トップの二人を呼び掛ける声が届いた。声の主はユイガだ。
 応答した二人に問いが重ねられる。


《 輸送ポートの場所は分かるか? 》

「確か……研究棟の裏手……でしたか?」

《 そうだ。二人で第三隊を輸送ポートまで引率せよ。ああ、荷物も持ってこいよ 》

 輸送ポートへ引率せよ。
 ラヴァインとアルヴィスは顔を見合わせて、隊長からの指示を把握するとともに、その言の意味を考察した。

 大抵の街には瞬間移動ゲートが設置されているはずである。輸送ポートで空機を使うような場所に赴くということは、宿泊訓練の実地場所はよほどの辺境だ──


 ゴロゴロと自走するスーツケースを伴って移動を開始した少年達は、ユイガはそこにいないのに、何となく無意識に2列に並んで歩いていた。

 そうやって輸送ポートに到着した10人が目にしたもの、それは。


「航空、挺……?」
「たまに運転しないと忘れるからな」
「そんな車の運転みたいな」

 小隊用の航空挺。翼には、少年たちの背丈を優に越えるような大きなプロペラが並び、フロートを携える。胴体には陸用のタイヤがついているものの底は平たくなっており、船底を思わせる。
 割合高い位置にある出入口からひらりと飛び降りて、ユイガは何でもないように言った。

 普段はかっちりと軍服を着込んでいる隊長が、今日は幾分かゆとりのある服装をしている。日頃は隠れている首回りは大人の男性らしい筋肉が晒されており、鎖骨が形よく浮く。いつもはスッキリと纏め上げられている前髪が下りていた。

「隊長、髪下ろしてるとちょっとおさな……若いね」
「ですね」

「でも今、アンジュテクスト不足で運用規制されてるはずでは」

 ニーノがレオンにこそりと耳打ちしたその前方で、リアムは昨今の問題を指摘した。

 陽國の主エネルギーは、光粒子と光魔素でできた、アンジュテクストだ。連星太陽の片方の光量が弱まっている現在、その合成率も採集量も減少している。軍でも節約の為に、大型機の運用は極力控える措置がなされている。

「俺の魔力を動力にして飛ばす。魔力操縦桿に魔力を食わせると燃料の代替になる」

「……!? 無茶苦茶ですね!?」

「そんなわけあるか。魔力操縦桿が取り付けられていることの、本来の意味かつ本来の使用方法だ」

 飛行具に必要なエネルギー量とは訳が違う。魔力の出力が規格外だ、とリアムは言いたかったのだが、ユイガは微妙に的の外れた回答を返した。

「各自、荷物を積みこんで乗れ。もしもの時の為にエチケット袋は手元に置いておくように」

「あ、エチケット袋ってそういう……」

 吐くほど訓練させられるのでは、と不安に思っていた隊員たちは、幾分ホッとした表情をした。
 ──皆深くは考えなかったのである。ユイガが持ち物にわざわざエチケット袋を"最低"2枚と指定することの意味を。


《 言い忘れていたが…………その、 》


 荷物を詰め込んで全員乗り込み、身体を座席に固定したところで、通信が機内に響く。それはユイガにしては珍しく言い澱むような声音で、隊員たちは虚を衝かれたような心地がした。


《 俺は操縦桿を握ると人格が変わる、らしい…… 》




 ──以下は、第三殲滅隊の乗った航空挺に搭載された、機内レコーダーの音声データである。



「ちょっ、何でこんな回転する必要がっ、うぅおええ」

《 悪いな、ダージボグオルカを轢き殺しそうになったんで避けた 》

「ぐっぶ、うっうえ」

《 ヘルーワィム酔いの練習になるだろ、頑張れ 》

「人格ッ、変わりすぎだろうがよっ、コレ機体もつのか!?」

「確かにっ、普段隊長は"頑張れ"なんて言わな、ひっうわアア!! 窓ッ、目ェェェェ!!」

《 この空域はやっぱり最高だ……ダージボグ種がうよついている。煽り飛行には、……のらないと 》

「はねられるのはこっちだって! ッ、ぐ、Gが、ヤバ……」

《 ふふ……魔力を吸わせまくってレッドラインまで一気にフケるこの音、この高揚感…… 》

「たい、隊長! コレ戦闘機じゃないんですよ!? こんなスピード、」

《 逃がすかァ!  錐揉旋回きりもみせんかい! 》

「ァァアアア!! しぬ! し、ッ──やぁぁあああ!!!」

《 ───ガガッ ──グラファイト一尉! 空挺0485に異常値が出ている、直ちに自動運転に── 》


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「まぁ、なんだ。悪かった。全員、エチケット袋は足りたか?」
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R18番外編
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