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序
第2話
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第二演習場は果実酒を注ぐグラスのような形の施設だ。
耐魔法・耐衝撃・防汚加工の施されたクリアな材質の椀状。訓練中でも出撃できるようになっているため上部は空に開かれている。
演習場へ伸びる通路は演習場の中心を支えているのだが、階段もなければ転移装置もないため魔力か魔工学装備で飛行して上らねばならない。
宇宙からの異物──それは、人の大きさほどもある、大型ウイルス。それらとの戦闘はもっぱら空中で行われるため、飛行は必須能力だ。
さて、ここに来るまでの集団行動での移動はすれ違う軍関係者の注目を大いに浴びた。しかし皆ユイガが後ろについているのを見ると、その眼差しを見守るような生ぬるいものに変える。
ユイガが隊員を揃えて行動させることは期の始めによくあることで、見馴れているものにはもはや名物じみたもの。
だが初めてその目に晒される今期の第三殲滅隊には堪ったものではない。動じていないのは先ほど鳥竜種を手当てしていた二人だけ。あとは全員その恥ずかしさに、早く行軍を終わらせようと歩くスピードが徐々に増してゆく。
「先頭、走ってるぞ! テンポは80前後に保て!」
指摘されたのは前を歩く赤色と青色だ。控え室ではいがみ合っていた二人だったが、今の気持ちは同じらしい。
「なんなんだ、隊長って音楽家なのかよ!?」
「こんなの、見せしめだ……ッ!」
「私語は慎め!」
「いッて!!」
「ッつ!!」
「次の差路を 先頭 左へ!」
急な指示と痺れで縺れそうになる脚を無理やり動かし、赤色と青色の二人は、ぶつかりそうになったのを既のところで回避した。
そんな風にしてやっと演習場の足下にたどり着き、今さっき全員が上ってきたところ。精神的にぐったりした隊員をユイガは見回した。
「全員上ってきたな。それでは早速、最初に俺と戦いたい者?」
「っ、はい。レオン=リット=ジングハーツ二士です。お願いします」
誰よりも早く復帰し、迷いなく前へ出て名乗り出たのは血気盛んな赤色だった。
「よし、上がれ。後の者は見学しつつ順番を決めておくように。喧嘩するなよ」
ユイガは隊員にそう言い渡して、すいと空中に舞い上がる。
なんだかんだで、ジングハーツは戦闘技力においては今期の新兵のトップである。楽しめそうだとユイガは目を細めた。
「遠慮なくお前の技量の全てをぶつけてくれ」
「わかりました」
返答しうなずいたジングハーツも笑みを浮かべた。
戦闘狂とまでは行かないが案外似た者同士なのかもしれない、と、このとき互いに直感していた。
少年の周囲に炎がひらめいて溢れる。年期の入った鞘から剣が抜かれると同時に、ユイガに激しい火炎が放たれた。
強襲に隠れて一気に間合いが詰められ、火剣と雷刀がぶつかり火花が散る。真っ直ぐで、ずしりと重い剣筋だ。迫り合ってユイガが押し返すと、髪をなびかせてその勢いを殺さずに利用した太刀を重ねてくる。攻撃をかわす体捌きもいい。
流すように剣を滑らせ懐に入ってきた少年に、ユイガも刀を返してその腹に蹴りを入れる。吹っ飛んだもののきちんと防御をしていたジングハーツは、さらに魔力を放ち高らかに声を上げた。
「龍!」
ゴウ、と魔力が空気を燃やし、炎の塊となった少年が再びユイガへ突っ込む。
障壁を纏っているにも拘わらず浸透してくるひりつく熱さ。尖兵ヘルーワィムは言うまでもなく、本隊ヘルーワィムをも物によっては一撃で倒せるだろう。
繰り返される剣戟の中ユイガは、魔力による炎に自分の魔力を重ね同調させてゆく。
少しして、自分の炎が乗っ取られ始めていることに気付いたジングハーツは、驚愕と焦りの表情を浮かべた。
身に纏う炎を解除するという選択肢は当然浮かんだが、解除したところで先ほどの切り結びに戻るだけ。仕切り直してもユイガがまた同じことをしてくるのは目に見えていた。魔力を上書きしてエネルギーを取り返すしかない。
プラズマの領域を奪い合いながら、剣を振るう。周囲の温度は何度に達しているかもうわからない。集中力も体力もどんどん削られていく。
それでも少年は、じわじわと侵食してくる魔力を瞬間的にはね除け、僅かに生まれた隙でユイガの頬に傷を遺すことに成功した。
障壁を貫通して与えられた焦げるような頬の痛みに、ユイガは薄く愉しげな笑みを浮かべた。
やはり新兵にしてはなかなかやる。
身を灼かんとする炎に手を差し込み、少年の感情の昂りに同調する。直後、周辺の魔力を全て雷属性に変換した。
刺すような雷撃を全身に受け、ジングハーツは声も上げることなく意識を失い落ちてゆく。ユイガは片腕で彼を受け止め、待機している隊員の元に降り立った。
「……次」
「ラヴァイン=アストラヤ=セニ=フロスティアンバー士長です。お願いします」
赤色を横へ寝かせて、白色を伴い空中へ戻る。
フロスティアンバーの家紋とともに繊細な装飾が施された大鎌はよってすらりと構えられ、日の光に煌めいた。
裂けた頬を自己治癒しながら、青年の鋭い視線を受け止める。
彼の兄であるレフィーノ隊長は落ち着いた目をしていたが、こいつの目はどことなく張りつめたような印象だ、とユイガは心の片隅で思った。
* * *
…………時は少し戻るが、戦闘訓練の順番はまだ決まっていないばかりか、ユイガが戻ってくる直前まで次の者ですら決定していなかった。
ユイガとジングハーツが飛び立ってから、差し当たっては自分が皆を纏めねば、とウーラニアは決意して振り返る。
「順番、決めようか……次を希望する人はいる?」
序列のある組織である以上、通常こういうものはジングハーツのように下位から率先して挙手する場ではある。が、先を立候補する者がいれば、その意思に沿う方が良いだろうと考えて声を掛けたのだ。
「やはりここは、現在の階級の低い順で当たるべきではないでしょうか」
「えっなんだ怖いのか、もしかして?」
「様子見しようってか? コスイなぁー」
フロスティアンバーの意見にやはりパーガトリィとレグホーネルが反応した。実はこの確執は今に始まったことではない。
三人は軍学校での同期であり、使用武器も同じ中距離型であるため演習もよく同クラスになった。仲良くなれそうな境遇であったのに相反して、二人はなにかにつけてフロスティアンバーの発言の揚げ足をとる。
上級貴族であるフロスティアンバー家に対して、爵位が下でありながら、しかも軍階級も下であるのに、こんなにあからさまな態度をとるのはこの二人だけだった。
「何度も言うが……いちいち挑発するのをやめてくれるか」
「ああ、正直すぎて悪い。嘘つけないんだよなぁ」
「以前なんて言ってたっけ、小物の言うことなんて気にしなくて良い、だったか? にしてはよく煽られてるよな、図星だって言ってるようなもんだ」
「黙って聞いていれば……! ラヴァイン様に対して不敬が過ぎるのではないですか、お二方とも」
メトロメニアは幼い頃からフロスティアンバーと親交があり、兄のように慕っている。
援護をするようにフロスティアンバーの隣に立ち2対2の構図ができあがってしまったところで、この全員と前々から面識のあるウーラニアが間に入った。
「ラヴァイン、リアム、落ち着いて。ルチル、ザクロ、……流石に聞くに耐えない。先の発言は自らをも落としている。突っかかりすぎだ、何故そんなにも……」
このままでは出撃の際に連携もなにもできたものではない。隊員の不和が命取りになることも十分ありうるのだ。
「アルヴ様ぐらい人格があっての上から目線は気にならないんだけどなぁ、こいつは鼻につくんだよね」
「下の者を下として扱って何が悪い?」
「こういうとこだよ」
「やめなさい、落ち着いて」
これは他人がどうこうしたところで、一朝一夕で片付くような問題ではない。両者の怒りの熱気が伝わってきてじりじりと焼けるようだ。……いや、この暑さは……?
「フィイナ、ちょっとそろそろ障壁張ったほうがいいかも……上の熱さが凄い……」
タンドレニャが桃色の長髪を高く結い直しながら、異様な暑さをウーラニアへ伝えた。今は夏期の終わりだが、確かに季節柄の暑さを超えている。
隊員たちが見上げると、ジングハーツから四方に放たれている炎の熱が、空気を透明に揺らめかせていた。武器のぶつかる音がするたび、稲光が走り空気が発光する。
その戦いはとても美しく力強く、魅せられるもので──
口論はいつの間にか霧散していた。やがて勝敗が決し、落ちてくるジングハーツを隊長が空中で拾って降りてくる。
白銀の青年は、身体の芯がざわりと震えた気がして琥珀色の瞳を揺らした。試してみたい、自分の力を。そんな想いが胸を突いて、ついさっきまで心を占拠していた腹立たしさは純粋な意欲に置き換えられる。
「……次は私でも宜しいでしょうか、アルヴィス様」
「え、ああ。他に希望者は?」
誰も名乗りでないことを了承と取り、ウーラニアはフロスティアンバーを送り出した。
そして再び、レグホーネルとパーガトリィの二人に向き直り、未だ食って掛かりそうなメトロメニアを制してフォローを入れる。
「ラヴァインは実直な努力家だよ。多少、きつく見られることもあるが……」
「多少じゃないと思いますけど」
「棘しかないよねぇ」
どうやら取りつく島もないらしい。上手く仲裁できなかったことにウーラニアは肩を落とした。
ウーラニアは思う。ラヴァインは普段はおよそ冷静で責任感があって、誰よりも貴族然とした立ち居振る舞いを自分に課し、身分を意識する。
それはレフィーノ将補をはじめとした彼の身内方々が傑物揃いで、プレッシャーを感じていることに起因するのだと知っていた。
そしてルチルとザクロの言も事実であることも理解していた。
ラヴァインの心構えと言動は時に冷徹さとして映ることがある。めったに破顔することない、彫刻のように整った顔立ちも原因の一つかもしれない。
そんな、いろいろと損をしている後輩の戦う姿をウーラニアは見上げた。
* * *
──身の丈を優に越える鎌は、縦横無尽に美しい弧を描きながら目にも止まらぬ速さでユイガを襲う。
同じ金将クラスでありながら、リーチが遥かに長い。遠心力のある分、細身の身体からは想像できないような衝撃を受ける。魔力で加速されているのだ。気を抜けば首を跳ねられてしまいそうな攻撃の連続。
ユイガにとっては懐かしいそのスピードに、自分の新兵時代を思い出していた。
「グラファイト一尉のこと、兄様から、伺っておりました」
「よく、話せるな、舌噛むぞ」
「ご心配にぁ、っ及びません」
「今噛んだだろ、」
「……最上の理 この世を刻む盤軸 彼の者を縛れ」
使い慣れた呪文は噛まないらしい。
誤魔化すように放たれた時空間魔法は、空間に青白い光の座標を浮かび上がらせる。新兵時代にレフィーノ隊長から散々受けた魔法だ。捕捉されれば一定時間、標的は行動不能になる。
当時これをどうすれば破れるか、隊員たちと議論をこっそりと重ねに重ねた。発動まで数秒ラグがあるからその隙に攻撃するとか逃げてみるとか、術者にしがみついてみるとか、一定時間が終わるまで障壁でひたすら耐えるとか、色んな案を試してみた。
結果としては、攻撃したりしがみつこうとすると倍速で逃げられたり反撃され、こちらが逃げても座標は三次元的にかなりの広範囲に展開されるのでキリがなく、障壁で耐えるには隊長相手では力不足だった。その他案もことごとく失敗し攻略に至ることができなかったのだ。
相手がレフィーノ隊長だったから障壁は耐えられなかったが、この青年の攻撃ならば耐えられるだろうか。いや、不確定な推測で舐めてかかって、やられてしまえば格好がつかない。
ユイガは保険として障壁を張りながら、青年へ肉薄する。
やはり術者周辺は捕捉対象外なのだろう。距離を置こうとする青年を逃すまいと雷撃を落とすが、鎌で逸らされてしまう。次元が凍りつきはじめた。時間がない。
瀬戸際で、ユイガはフロスティアンバーの鎌と自分の刀に、雷撃を渦巻くように沿わせはじめた。
魔法操作の媒体となる武器はエネルギーを抜き終わったアンジュテクストと鉱物を合成鋳造・調整して造られているのだが、ユイガの雷属性魔法の影響を受けて、二人の武器は磁力を宿し、勢いよく引き合った。
媒体武器を奪えれば良し、青年が武器を手放さず近づけられるならそれも良し。こんな戦法はヘルーワィムには通用しない。少々反則的ではあるが、大きな鎌を放さなかった青年と無理矢理に距離を詰めることに成功した。勢いのまま衝突して硬質な音が演習場に大きく反響する。
武器を合わせたまま青年を下へ押さえ込むように、ユイガは頭足の位置を逆転させ逆立ちになった。そして間髪を入れずに宙を蹴る。輝く座標に捕らわれそうになるのを振りほどき、重力も利用して真下へ加速していく。
実はユイガは下降の動きが最も得意であったりする。青年は一瞬のうちに演習場の底に叩きつけられ、色気もへったくれもない猛烈なる床ドンの衝撃に障壁を砕かれて視界が暗転した。
耐魔法・耐衝撃・防汚加工の施されたクリアな材質の椀状。訓練中でも出撃できるようになっているため上部は空に開かれている。
演習場へ伸びる通路は演習場の中心を支えているのだが、階段もなければ転移装置もないため魔力か魔工学装備で飛行して上らねばならない。
宇宙からの異物──それは、人の大きさほどもある、大型ウイルス。それらとの戦闘はもっぱら空中で行われるため、飛行は必須能力だ。
さて、ここに来るまでの集団行動での移動はすれ違う軍関係者の注目を大いに浴びた。しかし皆ユイガが後ろについているのを見ると、その眼差しを見守るような生ぬるいものに変える。
ユイガが隊員を揃えて行動させることは期の始めによくあることで、見馴れているものにはもはや名物じみたもの。
だが初めてその目に晒される今期の第三殲滅隊には堪ったものではない。動じていないのは先ほど鳥竜種を手当てしていた二人だけ。あとは全員その恥ずかしさに、早く行軍を終わらせようと歩くスピードが徐々に増してゆく。
「先頭、走ってるぞ! テンポは80前後に保て!」
指摘されたのは前を歩く赤色と青色だ。控え室ではいがみ合っていた二人だったが、今の気持ちは同じらしい。
「なんなんだ、隊長って音楽家なのかよ!?」
「こんなの、見せしめだ……ッ!」
「私語は慎め!」
「いッて!!」
「ッつ!!」
「次の差路を 先頭 左へ!」
急な指示と痺れで縺れそうになる脚を無理やり動かし、赤色と青色の二人は、ぶつかりそうになったのを既のところで回避した。
そんな風にしてやっと演習場の足下にたどり着き、今さっき全員が上ってきたところ。精神的にぐったりした隊員をユイガは見回した。
「全員上ってきたな。それでは早速、最初に俺と戦いたい者?」
「っ、はい。レオン=リット=ジングハーツ二士です。お願いします」
誰よりも早く復帰し、迷いなく前へ出て名乗り出たのは血気盛んな赤色だった。
「よし、上がれ。後の者は見学しつつ順番を決めておくように。喧嘩するなよ」
ユイガは隊員にそう言い渡して、すいと空中に舞い上がる。
なんだかんだで、ジングハーツは戦闘技力においては今期の新兵のトップである。楽しめそうだとユイガは目を細めた。
「遠慮なくお前の技量の全てをぶつけてくれ」
「わかりました」
返答しうなずいたジングハーツも笑みを浮かべた。
戦闘狂とまでは行かないが案外似た者同士なのかもしれない、と、このとき互いに直感していた。
少年の周囲に炎がひらめいて溢れる。年期の入った鞘から剣が抜かれると同時に、ユイガに激しい火炎が放たれた。
強襲に隠れて一気に間合いが詰められ、火剣と雷刀がぶつかり火花が散る。真っ直ぐで、ずしりと重い剣筋だ。迫り合ってユイガが押し返すと、髪をなびかせてその勢いを殺さずに利用した太刀を重ねてくる。攻撃をかわす体捌きもいい。
流すように剣を滑らせ懐に入ってきた少年に、ユイガも刀を返してその腹に蹴りを入れる。吹っ飛んだもののきちんと防御をしていたジングハーツは、さらに魔力を放ち高らかに声を上げた。
「龍!」
ゴウ、と魔力が空気を燃やし、炎の塊となった少年が再びユイガへ突っ込む。
障壁を纏っているにも拘わらず浸透してくるひりつく熱さ。尖兵ヘルーワィムは言うまでもなく、本隊ヘルーワィムをも物によっては一撃で倒せるだろう。
繰り返される剣戟の中ユイガは、魔力による炎に自分の魔力を重ね同調させてゆく。
少しして、自分の炎が乗っ取られ始めていることに気付いたジングハーツは、驚愕と焦りの表情を浮かべた。
身に纏う炎を解除するという選択肢は当然浮かんだが、解除したところで先ほどの切り結びに戻るだけ。仕切り直してもユイガがまた同じことをしてくるのは目に見えていた。魔力を上書きしてエネルギーを取り返すしかない。
プラズマの領域を奪い合いながら、剣を振るう。周囲の温度は何度に達しているかもうわからない。集中力も体力もどんどん削られていく。
それでも少年は、じわじわと侵食してくる魔力を瞬間的にはね除け、僅かに生まれた隙でユイガの頬に傷を遺すことに成功した。
障壁を貫通して与えられた焦げるような頬の痛みに、ユイガは薄く愉しげな笑みを浮かべた。
やはり新兵にしてはなかなかやる。
身を灼かんとする炎に手を差し込み、少年の感情の昂りに同調する。直後、周辺の魔力を全て雷属性に変換した。
刺すような雷撃を全身に受け、ジングハーツは声も上げることなく意識を失い落ちてゆく。ユイガは片腕で彼を受け止め、待機している隊員の元に降り立った。
「……次」
「ラヴァイン=アストラヤ=セニ=フロスティアンバー士長です。お願いします」
赤色を横へ寝かせて、白色を伴い空中へ戻る。
フロスティアンバーの家紋とともに繊細な装飾が施された大鎌はよってすらりと構えられ、日の光に煌めいた。
裂けた頬を自己治癒しながら、青年の鋭い視線を受け止める。
彼の兄であるレフィーノ隊長は落ち着いた目をしていたが、こいつの目はどことなく張りつめたような印象だ、とユイガは心の片隅で思った。
* * *
…………時は少し戻るが、戦闘訓練の順番はまだ決まっていないばかりか、ユイガが戻ってくる直前まで次の者ですら決定していなかった。
ユイガとジングハーツが飛び立ってから、差し当たっては自分が皆を纏めねば、とウーラニアは決意して振り返る。
「順番、決めようか……次を希望する人はいる?」
序列のある組織である以上、通常こういうものはジングハーツのように下位から率先して挙手する場ではある。が、先を立候補する者がいれば、その意思に沿う方が良いだろうと考えて声を掛けたのだ。
「やはりここは、現在の階級の低い順で当たるべきではないでしょうか」
「えっなんだ怖いのか、もしかして?」
「様子見しようってか? コスイなぁー」
フロスティアンバーの意見にやはりパーガトリィとレグホーネルが反応した。実はこの確執は今に始まったことではない。
三人は軍学校での同期であり、使用武器も同じ中距離型であるため演習もよく同クラスになった。仲良くなれそうな境遇であったのに相反して、二人はなにかにつけてフロスティアンバーの発言の揚げ足をとる。
上級貴族であるフロスティアンバー家に対して、爵位が下でありながら、しかも軍階級も下であるのに、こんなにあからさまな態度をとるのはこの二人だけだった。
「何度も言うが……いちいち挑発するのをやめてくれるか」
「ああ、正直すぎて悪い。嘘つけないんだよなぁ」
「以前なんて言ってたっけ、小物の言うことなんて気にしなくて良い、だったか? にしてはよく煽られてるよな、図星だって言ってるようなもんだ」
「黙って聞いていれば……! ラヴァイン様に対して不敬が過ぎるのではないですか、お二方とも」
メトロメニアは幼い頃からフロスティアンバーと親交があり、兄のように慕っている。
援護をするようにフロスティアンバーの隣に立ち2対2の構図ができあがってしまったところで、この全員と前々から面識のあるウーラニアが間に入った。
「ラヴァイン、リアム、落ち着いて。ルチル、ザクロ、……流石に聞くに耐えない。先の発言は自らをも落としている。突っかかりすぎだ、何故そんなにも……」
このままでは出撃の際に連携もなにもできたものではない。隊員の不和が命取りになることも十分ありうるのだ。
「アルヴ様ぐらい人格があっての上から目線は気にならないんだけどなぁ、こいつは鼻につくんだよね」
「下の者を下として扱って何が悪い?」
「こういうとこだよ」
「やめなさい、落ち着いて」
これは他人がどうこうしたところで、一朝一夕で片付くような問題ではない。両者の怒りの熱気が伝わってきてじりじりと焼けるようだ。……いや、この暑さは……?
「フィイナ、ちょっとそろそろ障壁張ったほうがいいかも……上の熱さが凄い……」
タンドレニャが桃色の長髪を高く結い直しながら、異様な暑さをウーラニアへ伝えた。今は夏期の終わりだが、確かに季節柄の暑さを超えている。
隊員たちが見上げると、ジングハーツから四方に放たれている炎の熱が、空気を透明に揺らめかせていた。武器のぶつかる音がするたび、稲光が走り空気が発光する。
その戦いはとても美しく力強く、魅せられるもので──
口論はいつの間にか霧散していた。やがて勝敗が決し、落ちてくるジングハーツを隊長が空中で拾って降りてくる。
白銀の青年は、身体の芯がざわりと震えた気がして琥珀色の瞳を揺らした。試してみたい、自分の力を。そんな想いが胸を突いて、ついさっきまで心を占拠していた腹立たしさは純粋な意欲に置き換えられる。
「……次は私でも宜しいでしょうか、アルヴィス様」
「え、ああ。他に希望者は?」
誰も名乗りでないことを了承と取り、ウーラニアはフロスティアンバーを送り出した。
そして再び、レグホーネルとパーガトリィの二人に向き直り、未だ食って掛かりそうなメトロメニアを制してフォローを入れる。
「ラヴァインは実直な努力家だよ。多少、きつく見られることもあるが……」
「多少じゃないと思いますけど」
「棘しかないよねぇ」
どうやら取りつく島もないらしい。上手く仲裁できなかったことにウーラニアは肩を落とした。
ウーラニアは思う。ラヴァインは普段はおよそ冷静で責任感があって、誰よりも貴族然とした立ち居振る舞いを自分に課し、身分を意識する。
それはレフィーノ将補をはじめとした彼の身内方々が傑物揃いで、プレッシャーを感じていることに起因するのだと知っていた。
そしてルチルとザクロの言も事実であることも理解していた。
ラヴァインの心構えと言動は時に冷徹さとして映ることがある。めったに破顔することない、彫刻のように整った顔立ちも原因の一つかもしれない。
そんな、いろいろと損をしている後輩の戦う姿をウーラニアは見上げた。
* * *
──身の丈を優に越える鎌は、縦横無尽に美しい弧を描きながら目にも止まらぬ速さでユイガを襲う。
同じ金将クラスでありながら、リーチが遥かに長い。遠心力のある分、細身の身体からは想像できないような衝撃を受ける。魔力で加速されているのだ。気を抜けば首を跳ねられてしまいそうな攻撃の連続。
ユイガにとっては懐かしいそのスピードに、自分の新兵時代を思い出していた。
「グラファイト一尉のこと、兄様から、伺っておりました」
「よく、話せるな、舌噛むぞ」
「ご心配にぁ、っ及びません」
「今噛んだだろ、」
「……最上の理 この世を刻む盤軸 彼の者を縛れ」
使い慣れた呪文は噛まないらしい。
誤魔化すように放たれた時空間魔法は、空間に青白い光の座標を浮かび上がらせる。新兵時代にレフィーノ隊長から散々受けた魔法だ。捕捉されれば一定時間、標的は行動不能になる。
当時これをどうすれば破れるか、隊員たちと議論をこっそりと重ねに重ねた。発動まで数秒ラグがあるからその隙に攻撃するとか逃げてみるとか、術者にしがみついてみるとか、一定時間が終わるまで障壁でひたすら耐えるとか、色んな案を試してみた。
結果としては、攻撃したりしがみつこうとすると倍速で逃げられたり反撃され、こちらが逃げても座標は三次元的にかなりの広範囲に展開されるのでキリがなく、障壁で耐えるには隊長相手では力不足だった。その他案もことごとく失敗し攻略に至ることができなかったのだ。
相手がレフィーノ隊長だったから障壁は耐えられなかったが、この青年の攻撃ならば耐えられるだろうか。いや、不確定な推測で舐めてかかって、やられてしまえば格好がつかない。
ユイガは保険として障壁を張りながら、青年へ肉薄する。
やはり術者周辺は捕捉対象外なのだろう。距離を置こうとする青年を逃すまいと雷撃を落とすが、鎌で逸らされてしまう。次元が凍りつきはじめた。時間がない。
瀬戸際で、ユイガはフロスティアンバーの鎌と自分の刀に、雷撃を渦巻くように沿わせはじめた。
魔法操作の媒体となる武器はエネルギーを抜き終わったアンジュテクストと鉱物を合成鋳造・調整して造られているのだが、ユイガの雷属性魔法の影響を受けて、二人の武器は磁力を宿し、勢いよく引き合った。
媒体武器を奪えれば良し、青年が武器を手放さず近づけられるならそれも良し。こんな戦法はヘルーワィムには通用しない。少々反則的ではあるが、大きな鎌を放さなかった青年と無理矢理に距離を詰めることに成功した。勢いのまま衝突して硬質な音が演習場に大きく反響する。
武器を合わせたまま青年を下へ押さえ込むように、ユイガは頭足の位置を逆転させ逆立ちになった。そして間髪を入れずに宙を蹴る。輝く座標に捕らわれそうになるのを振りほどき、重力も利用して真下へ加速していく。
実はユイガは下降の動きが最も得意であったりする。青年は一瞬のうちに演習場の底に叩きつけられ、色気もへったくれもない猛烈なる床ドンの衝撃に障壁を砕かれて視界が暗転した。
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