50 / 53
49.王国はかくして成り立ち
しおりを挟む
長く小国と扱われてきたアウストゥール王国であったが、戦を始める前の元の国土が極端に小さかったわけではない。
一貴族が全体を治める公国などとは違って、多くの貴族が先の夜会に集まってきたように、決して大きくはないものの、少なくない貴族たちに領土を振り分けるくらいの国土は有していた国だった。
では何故世界において小国として目立たぬ位置にあり続けたかと言えば、一貫して農業を主として国を成り立たせてきた影響が大きい。
かつて遊牧民に生まれし賢者がいた。
その類まれなる知は神にも認められ、これを活かすようにと、農業に適した肥沃な大地を与えられる。
賢者は神の言葉に応え、その地に定住し、畑を耕し、豊かな実りをもたらした。
やがて実りを求めて人は集まり、賢者は王に、集まった人々はその国の民となった。
それがアウストゥールで語り継がれる建国の神話である。
しかしアウストゥールにおいて、神が出て来る歴史話はここまでだった。
実り豊かな土地があれば、周囲の国々がそれを奪おうと策略をめぐらせるのも当然のこと。
それが実行され始めると、当時の王は国を存続させるために、交易において損を取ることを選んだのだ。
それは実質民らを安く売るような行いではあったが、当時の民らはそれが理解出来るまでの知恵を持っていなかったのであろう。
こうして畑で採れた収穫物は、その時代の格安の代金にて他国へと流されるようになる。
アウストゥールの周りを取り囲む国々は、食糧に困ることが減り、アウストゥールとは関わりないところで国土を広げていった。
そのせいで地域においては、アウストゥール王国は小国の位置付けに落ち着いたのだ。
これもまた、アウストゥールがいつまでも世界的に目立たぬ小国にあり続けた理由である。
やがてそれぞれの隣国は、次第に小麦や野菜だけを安く手に入れるだけでは惜しいと考えるようになっていった。
あらゆるものを作らせて、安く買い取ろうと考え始めたのである。
これではもはや属国であったが、アウストゥールがそうならないで済んだのは、隣国がいくつか存在していたせいだった。
どこか一国がアウストゥールを奪うとなれば、大きな戦へと発展することは目に見えており、互いに牽制してきた結果として、アウストゥール王国は残り続けた。
かつて損を取った王が、そこまで考えていたかは怪しいが。
隣国の王家たちもまた、得を選んで貪欲になり過ぎた結果、それが国を滅亡させることに繋がるとまでは、考えていなかったはずである。
これがアウストゥールにとって良きことだったのか、はたまた長く苦しい時代を導く悪しきことだったのか。
今となってはどちらとも捉えようが。
それぞれの隣国は、いつしか国内で秘めていた技術や知識を、惜しみなくアウストゥールに与えてくれるようになっていた。
要は全て教えてやるから同じものを作れ、ということである。
彼らが間違えたのは、調度品くらいにしておけば良かったものを、武力に関わるような製品まで作らせてしまったことにある。
そしてもっとも愚かであったことには、隣国から安く手に入ることになったというところで、自国の産業を衰退させてしまった。
産業が廃すれば、働く先に困る者、飢える者が増えていく。
国内の治安が徐々に悪くなっていったのも、働き先を求めて他国に流れる者が増えたのも、自然な流れであった。
そのうえ使ってきた同じ武器、それをもう自国では作ることが出来ない。
その危うさに、何故どこの国も気付けなかったのであろうか。
それは間違いなく、アウストゥールを小国として侮っていたからに違いない。
時は満ちた。
今こそが好機。そう捉えたゼインが、動き始めて十年。
最初の国をゼインが落とした後から他の隣国が慌てたところで、もう何もかも遅かったのだ。
流通を止められてしまっては、アウストゥールに多くを依存してきた国々は立ち行かず。
簡単に落ちていき、そうしてたったの十年でアウストゥール王国はかつての隣国のすべてを併合するに至ったわけである。
こうして国土においても、軍事力においても、民の数においても、産業においても、あらゆる面で世界的な大国が誕生したところだ。
これをまだ真に理解出来ていない者たちが、元々のアウストゥールにある貴族たちに残っているということ。
夜会後の処理に追われるゼインは、その事実に失望し、これまで自分がいかに国内に目を向けて来なかったのかを嫌というほどに知らされていた。
おおいに反省しつつも、報告を聞くたびにまた驚かされて、自分の無知と無責任を知らされる。
──こうも用意周到に準備されては疑いたくもなってくるが。夫人たちに謀った形跡はいまだ見付からずとな。
もうアウストゥール王国の何も、安く買いたたかれることはなくなった今。
国を根幹から変えるべき機に入ったのではないか。
──救済を望む声がすでに届いていることをどちらに捉えるか……。
戦とはまた違う困難な問題に直面し、対応を悩むゼインの脳裏に、妙な王女のおかしな笑顔が浮かんでいた。
──国を支えてきた者を排していては国は滅びる。かつての隣国のすべてがいい例だった。アウストゥールがそうであってはならない。
一貴族が全体を治める公国などとは違って、多くの貴族が先の夜会に集まってきたように、決して大きくはないものの、少なくない貴族たちに領土を振り分けるくらいの国土は有していた国だった。
では何故世界において小国として目立たぬ位置にあり続けたかと言えば、一貫して農業を主として国を成り立たせてきた影響が大きい。
かつて遊牧民に生まれし賢者がいた。
その類まれなる知は神にも認められ、これを活かすようにと、農業に適した肥沃な大地を与えられる。
賢者は神の言葉に応え、その地に定住し、畑を耕し、豊かな実りをもたらした。
やがて実りを求めて人は集まり、賢者は王に、集まった人々はその国の民となった。
それがアウストゥールで語り継がれる建国の神話である。
しかしアウストゥールにおいて、神が出て来る歴史話はここまでだった。
実り豊かな土地があれば、周囲の国々がそれを奪おうと策略をめぐらせるのも当然のこと。
それが実行され始めると、当時の王は国を存続させるために、交易において損を取ることを選んだのだ。
それは実質民らを安く売るような行いではあったが、当時の民らはそれが理解出来るまでの知恵を持っていなかったのであろう。
こうして畑で採れた収穫物は、その時代の格安の代金にて他国へと流されるようになる。
アウストゥールの周りを取り囲む国々は、食糧に困ることが減り、アウストゥールとは関わりないところで国土を広げていった。
そのせいで地域においては、アウストゥール王国は小国の位置付けに落ち着いたのだ。
これもまた、アウストゥールがいつまでも世界的に目立たぬ小国にあり続けた理由である。
やがてそれぞれの隣国は、次第に小麦や野菜だけを安く手に入れるだけでは惜しいと考えるようになっていった。
あらゆるものを作らせて、安く買い取ろうと考え始めたのである。
これではもはや属国であったが、アウストゥールがそうならないで済んだのは、隣国がいくつか存在していたせいだった。
どこか一国がアウストゥールを奪うとなれば、大きな戦へと発展することは目に見えており、互いに牽制してきた結果として、アウストゥール王国は残り続けた。
かつて損を取った王が、そこまで考えていたかは怪しいが。
隣国の王家たちもまた、得を選んで貪欲になり過ぎた結果、それが国を滅亡させることに繋がるとまでは、考えていなかったはずである。
これがアウストゥールにとって良きことだったのか、はたまた長く苦しい時代を導く悪しきことだったのか。
今となってはどちらとも捉えようが。
それぞれの隣国は、いつしか国内で秘めていた技術や知識を、惜しみなくアウストゥールに与えてくれるようになっていた。
要は全て教えてやるから同じものを作れ、ということである。
彼らが間違えたのは、調度品くらいにしておけば良かったものを、武力に関わるような製品まで作らせてしまったことにある。
そしてもっとも愚かであったことには、隣国から安く手に入ることになったというところで、自国の産業を衰退させてしまった。
産業が廃すれば、働く先に困る者、飢える者が増えていく。
国内の治安が徐々に悪くなっていったのも、働き先を求めて他国に流れる者が増えたのも、自然な流れであった。
そのうえ使ってきた同じ武器、それをもう自国では作ることが出来ない。
その危うさに、何故どこの国も気付けなかったのであろうか。
それは間違いなく、アウストゥールを小国として侮っていたからに違いない。
時は満ちた。
今こそが好機。そう捉えたゼインが、動き始めて十年。
最初の国をゼインが落とした後から他の隣国が慌てたところで、もう何もかも遅かったのだ。
流通を止められてしまっては、アウストゥールに多くを依存してきた国々は立ち行かず。
簡単に落ちていき、そうしてたったの十年でアウストゥール王国はかつての隣国のすべてを併合するに至ったわけである。
こうして国土においても、軍事力においても、民の数においても、産業においても、あらゆる面で世界的な大国が誕生したところだ。
これをまだ真に理解出来ていない者たちが、元々のアウストゥールにある貴族たちに残っているということ。
夜会後の処理に追われるゼインは、その事実に失望し、これまで自分がいかに国内に目を向けて来なかったのかを嫌というほどに知らされていた。
おおいに反省しつつも、報告を聞くたびにまた驚かされて、自分の無知と無責任を知らされる。
──こうも用意周到に準備されては疑いたくもなってくるが。夫人たちに謀った形跡はいまだ見付からずとな。
もうアウストゥール王国の何も、安く買いたたかれることはなくなった今。
国を根幹から変えるべき機に入ったのではないか。
──救済を望む声がすでに届いていることをどちらに捉えるか……。
戦とはまた違う困難な問題に直面し、対応を悩むゼインの脳裏に、妙な王女のおかしな笑顔が浮かんでいた。
──国を支えてきた者を排していては国は滅びる。かつての隣国のすべてがいい例だった。アウストゥールがそうであってはならない。
22
お気に入りに追加
3,280
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした
カレイ
恋愛
子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き……
「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」
ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?
彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~
春風由実
恋愛
当代のアルメスタ公爵、ジェラルド・サン・アルメスタ。
彼は幼くして番に出会う幸運に恵まれた。
けれどもその番を奪われて、十年も辛い日々を過ごすことになる。
やっと見つかった番。
ところがアルメスタ公爵はそれからも苦悩することになった。
彼女が囚われた十年の間に虐げられてすっかり心を失っていたからである。
番であるセイディは、ジェラルドがいくら愛でても心を動かさない。
情緒が育っていないなら、今から育てていけばいい。
これは十年虐げられて心を止めてしまった一人の女性が、愛されながら失った心を取り戻すまでの記録だ。
「せいでぃ、ぷりんたべる」
「せいでぃ、たのちっ」
「せいでぃ、るどといっしょです」
次第にアルメスタ公爵邸に明るい声が響くようになってきた。
なお彼女の知らないところで、十年前に彼女を奪った者たちは制裁を受けていく。
※R15は念のためです。
※カクヨム、小説家になろう、にも掲載しています。
シリアスなお話になる予定だったのですけれどね……。これいかに。
★★★★★
お休みばかりで申し訳ありません。完結させましょう。今度こそ……。
お待ちいただいたみなさま、本当にありがとうございます。最後まで頑張ります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる