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第一章 厄災の王女
52.王の弁解
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筆を置いたゼインは、まだ机の端に山積みとなっている紙の束を横目にして、肩に手を置き、首を回した。
書類仕事など大の苦手であったが、王ともなればこれを避けることは出来ない。
「そろそろ様子を見に行くか」
窓の外を見やれば、青空にふんわりと浮かぶ白い雲が目に入った。
少し前まで戦争をしてきたことも、貴族たちが自分を失脚させるよう動いていたことも。
現実味が失われ、すべてが虚像のように思えてくる。
往生際の悪い貴族たちの対応に追われて蓄積されてきた疲れも、見ている雲のようにゆったりと流れ行き。
──フロスティーンはこれもふわふわと呼ぶのだろうか。
すぐに頭に浮かんできたのは、まもなく妃となる異国の王女のことだった。
『フロスティーン、大事なことを伝えておく』
ゼインがそう切り出して、事実を教えたあとの王女の動揺は、ゼインには笑えるほどのものだった。
その張り付いた笑顔の中で繰り返される瞬きを、ただの動揺として受け取れる男も、まだこの国ではゼインくらいなものであろうが。
『天上の皆さまはいつも笑顔ではない……?』
フロスティーンの視線が周囲の侍女らへと移ったが。
あぁ、そうか、と見ていたゼインはそこで納得した。
フロスティーンの世話をする者たちは、皆柔らかく微笑んでいたからである。
この国の人間はそういうものだと、フロスティーンは学んでしまっていたらしい。
『俺をよく見ろ、フロスティーン。俺がいつも笑っていたか?』
ここでフロスティーンから返って来た言葉は、ゼインの予想しないものだった。
むしろ今度はゼインの方がそれで動揺してしまったくらいだ。
『ゼインさまも笑っていらっしゃると……いつもではない……?』
妙な指摘に頬を擦りならがつい顔を歪めてしまったことで、侍女からきつく睨まれたことを思い出したゼインは、またここで顔を歪めたのち、笑い出した。
「求めた話を聞き出せているといいが……」
ゼインがフロスティーンに会う許可を与えた貴族夫人たちは、ゼインを失脚させようと動いていた貴族たちの調査に積極的に協力した者たちばかりだ。
あの夜会の日、夫の不正の証拠を集め王城にやって来ていたのは、ミュラー侯爵夫人だけではなかったのである。
また一部には、証拠自体は領に置いてはきたものの、夫の悪事を包み隠さず証言した夫人らもあった。
まるで示し合わせていたかのように。
彼女たちの発言は見事に整合性が取れ、提出された証拠物も合わせれば、貴族らの罪を問うには十分過ぎる理由となった。
しかし肝心の率先して罪を犯した者たちが、いくら罪状を伝えようとも、証拠を突き付けようとも、証言の裏が取れた話をしようとも、聞く耳を持たずして罪を否定して、自分は何も知らなかったと叫ぶ。
あるいは自分はただ古き良き貴族として国を良くしようと動いただけだと宣う。
悪いのは誘惑してきた誰かであって、自分は騙されただけだと泣く者もあった。
もちろん、これは貴族家当主に限らない話だ。
夫と同調し、ゼインの失脚を望んでいた夫人もあったし、その息子や娘も同様。
当主だけが悪人である場合もあれば、一家揃って同じ思想を持つ貴族家もあり、また家族の中で唯一夫人だけが、あるいは息子や娘だけが、罪を良しとしていなかった、そういった家も存在していた。
こういうわけだから、罪ある貴族家を同じように処理出来ず、ゼインらも苦労している。
事が事だけに、悪事を働いた家のすべてを消し去ってしまうことも容易いことではあった。
国王であるゼインを失脚させようと動いていたのだから、一族郎党連座となる重罪ではあるのだ。
だがこれだけ多くの貴族家を一度にすべて失ってしまっては、元が小国と言ってもさすがに国は揺らいでしまう。
戦後の処理に追われる最中に、多くの領地のこれからを一度に処理するには、人材も足りていなかった。
さすがにこのすべての領地をフロスティーンへ、というわけにもいかず。
フロスティーンは喜んで受け取りそうなものではあるが、いずれ王妃となる者の直轄領とするには、土地が広過ぎた。
だから一部の者たちに限っては、しばらくは生かされることになる。
とはいえ、こちらも自由放免とはいかず。
生かすに至っては厳しく監視をしなければならず、人の手はいくらあっても足りていない。
このような対応の難しい状況下において。
何故疑惑の貴族家の夫人らをフロスティーンの前に集めたかといえば……。
「望みであるからには、仕方がない」
自分を納得させるように呟いたゼインは、また笑っていた。
フロスティーンから見たゼインがほとんどいつも笑っているのが事実であることを、まだ疑っているのはゼインだけだ。
──フロスティーンはおかしい奴だが。さすがに俺もそこまで笑ってはいないだろう?
立ち上がったゼインは掛けてあった上着を取ると歩き出し、廊下へと出て行った。
寒くはない麗らかな日に──。
書類仕事など大の苦手であったが、王ともなればこれを避けることは出来ない。
「そろそろ様子を見に行くか」
窓の外を見やれば、青空にふんわりと浮かぶ白い雲が目に入った。
少し前まで戦争をしてきたことも、貴族たちが自分を失脚させるよう動いていたことも。
現実味が失われ、すべてが虚像のように思えてくる。
往生際の悪い貴族たちの対応に追われて蓄積されてきた疲れも、見ている雲のようにゆったりと流れ行き。
──フロスティーンはこれもふわふわと呼ぶのだろうか。
すぐに頭に浮かんできたのは、まもなく妃となる異国の王女のことだった。
『フロスティーン、大事なことを伝えておく』
ゼインがそう切り出して、事実を教えたあとの王女の動揺は、ゼインには笑えるほどのものだった。
その張り付いた笑顔の中で繰り返される瞬きを、ただの動揺として受け取れる男も、まだこの国ではゼインくらいなものであろうが。
『天上の皆さまはいつも笑顔ではない……?』
フロスティーンの視線が周囲の侍女らへと移ったが。
あぁ、そうか、と見ていたゼインはそこで納得した。
フロスティーンの世話をする者たちは、皆柔らかく微笑んでいたからである。
この国の人間はそういうものだと、フロスティーンは学んでしまっていたらしい。
『俺をよく見ろ、フロスティーン。俺がいつも笑っていたか?』
ここでフロスティーンから返って来た言葉は、ゼインの予想しないものだった。
むしろ今度はゼインの方がそれで動揺してしまったくらいだ。
『ゼインさまも笑っていらっしゃると……いつもではない……?』
妙な指摘に頬を擦りならがつい顔を歪めてしまったことで、侍女からきつく睨まれたことを思い出したゼインは、またここで顔を歪めたのち、笑い出した。
「求めた話を聞き出せているといいが……」
ゼインがフロスティーンに会う許可を与えた貴族夫人たちは、ゼインを失脚させようと動いていた貴族たちの調査に積極的に協力した者たちばかりだ。
あの夜会の日、夫の不正の証拠を集め王城にやって来ていたのは、ミュラー侯爵夫人だけではなかったのである。
また一部には、証拠自体は領に置いてはきたものの、夫の悪事を包み隠さず証言した夫人らもあった。
まるで示し合わせていたかのように。
彼女たちの発言は見事に整合性が取れ、提出された証拠物も合わせれば、貴族らの罪を問うには十分過ぎる理由となった。
しかし肝心の率先して罪を犯した者たちが、いくら罪状を伝えようとも、証拠を突き付けようとも、証言の裏が取れた話をしようとも、聞く耳を持たずして罪を否定して、自分は何も知らなかったと叫ぶ。
あるいは自分はただ古き良き貴族として国を良くしようと動いただけだと宣う。
悪いのは誘惑してきた誰かであって、自分は騙されただけだと泣く者もあった。
もちろん、これは貴族家当主に限らない話だ。
夫と同調し、ゼインの失脚を望んでいた夫人もあったし、その息子や娘も同様。
当主だけが悪人である場合もあれば、一家揃って同じ思想を持つ貴族家もあり、また家族の中で唯一夫人だけが、あるいは息子や娘だけが、罪を良しとしていなかった、そういった家も存在していた。
こういうわけだから、罪ある貴族家を同じように処理出来ず、ゼインらも苦労している。
事が事だけに、悪事を働いた家のすべてを消し去ってしまうことも容易いことではあった。
国王であるゼインを失脚させようと動いていたのだから、一族郎党連座となる重罪ではあるのだ。
だがこれだけ多くの貴族家を一度にすべて失ってしまっては、元が小国と言ってもさすがに国は揺らいでしまう。
戦後の処理に追われる最中に、多くの領地のこれからを一度に処理するには、人材も足りていなかった。
さすがにこのすべての領地をフロスティーンへ、というわけにもいかず。
フロスティーンは喜んで受け取りそうなものではあるが、いずれ王妃となる者の直轄領とするには、土地が広過ぎた。
だから一部の者たちに限っては、しばらくは生かされることになる。
とはいえ、こちらも自由放免とはいかず。
生かすに至っては厳しく監視をしなければならず、人の手はいくらあっても足りていない。
このような対応の難しい状況下において。
何故疑惑の貴族家の夫人らをフロスティーンの前に集めたかといえば……。
「望みであるからには、仕方がない」
自分を納得させるように呟いたゼインは、また笑っていた。
フロスティーンから見たゼインがほとんどいつも笑っているのが事実であることを、まだ疑っているのはゼインだけだ。
──フロスティーンはおかしい奴だが。さすがに俺もそこまで笑ってはいないだろう?
立ち上がったゼインは掛けてあった上着を取ると歩き出し、廊下へと出て行った。
寒くはない麗らかな日に──。
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