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湖礁地方
第6話
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空を泳ぐ巨大な魚が、白い砂礁にときどき影を落とす。
晴れ渡る青空を映すような穏やかな湖面。
照り返した陽の光はキラキラと輝き、少年たちの瑞々しく健康的な素肌を照らしていた。
第三殲滅隊員たちは今、水の透き通る美しい浅瀬で優雅にバカンスを──
もとい、激しい攻撃魔法の応酬を、繰り広げていた。
* * *
「……ドSだなあの隊長……」
第三隊控え室。
赤蘇芳色のドレープカーテンが窓枠を飾る、執務室を兼ねたそこに戻ってきたのは、草臥れきった左辺ユニットと玉将クラスのナイリだった。
しゃべる気力が辛うじてあるのはザクロだけのようだ。
冒頭の華やかな画より、遡ること数日。第二・第三殲滅隊が"英雄の帰還"を退けた日の、午後のこと。
「ザクロ、雑巾みたいになってんじゃん」
「分かってんのか? 次はお前がこうなるんだぞ……」
「うう~、……」
「はぁ……」
ニーノとリアムも、所々焦げ溶けた軍服のまま、よろよろとした足取りでソファーに沈んだ。
ヘルーワィム迎撃中にダウンして警衛隊に保護された二人も、ユイガとシングルマッチを兼ねた強化訓練を受けたのだ。
"警衛隊から快復処置は受けただろう、もう動けるな?"と圧のある上官から言われてしまえば、首を縦に振らざるを得ない。しかしユイガからの攻撃には一切の容赦などなかった。
「左辺ユニットは休憩しておけ。シャワー室の使用も許可する。適宜休んだあとはここに用意してある課題をすること。右辺ユニット、交代だ。着いて来い」
各人それぞれに用意されているのは、辞典のごとく分厚い戦術書1冊。それを速読し、記載された各戦術の要点を週末までにまとめよ──というのが、課題。
右辺ユニットは、左辺ユニットがしごかれていた間、控え室でこの課題をしていた。
先程から窓から外を眺めては足を伸ばしたり手首を回したりして、身体を動かしたくて仕方ないと言った風だったレオンは、いち早く、そして足取り軽く席を離れた。
「……脳筋……」
そんな様子を見てぼそりと呟かれたリアムの声。しかし当のレオンには届かなかったようだ。
あからさまにぎょっとした後ほっと頬を弛めたニーノは、再びソファーに溶けた。
「しかし二期目にして座学か……」
ユイガの執務机に置かれた本をザクロが拾い上げた。どうやら一冊ずつ本が違うらしい。装丁が異なる表紙に、各隊員の名前の記された付箋が無遠慮に貼られていた。
「? これ……木紙?」
「あ? いつの時代の戦術書だよ?」
重い腰を上げて本を開いたニーノは、そのさらさらとした手触りにすぐ違和感を覚えた。手の水分を柔らかく持っていくその感覚は、現在流通している本には珍しい。
今の書籍は一枚一枚がもっとすべらかな感触で、薄い石灰紙で出来ている。もちろん、本に貼られていた付箋も。
「は……? 書籍の質が木紙から石灰紙に変わってから、100年は経ってますよ?」
訝しんだリアムも立ち上がって寄ってきた。
傍ら、リレイドがナイリに問う。
「宵國と間帯はまだ、木紙書籍も少し残ってるけど、ね?」
「はい、残ってます。が、これ……初版が150年前ですね……」
「300期前!? 骨董品じゃねえか」
「ヘルーワィムが出現したのって、20期ぐらい前だよね……?」
「ええ。──ぱっと見た感じ、軍学校で習うような手はありませんね」
リアムは自らの分の本を手に取り、ペラペラさらさらと頁を捲った。
骨董品と評されたそれらは、それぞれ裏表紙に保存魔法の刻印が施されていた。故に本に劣化はない。ないが、ユイガがこれらの古書をどこから持ち出したのかが気になる隊員達だった。
因みにこの下りは、先に座学を課せられた右辺ユニットも一通りしていた。
* * *
一方その右辺ユニットは、再びグラス形状の演習場に到着していた。日中時間が長い陽國の日はまだまだ高い。影は濃く、だが少し、長く落ちる時間帯。
「嘶け、煌熱!」
──レグホーネルは──
目映い光と熱の連撃。同じく魔力を纏わせた刀で受けながらユイガは冷静に、攻撃を仕掛けてくる青年を分析していた。
──攻撃は派手に見えるが芯がない。魔力の出力が薄い。一般的なヘルーワィムを倒すのには問題ないが、先に闘った同系統魔質のニーノやレオンの攻撃と比較するとかなり軽い──
やや上方から襲う大鎌は空を舞い遊ぶような軌道だ。対してユイガはその下方へと潜り込んで、強烈な雷撃で青年を貫く。
「、ぅ"……ッく、チィッ……」
──耐久力はあるな──
殆どの隊員が意識を手放す痛みに耐え、中空で持ち直す。その上で、すかさず入ったユイガの太刀にギリギリ反応して防御して見せた。
青年は、手を抜くことが許されない。間近で浴びせられる上官の気迫がそうさせる。
「あ"ッ、はァッ、ッてェ……!!」
「立て」
そして制限時間の特に定められていないシングルマッチは、青年がダウンするまで続けられた。
「本日の訓練終了。では、各人楽しみにしているであろう隊内順位を発表しよう。上位から名を呼ぶ。返事はいい」
へとへとに疲れた右辺ユニットと共に控え室に帰って来たユイガは、隊員を整列させて告げた。
「第一回査定結果。
ラヴァイン=アストラヤ=セニ=フロスティアンバー 士長、
アルヴィス=フィイナシヴィリ=ツゥ=ウーラニア 三曹、
リレイド=フイスフォルテ 一士、
ザクロ=シュアン=パーガトリィ 一士
ニーノ=タンドレニャ 士長、
レオン=リット=ジングハーツ 二士、
ナイリ=カラスバ 特別兵、
ルチレイト=ライ=レグホーネル 一士、
ネガ=リアム=メトロメニア 二士、
シャクティエル=ノイ=パロットピジョン 二士。以上。
評価の詳細は明日までに、個人の業務アドレスへ送る。納得出来ない者は第二回査定を期待しつつ、日々の実戦で示すように」
その場から動かぬまま、ユイガは隊員ひとりひとりと目線を合わせた。ラヴァイン、アルヴィス、リレイド、ザクロは結果に納得している様子だ。また意外にも、レグホーネルも平然としている。ナイリとレオンは表情に動きがない──
ニーノは自己評価よりも高かったのか、元から青年にしては大きめな目を更に大きく丸くして瞬きをした。対してネガは、非常に悔しそうな、不服そうな気を隠せていない。そしてノイは察するまでもなく「ふぇぇ」と気の抜けた悲しげな声をだして眉を下げている。
ネガもノイも、新兵としては優秀な部類に入るだろう。だが相対的に評価し順位付けをすると、やはり下位に収まってしまう。
順位付けが隊員達にとって良い方向への刺激になることを願いながら、ユイガは編成初日を締め、解散を告げた。
* * *
「ん、これ潜水猟許可証。宿泊はいつものように使ってくれ」
「悪い。助かる」
「なんてことはないよ」
第一警衛隊長のセッカから、ユイガは重厚なプレートを受け取った。
「繁殖期後だから有り難いけど、今期はどうした? 特務隊の訓練でも請け負ったのか?」
「いや、自隊にさせるつもりだ」
「……え、あれを?」
問題が? と言いたげなユイガに、セッカはひきつった笑みを浮かべた。
「大丈夫だろ、全員男だし」
「いやでもお前……! 鬼だな!?」
晴れ渡る青空を映すような穏やかな湖面。
照り返した陽の光はキラキラと輝き、少年たちの瑞々しく健康的な素肌を照らしていた。
第三殲滅隊員たちは今、水の透き通る美しい浅瀬で優雅にバカンスを──
もとい、激しい攻撃魔法の応酬を、繰り広げていた。
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「……ドSだなあの隊長……」
第三隊控え室。
赤蘇芳色のドレープカーテンが窓枠を飾る、執務室を兼ねたそこに戻ってきたのは、草臥れきった左辺ユニットと玉将クラスのナイリだった。
しゃべる気力が辛うじてあるのはザクロだけのようだ。
冒頭の華やかな画より、遡ること数日。第二・第三殲滅隊が"英雄の帰還"を退けた日の、午後のこと。
「ザクロ、雑巾みたいになってんじゃん」
「分かってんのか? 次はお前がこうなるんだぞ……」
「うう~、……」
「はぁ……」
ニーノとリアムも、所々焦げ溶けた軍服のまま、よろよろとした足取りでソファーに沈んだ。
ヘルーワィム迎撃中にダウンして警衛隊に保護された二人も、ユイガとシングルマッチを兼ねた強化訓練を受けたのだ。
"警衛隊から快復処置は受けただろう、もう動けるな?"と圧のある上官から言われてしまえば、首を縦に振らざるを得ない。しかしユイガからの攻撃には一切の容赦などなかった。
「左辺ユニットは休憩しておけ。シャワー室の使用も許可する。適宜休んだあとはここに用意してある課題をすること。右辺ユニット、交代だ。着いて来い」
各人それぞれに用意されているのは、辞典のごとく分厚い戦術書1冊。それを速読し、記載された各戦術の要点を週末までにまとめよ──というのが、課題。
右辺ユニットは、左辺ユニットがしごかれていた間、控え室でこの課題をしていた。
先程から窓から外を眺めては足を伸ばしたり手首を回したりして、身体を動かしたくて仕方ないと言った風だったレオンは、いち早く、そして足取り軽く席を離れた。
「……脳筋……」
そんな様子を見てぼそりと呟かれたリアムの声。しかし当のレオンには届かなかったようだ。
あからさまにぎょっとした後ほっと頬を弛めたニーノは、再びソファーに溶けた。
「しかし二期目にして座学か……」
ユイガの執務机に置かれた本をザクロが拾い上げた。どうやら一冊ずつ本が違うらしい。装丁が異なる表紙に、各隊員の名前の記された付箋が無遠慮に貼られていた。
「? これ……木紙?」
「あ? いつの時代の戦術書だよ?」
重い腰を上げて本を開いたニーノは、そのさらさらとした手触りにすぐ違和感を覚えた。手の水分を柔らかく持っていくその感覚は、現在流通している本には珍しい。
今の書籍は一枚一枚がもっとすべらかな感触で、薄い石灰紙で出来ている。もちろん、本に貼られていた付箋も。
「は……? 書籍の質が木紙から石灰紙に変わってから、100年は経ってますよ?」
訝しんだリアムも立ち上がって寄ってきた。
傍ら、リレイドがナイリに問う。
「宵國と間帯はまだ、木紙書籍も少し残ってるけど、ね?」
「はい、残ってます。が、これ……初版が150年前ですね……」
「300期前!? 骨董品じゃねえか」
「ヘルーワィムが出現したのって、20期ぐらい前だよね……?」
「ええ。──ぱっと見た感じ、軍学校で習うような手はありませんね」
リアムは自らの分の本を手に取り、ペラペラさらさらと頁を捲った。
骨董品と評されたそれらは、それぞれ裏表紙に保存魔法の刻印が施されていた。故に本に劣化はない。ないが、ユイガがこれらの古書をどこから持ち出したのかが気になる隊員達だった。
因みにこの下りは、先に座学を課せられた右辺ユニットも一通りしていた。
* * *
一方その右辺ユニットは、再びグラス形状の演習場に到着していた。日中時間が長い陽國の日はまだまだ高い。影は濃く、だが少し、長く落ちる時間帯。
「嘶け、煌熱!」
──レグホーネルは──
目映い光と熱の連撃。同じく魔力を纏わせた刀で受けながらユイガは冷静に、攻撃を仕掛けてくる青年を分析していた。
──攻撃は派手に見えるが芯がない。魔力の出力が薄い。一般的なヘルーワィムを倒すのには問題ないが、先に闘った同系統魔質のニーノやレオンの攻撃と比較するとかなり軽い──
やや上方から襲う大鎌は空を舞い遊ぶような軌道だ。対してユイガはその下方へと潜り込んで、強烈な雷撃で青年を貫く。
「、ぅ"……ッく、チィッ……」
──耐久力はあるな──
殆どの隊員が意識を手放す痛みに耐え、中空で持ち直す。その上で、すかさず入ったユイガの太刀にギリギリ反応して防御して見せた。
青年は、手を抜くことが許されない。間近で浴びせられる上官の気迫がそうさせる。
「あ"ッ、はァッ、ッてェ……!!」
「立て」
そして制限時間の特に定められていないシングルマッチは、青年がダウンするまで続けられた。
「本日の訓練終了。では、各人楽しみにしているであろう隊内順位を発表しよう。上位から名を呼ぶ。返事はいい」
へとへとに疲れた右辺ユニットと共に控え室に帰って来たユイガは、隊員を整列させて告げた。
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ラヴァイン=アストラヤ=セニ=フロスティアンバー 士長、
アルヴィス=フィイナシヴィリ=ツゥ=ウーラニア 三曹、
リレイド=フイスフォルテ 一士、
ザクロ=シュアン=パーガトリィ 一士
ニーノ=タンドレニャ 士長、
レオン=リット=ジングハーツ 二士、
ナイリ=カラスバ 特別兵、
ルチレイト=ライ=レグホーネル 一士、
ネガ=リアム=メトロメニア 二士、
シャクティエル=ノイ=パロットピジョン 二士。以上。
評価の詳細は明日までに、個人の業務アドレスへ送る。納得出来ない者は第二回査定を期待しつつ、日々の実戦で示すように」
その場から動かぬまま、ユイガは隊員ひとりひとりと目線を合わせた。ラヴァイン、アルヴィス、リレイド、ザクロは結果に納得している様子だ。また意外にも、レグホーネルも平然としている。ナイリとレオンは表情に動きがない──
ニーノは自己評価よりも高かったのか、元から青年にしては大きめな目を更に大きく丸くして瞬きをした。対してネガは、非常に悔しそうな、不服そうな気を隠せていない。そしてノイは察するまでもなく「ふぇぇ」と気の抜けた悲しげな声をだして眉を下げている。
ネガもノイも、新兵としては優秀な部類に入るだろう。だが相対的に評価し順位付けをすると、やはり下位に収まってしまう。
順位付けが隊員達にとって良い方向への刺激になることを願いながら、ユイガは編成初日を締め、解散を告げた。
* * *
「ん、これ潜水猟許可証。宿泊はいつものように使ってくれ」
「悪い。助かる」
「なんてことはないよ」
第一警衛隊長のセッカから、ユイガは重厚なプレートを受け取った。
「繁殖期後だから有り難いけど、今期はどうした? 特務隊の訓練でも請け負ったのか?」
「いや、自隊にさせるつもりだ」
「……え、あれを?」
問題が? と言いたげなユイガに、セッカはひきつった笑みを浮かべた。
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