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序
第5話
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熱の圧が、剣の重さが違う。
吹き出す汗で張りつく髪が煩わしい。手の甲で拭うと雫が市街へ落ちていった。
初めて父と刃を合わせたレオンは、倍速行動の賦与特恵によって普段よりも速い身の熟しで戦っていた。先程も、初戦だったが敏捷βのヘルーワィムを思ったよりも容易く駆除できたのだ。
しかし敵と化した父は、自分を含めた複数の隊員からの攻撃に的確な対処をしてくる。ラヴァインの時空間魔法で縫い付けられ身動きが制限されている状況にも拘わらずだ。
軍学校に入学する前からレオンは、こと剣術と魔法の向上は努力してきたつもりだった。しかしこの英雄を前にして感じ始めていた。──まるで自分など羽虫のようだ。
痺れてきた手で剣の柄を握り直し、再度の剣戟に父と目線が交わる。
既に写真だけの記憶となっていた父の瞳は、写真の中の笑顔とは違い、とても無機質に自分を見下ろしていて。
胸の痛みに視界がぼやけた。
「ユイガ隊長が参戦だ。ジングハーツ卿は一旦引いて回り込め 」
「ッ……了解」
第二隊長の指示にレオンは身を捌いて離脱する。同時にユイガが切り込んでいった。合わせるように跳ねたルチルも英雄へ大鎌を振り下ろし、死角からは第二隊の隊長と隊員の鋭い攻撃も重ねられる。
英雄は、ユイガの紫電を纏う刀を片手剣で受け捌き、籠手の付いた豪腕でルチルの大鎌を殴り止める。死角からの攻撃には部分的な障壁を張ったのち、視界を遮る程の眩しい黄炎を無詠唱で放った。
レオンは再び激しくなった戦場を、奥歯を噛み締めて後退する。と、そこにヘッドセットへ通信が入った。ラヴァインの声だ。
《 ジングハーツ二士、回復します。こちらへ来なさい 》
振り向くと、ラヴァインは第二隊の玉将クラス隊員の前にいた。時空間魔法を維持している為か光が彼を包んでいる。
レオンは空中を滑るように移動する。傍に着くと、ラヴァインから冷淡な眼差しが向けられた。
「……戦闘の前に、隊長がリアムに言ったことを聞いていなかったのか?」
ラヴァインから投げられかけた突き刺すような問いに、レオンは身を固くして喉を詰まらせる。
「英雄と化した父君を前にする君の気持ちは量りかねる。だが 傍から見ても、力が入りすぎだ。先のグラファイト隊長との演習の時の方が幾らかマシだ。剣筋がもっと滑らかだった」
ほとんど無表情のままなされる説教とは裏腹に、傷口へ注がれる青白い光は優しく心地よかった。
"人の本質を識るには己に翳される力をみよ"──なんて諺が、この世界にはある。
レオンは、ラヴァインの雰囲気と魔質との差にぽかんと口を開けた。
「聞いているのか」
「っはい。ご忠告ありがとうございます」
背中を向けるよう言われたレオンの目は再び戦場を映したが、もう視界は滲まなかった。ただ真っ直ぐな想いだけが灯っていた。
「終わりだ。……前だけ見るなよ」
「はい。行ってきます」
* * *
聖属性の熱線と撃譜の波をいくつ抜けただろうか。警衛隊の言った防御回数は越えてしまっていた。
攻撃に血清注射を混ぜ、英雄の動きにようやく鈍りが見えはじめていた。だがしかし、第二隊長は長い耳にジクジクという小さな音を拾う。
《 ……波力種汚染型だ、上空にもう一体。余程、初代を奪い返されたくないようだな 》
白い影がもう1つ遥か上空に出現していた。それは触手を拡げるかのごとく、あっという間に白い影を空に這わせていく。
タイプOと呼ばれる系統の波力種汚染型ヘルーワィムだ。この系統は早期に片付けないと、無数に分裂してしまう。
ユイガは英雄と切り結びながら第三隊の通信を繋げた。
「ノイ、他にウイルスが襲来していないか、っ、視ろ」
《 あっ、了解 》
英雄と隊員たちの戦いを視ていたノイは自分への突然の指示にハッと我に返った。特恵で視る高度を急いで上げていき、脳裏に映るヘルーワィムを報告する。
《 えっと、今のところ高度1万までは……尖兵が……約50。本隊は……見当たらず 》
「やはり囮だな、了解。尖兵型を約50株確認」
《 警衛隊、了解 》
「パロットピジョン家の特恵か。尖兵並盛、了解」
「なみ、もり……?」
「知らないか? ッ、殲滅隊では小隊量をそう言うんだ」
もちろん冗談である。
自分で緩めた空気を締めるように、第二隊長は次の指示を下す。
「警衛隊は市街地保護に集中してくれ、尖兵は殲滅隊で対処する。リヒト、グリフ、シウはオミクロンを駆除。鹵獲結晶は好きに使え。ラヴァイン卿、3人に特恵の賦与を頼む」
《 了解 》
しかし早くも3つに分裂したタイプOが真上から三筋の熱線を放った。殲滅隊の防御も不完全。直撃する者はいなかったものの、皆はっと息を飲んだ直後、三筋のうちの一筋が警衛隊の連携障壁を突き破った。
熱線は、展開されていた街の非常用の魔力障壁によって無事街の周囲──郊外の野地へと逸らされ、墜ちた。
貫通しなかったものの、市街では交通が混乱し人々の悲鳴が上がっているに違いない。
《 警衛隊員3名ダウン。非常用地へ熱線逸れ、市街損害なし。ッ……力になれず…… 》
「いや、よく耐えた。……こちらこそすまない」
大地を蝕み融かす黒煙が街を燻さんとばかりに立ち上る。対して、払い漏れた尖兵型が大地の傷口目掛けて一斉に降下してきた。
「……リレイド、ザクロ、波力種汚染型にトドメをさせ」
《 了解。 ……はー、やっと終わる 》
《 ユイガ隊長。俺、尖兵払います ──【導】》
ナイリがユイガへ、平淡な声でぽそりと通信を入れた。聞き逃しかけたユイガがその内容を理解し返答する前に、降下していった尖兵型を巨大な闇が食らう。
闇は蛇か龍かのように尖兵型を飲み込みながら猛スピードで空へ昇り、上空で分裂した波力種汚染型の一つを飲み込んでから、消滅した。
《 え……今の、撃譜? 》
《 いや凄……やるねぇナイリちん……チートじゃん 》
《 頑張りました 》
《 波力種汚染型、沈黙確認 》
上を見上げて呆然とした声を漏らすアルヴィスとノイに、ナイリは仄かに笑んだような声で答えた。
ほぼ同時に、リレイドから波力種汚染型の討伐完了報告がなされる。
汚染型の核はザクロの冷艶鋸に熔け壊され、汚染されていた波力種はただのキラキラと輝く塵になって風に散ってゆく。
残念ながら、波力種は汚染されると元の性質に戻ることはない。存在そのものがエネルギー体に近い為、エネルギーを搾取されて消滅するか、汚染されることで変質してしまい崩壊してしまうのだという。
「汚染型の沈黙確認、了解。ナイリ、結果は良かったが俺の了承を得てから撃て」
《 了解 》
ユイガの冷静な指導に、ナイリも再び平淡な声音で返した。
「第三隊、波力種汚染型の殲滅完了」
《 第二隊、オミクロンの殲滅完了。ありったけで追撃しろ! 》
波力種汚染が全て散じると英雄はすぐに撤退に動いた。初期デザインの軍服をはためかせ剣を勢いよく薙ぐと、恒星の光のような白炎が一面に放たれた。撃譜規模の魔法攻撃だ。
《 、ッく 》
ラヴァインの青白い時空間魔法の牢獄が掻き消された。その隙をついて英雄は戦場を離脱し、星の外へと高速で上昇していく。
上下左右から追撃の魔法が英雄を追う。しかしその総てを障壁で凌ぎ、更に速度を上げてゆく。音速の雲を突破し、空に漂うアンジュテクストを粉砕しながら、脱出速度に至ってゆく。
「とう、さっ────父さん!!!」
初代英雄は息子の必死な叫び声に応えない。
後に残ったのは深すぎる青空だけだった。
吹き出す汗で張りつく髪が煩わしい。手の甲で拭うと雫が市街へ落ちていった。
初めて父と刃を合わせたレオンは、倍速行動の賦与特恵によって普段よりも速い身の熟しで戦っていた。先程も、初戦だったが敏捷βのヘルーワィムを思ったよりも容易く駆除できたのだ。
しかし敵と化した父は、自分を含めた複数の隊員からの攻撃に的確な対処をしてくる。ラヴァインの時空間魔法で縫い付けられ身動きが制限されている状況にも拘わらずだ。
軍学校に入学する前からレオンは、こと剣術と魔法の向上は努力してきたつもりだった。しかしこの英雄を前にして感じ始めていた。──まるで自分など羽虫のようだ。
痺れてきた手で剣の柄を握り直し、再度の剣戟に父と目線が交わる。
既に写真だけの記憶となっていた父の瞳は、写真の中の笑顔とは違い、とても無機質に自分を見下ろしていて。
胸の痛みに視界がぼやけた。
「ユイガ隊長が参戦だ。ジングハーツ卿は一旦引いて回り込め 」
「ッ……了解」
第二隊長の指示にレオンは身を捌いて離脱する。同時にユイガが切り込んでいった。合わせるように跳ねたルチルも英雄へ大鎌を振り下ろし、死角からは第二隊の隊長と隊員の鋭い攻撃も重ねられる。
英雄は、ユイガの紫電を纏う刀を片手剣で受け捌き、籠手の付いた豪腕でルチルの大鎌を殴り止める。死角からの攻撃には部分的な障壁を張ったのち、視界を遮る程の眩しい黄炎を無詠唱で放った。
レオンは再び激しくなった戦場を、奥歯を噛み締めて後退する。と、そこにヘッドセットへ通信が入った。ラヴァインの声だ。
《 ジングハーツ二士、回復します。こちらへ来なさい 》
振り向くと、ラヴァインは第二隊の玉将クラス隊員の前にいた。時空間魔法を維持している為か光が彼を包んでいる。
レオンは空中を滑るように移動する。傍に着くと、ラヴァインから冷淡な眼差しが向けられた。
「……戦闘の前に、隊長がリアムに言ったことを聞いていなかったのか?」
ラヴァインから投げられかけた突き刺すような問いに、レオンは身を固くして喉を詰まらせる。
「英雄と化した父君を前にする君の気持ちは量りかねる。だが 傍から見ても、力が入りすぎだ。先のグラファイト隊長との演習の時の方が幾らかマシだ。剣筋がもっと滑らかだった」
ほとんど無表情のままなされる説教とは裏腹に、傷口へ注がれる青白い光は優しく心地よかった。
"人の本質を識るには己に翳される力をみよ"──なんて諺が、この世界にはある。
レオンは、ラヴァインの雰囲気と魔質との差にぽかんと口を開けた。
「聞いているのか」
「っはい。ご忠告ありがとうございます」
背中を向けるよう言われたレオンの目は再び戦場を映したが、もう視界は滲まなかった。ただ真っ直ぐな想いだけが灯っていた。
「終わりだ。……前だけ見るなよ」
「はい。行ってきます」
* * *
聖属性の熱線と撃譜の波をいくつ抜けただろうか。警衛隊の言った防御回数は越えてしまっていた。
攻撃に血清注射を混ぜ、英雄の動きにようやく鈍りが見えはじめていた。だがしかし、第二隊長は長い耳にジクジクという小さな音を拾う。
《 ……波力種汚染型だ、上空にもう一体。余程、初代を奪い返されたくないようだな 》
白い影がもう1つ遥か上空に出現していた。それは触手を拡げるかのごとく、あっという間に白い影を空に這わせていく。
タイプOと呼ばれる系統の波力種汚染型ヘルーワィムだ。この系統は早期に片付けないと、無数に分裂してしまう。
ユイガは英雄と切り結びながら第三隊の通信を繋げた。
「ノイ、他にウイルスが襲来していないか、っ、視ろ」
《 あっ、了解 》
英雄と隊員たちの戦いを視ていたノイは自分への突然の指示にハッと我に返った。特恵で視る高度を急いで上げていき、脳裏に映るヘルーワィムを報告する。
《 えっと、今のところ高度1万までは……尖兵が……約50。本隊は……見当たらず 》
「やはり囮だな、了解。尖兵型を約50株確認」
《 警衛隊、了解 》
「パロットピジョン家の特恵か。尖兵並盛、了解」
「なみ、もり……?」
「知らないか? ッ、殲滅隊では小隊量をそう言うんだ」
もちろん冗談である。
自分で緩めた空気を締めるように、第二隊長は次の指示を下す。
「警衛隊は市街地保護に集中してくれ、尖兵は殲滅隊で対処する。リヒト、グリフ、シウはオミクロンを駆除。鹵獲結晶は好きに使え。ラヴァイン卿、3人に特恵の賦与を頼む」
《 了解 》
しかし早くも3つに分裂したタイプOが真上から三筋の熱線を放った。殲滅隊の防御も不完全。直撃する者はいなかったものの、皆はっと息を飲んだ直後、三筋のうちの一筋が警衛隊の連携障壁を突き破った。
熱線は、展開されていた街の非常用の魔力障壁によって無事街の周囲──郊外の野地へと逸らされ、墜ちた。
貫通しなかったものの、市街では交通が混乱し人々の悲鳴が上がっているに違いない。
《 警衛隊員3名ダウン。非常用地へ熱線逸れ、市街損害なし。ッ……力になれず…… 》
「いや、よく耐えた。……こちらこそすまない」
大地を蝕み融かす黒煙が街を燻さんとばかりに立ち上る。対して、払い漏れた尖兵型が大地の傷口目掛けて一斉に降下してきた。
「……リレイド、ザクロ、波力種汚染型にトドメをさせ」
《 了解。 ……はー、やっと終わる 》
《 ユイガ隊長。俺、尖兵払います ──【導】》
ナイリがユイガへ、平淡な声でぽそりと通信を入れた。聞き逃しかけたユイガがその内容を理解し返答する前に、降下していった尖兵型を巨大な闇が食らう。
闇は蛇か龍かのように尖兵型を飲み込みながら猛スピードで空へ昇り、上空で分裂した波力種汚染型の一つを飲み込んでから、消滅した。
《 え……今の、撃譜? 》
《 いや凄……やるねぇナイリちん……チートじゃん 》
《 頑張りました 》
《 波力種汚染型、沈黙確認 》
上を見上げて呆然とした声を漏らすアルヴィスとノイに、ナイリは仄かに笑んだような声で答えた。
ほぼ同時に、リレイドから波力種汚染型の討伐完了報告がなされる。
汚染型の核はザクロの冷艶鋸に熔け壊され、汚染されていた波力種はただのキラキラと輝く塵になって風に散ってゆく。
残念ながら、波力種は汚染されると元の性質に戻ることはない。存在そのものがエネルギー体に近い為、エネルギーを搾取されて消滅するか、汚染されることで変質してしまい崩壊してしまうのだという。
「汚染型の沈黙確認、了解。ナイリ、結果は良かったが俺の了承を得てから撃て」
《 了解 》
ユイガの冷静な指導に、ナイリも再び平淡な声音で返した。
「第三隊、波力種汚染型の殲滅完了」
《 第二隊、オミクロンの殲滅完了。ありったけで追撃しろ! 》
波力種汚染が全て散じると英雄はすぐに撤退に動いた。初期デザインの軍服をはためかせ剣を勢いよく薙ぐと、恒星の光のような白炎が一面に放たれた。撃譜規模の魔法攻撃だ。
《 、ッく 》
ラヴァインの青白い時空間魔法の牢獄が掻き消された。その隙をついて英雄は戦場を離脱し、星の外へと高速で上昇していく。
上下左右から追撃の魔法が英雄を追う。しかしその総てを障壁で凌ぎ、更に速度を上げてゆく。音速の雲を突破し、空に漂うアンジュテクストを粉砕しながら、脱出速度に至ってゆく。
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