3 / 53
2.何もない王女
しおりを挟む
謁見の間に響く声が怒号に変わっても、フロスティーンの心は凪いでいた。
「我が国に入る前の王女を襲い、書状を奪ってここに来たのであろう。さしずめ王妃になって贅沢な暮らしがしたいというところか?」
「どこかの国の刺客ということも考えられる」
「それならば、輿入れに相応しい様子でやって来よう。偽る者はまず擬態するものぞ?」
「サヘランの奴らが、本物の王女を送るのが惜しくなり、あえてそうと分かる偽者を送って来たのかもしれん」
「なんと!即刻送り返しましょうぞ!」
「いいや、首を撥ね、その首だけを送り返そう!」
「そうだとも。このようなことをして、我が国を見下しているに違いない。かの国に相応の報いを!」
「サヘランも今や隣国。併合してしまえばいい!」
ずっと話題の中心にあったというのに。
フロスティーンは微動だにせず、真直ぐに顔を上げて、最奥の中央に立ち続ける王と思わしき男を見詰めていた。
王と思わしき、というのは、フロスティーンはここに来てからまだ誰からも名乗られていなかったからだ。
そのうえあの男だけは、フロスティーンが現われてから一度も声を発していない。
「陛下、ご決断を!」
沈黙していた男がついに口を開いた。
「そこの。言い分があれば聞いてやるが?」
祖国の礼儀に従い、フロスティーンは頭を下げて名乗った後だ。
つまり彼は名を呼ぶことすら厭うほどに自分のことを嫌悪している、フロスティーンはそのように理解した。
だが理解した直後にも表情に乱れはなく。
フロスティーンは淡々と明瞭に言葉を返す。
「あいにく書状以外には、我が身が王女と証明出来るものがございません。お気に召さなければ、どうぞお好きなように。ご処分くださいませ」
本日謁見の間に、二度目の静寂がやって来た。
一度目はフロスティーンがこの謁見の前に入ったときだ。
しんと静まる室内で、フロスティーンはなお、王と見られる男を見据え続ける。
二人の視線は交錯したまま、静かに時だけが流れていた。
「我が国に入る前の王女を襲い、書状を奪ってここに来たのであろう。さしずめ王妃になって贅沢な暮らしがしたいというところか?」
「どこかの国の刺客ということも考えられる」
「それならば、輿入れに相応しい様子でやって来よう。偽る者はまず擬態するものぞ?」
「サヘランの奴らが、本物の王女を送るのが惜しくなり、あえてそうと分かる偽者を送って来たのかもしれん」
「なんと!即刻送り返しましょうぞ!」
「いいや、首を撥ね、その首だけを送り返そう!」
「そうだとも。このようなことをして、我が国を見下しているに違いない。かの国に相応の報いを!」
「サヘランも今や隣国。併合してしまえばいい!」
ずっと話題の中心にあったというのに。
フロスティーンは微動だにせず、真直ぐに顔を上げて、最奥の中央に立ち続ける王と思わしき男を見詰めていた。
王と思わしき、というのは、フロスティーンはここに来てからまだ誰からも名乗られていなかったからだ。
そのうえあの男だけは、フロスティーンが現われてから一度も声を発していない。
「陛下、ご決断を!」
沈黙していた男がついに口を開いた。
「そこの。言い分があれば聞いてやるが?」
祖国の礼儀に従い、フロスティーンは頭を下げて名乗った後だ。
つまり彼は名を呼ぶことすら厭うほどに自分のことを嫌悪している、フロスティーンはそのように理解した。
だが理解した直後にも表情に乱れはなく。
フロスティーンは淡々と明瞭に言葉を返す。
「あいにく書状以外には、我が身が王女と証明出来るものがございません。お気に召さなければ、どうぞお好きなように。ご処分くださいませ」
本日謁見の間に、二度目の静寂がやって来た。
一度目はフロスティーンがこの謁見の前に入ったときだ。
しんと静まる室内で、フロスティーンはなお、王と見られる男を見据え続ける。
二人の視線は交錯したまま、静かに時だけが流れていた。
14
お気に入りに追加
3,280
あなたにおすすめの小説
彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~
春風由実
恋愛
当代のアルメスタ公爵、ジェラルド・サン・アルメスタ。
彼は幼くして番に出会う幸運に恵まれた。
けれどもその番を奪われて、十年も辛い日々を過ごすことになる。
やっと見つかった番。
ところがアルメスタ公爵はそれからも苦悩することになった。
彼女が囚われた十年の間に虐げられてすっかり心を失っていたからである。
番であるセイディは、ジェラルドがいくら愛でても心を動かさない。
情緒が育っていないなら、今から育てていけばいい。
これは十年虐げられて心を止めてしまった一人の女性が、愛されながら失った心を取り戻すまでの記録だ。
「せいでぃ、ぷりんたべる」
「せいでぃ、たのちっ」
「せいでぃ、るどといっしょです」
次第にアルメスタ公爵邸に明るい声が響くようになってきた。
なお彼女の知らないところで、十年前に彼女を奪った者たちは制裁を受けていく。
※R15は念のためです。
※カクヨム、小説家になろう、にも掲載しています。
シリアスなお話になる予定だったのですけれどね……。これいかに。
★★★★★
お休みばかりで申し訳ありません。完結させましょう。今度こそ……。
お待ちいただいたみなさま、本当にありがとうございます。最後まで頑張ります。
私を裏切っていた夫から逃げた、ただそれだけ
キムラましゅろう
恋愛
住み慣れた街とも、夫とも遠く離れた土地でクララは時折思い出す。
知らず裏切られていた夫ウォレスと過ごした日々の事を。
愛しあっていたと思っていたのは自分だけだったのか。
彼はどうして妻である自分を裏切り、他の女性と暮らしていたのか。
「……考えても仕方ないわね」
だって、自分は逃げてきたのだから。
自分を裏切った夫の言葉を聞きたくなくて、どうしようも無い現実から逃げたのだから。
医療魔術師として各地を点々とするクララはとある噂を耳にする。
夫ウォレスが血眼になって自分を探しているという事を。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
●ご注意 作者はモトサヤハピエン作家です。どんなヒーローが相手でもいつも無理やりモトサヤに持っていきます。
アンチモトサヤの方はそっ閉じをおすすめ致します。
所々に誤字脱字がトラップのように点在すると思われます。
そこのところをご了承のうえ、お読みくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿いたします。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫
紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。
スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。
そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。
捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる