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第一章 厄災の王女
34.告発者
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腕にしがみ付く娘の腕を解かせたのは夫人だったのだろうか。
その場に置き去りにされた娘は、街で親を見失った子どものように、ほんの僅かな刺激にも泣き出しそう顔をして、夫人の背中を見詰めている。
しかしその瞳には驚きや戸惑いも含まれていて、母親がこれから何を話そうとしているか、それは知らないようにも見えた。
「なんだ?罪を軽くせよという願いなら受け付けないが?」
侯爵の顔に見る間に血の気が戻っていく。
「へ、陛下!先ほどの輸出の件ですが!有事ということで主にこの妻が領地の管理をしていたために侯爵である私への報告を怠って──「おだまりなさい」は?」
侯爵が呆気に取られた顔をして固まった。
「これ以上見苦しいお姿をさらすのはやめてください。娘に見せる最後の背中がそれでよろしいのでして?」
「なっ。お前は誰に向かってそのような口を「おだまりなさい」」
ぴしゃりと言葉を遮られ、侯爵はその威圧に一瞬は怯えを見せた。
だがそれは一瞬で終わり。
凄まじく醜い形相をして、夫人を睨んでいる。
しかし夫人は、そんな夫にはもう目もくれなかった。
「陛下。斯様な場で騒ぎ立てをして申し訳ございません。減刑を願っての発言を願い出たのでもございません。夫、そして娘が斯様に問題を起こせば、私だけでなく、一族郎党、責任を逃れられますまい。ならば最後に良き行いでもしとうございます。発言の機会をいただけますでしょうか?」
夫人の様子は気にしていたゼインであっても、この場での発言は想定外。
その肝の据わった様子から覚悟を受け取ったゼインは、夫人の提案を受け入れることにした。
「良かろう。話してみろ」
ゼインが許可すると、会場がほんの短い間ざわりと揺れた。
多くの者にとっても、ゼインの返答含めて想定外ということだ。
「今さらにございますが。まずは此度のサヘラン王国の王女様とのご婚姻がととのわれましたこと、誠におめでとうございます。わたくしは心からお二人のご結婚を祝福してございます」
「ほぅ?」
「このような祝いの場でお伝えすべきことではございませんが。祝いの席を穢してしまうこと、お許しいただけますでしょうか?あるいはこの場とは別にお時間を頂戴したく」
「今さらだ。ここで話せ」
夫人は美しく頭を下げたあとに、一度フロスティーンを見てにこりと微笑んだ。
その視線を追ってゼインもフロスティーンを見れば。
──夫人は見るのか。
顔を夫人に向け、変わらぬ笑みを浮かべたフロスティーンがそこにいる。
こうなっては、ゼインにはフロスティーンの視線の意味がまったくもって理解出来なくなってしまった。
ならば聞けばいいというのに。
ゼインはへそ曲がりな男なのだろう。
聞くのは悔やしいと、素直に問い掛けられずにひと月も過ごしてしまった。
これを反省して今後は変わるといいが……はたして。
しかし今は夫人の相手。
夫人の視線はすでにゼインに戻っている。
──覚悟を決めた者の目だな。
戦場でよく見た目だと、ゼインは感じた。
敵味方どちらにも、その目を見たものである。
──フロスティーンも最初のときは覚悟の上であったが……。
あれは違うと、ゼインは思い出して否定した。
死を覚悟した目でもなかったし、何もかも諦めているという目でもなく、世間知らずで先を読めていないお気楽な王女の目でもなく。
だからこそゼインは目を逸らせずにその心情を探ろうと見つめ続けていたのだが。
さて、そんなことも今さらだ。
「夫はサヘランと通じてございます」
ほんの少しの間を置いて。
「何を言うかっ!」
広い会場の壁にぶつかって反射するほどの怒声が響いた。侯爵からだ。
その場に置き去りにされた娘は、街で親を見失った子どものように、ほんの僅かな刺激にも泣き出しそう顔をして、夫人の背中を見詰めている。
しかしその瞳には驚きや戸惑いも含まれていて、母親がこれから何を話そうとしているか、それは知らないようにも見えた。
「なんだ?罪を軽くせよという願いなら受け付けないが?」
侯爵の顔に見る間に血の気が戻っていく。
「へ、陛下!先ほどの輸出の件ですが!有事ということで主にこの妻が領地の管理をしていたために侯爵である私への報告を怠って──「おだまりなさい」は?」
侯爵が呆気に取られた顔をして固まった。
「これ以上見苦しいお姿をさらすのはやめてください。娘に見せる最後の背中がそれでよろしいのでして?」
「なっ。お前は誰に向かってそのような口を「おだまりなさい」」
ぴしゃりと言葉を遮られ、侯爵はその威圧に一瞬は怯えを見せた。
だがそれは一瞬で終わり。
凄まじく醜い形相をして、夫人を睨んでいる。
しかし夫人は、そんな夫にはもう目もくれなかった。
「陛下。斯様な場で騒ぎ立てをして申し訳ございません。減刑を願っての発言を願い出たのでもございません。夫、そして娘が斯様に問題を起こせば、私だけでなく、一族郎党、責任を逃れられますまい。ならば最後に良き行いでもしとうございます。発言の機会をいただけますでしょうか?」
夫人の様子は気にしていたゼインであっても、この場での発言は想定外。
その肝の据わった様子から覚悟を受け取ったゼインは、夫人の提案を受け入れることにした。
「良かろう。話してみろ」
ゼインが許可すると、会場がほんの短い間ざわりと揺れた。
多くの者にとっても、ゼインの返答含めて想定外ということだ。
「今さらにございますが。まずは此度のサヘラン王国の王女様とのご婚姻がととのわれましたこと、誠におめでとうございます。わたくしは心からお二人のご結婚を祝福してございます」
「ほぅ?」
「このような祝いの場でお伝えすべきことではございませんが。祝いの席を穢してしまうこと、お許しいただけますでしょうか?あるいはこの場とは別にお時間を頂戴したく」
「今さらだ。ここで話せ」
夫人は美しく頭を下げたあとに、一度フロスティーンを見てにこりと微笑んだ。
その視線を追ってゼインもフロスティーンを見れば。
──夫人は見るのか。
顔を夫人に向け、変わらぬ笑みを浮かべたフロスティーンがそこにいる。
こうなっては、ゼインにはフロスティーンの視線の意味がまったくもって理解出来なくなってしまった。
ならば聞けばいいというのに。
ゼインはへそ曲がりな男なのだろう。
聞くのは悔やしいと、素直に問い掛けられずにひと月も過ごしてしまった。
これを反省して今後は変わるといいが……はたして。
しかし今は夫人の相手。
夫人の視線はすでにゼインに戻っている。
──覚悟を決めた者の目だな。
戦場でよく見た目だと、ゼインは感じた。
敵味方どちらにも、その目を見たものである。
──フロスティーンも最初のときは覚悟の上であったが……。
あれは違うと、ゼインは思い出して否定した。
死を覚悟した目でもなかったし、何もかも諦めているという目でもなく、世間知らずで先を読めていないお気楽な王女の目でもなく。
だからこそゼインは目を逸らせずにその心情を探ろうと見つめ続けていたのだが。
さて、そんなことも今さらだ。
「夫はサヘランと通じてございます」
ほんの少しの間を置いて。
「何を言うかっ!」
広い会場の壁にぶつかって反射するほどの怒声が響いた。侯爵からだ。
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