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9.泣き虫令嬢は懐かしむ
しおりを挟むどうしてこんなことに?
ここは我が家のテラスですよね?
「改めて君とお茶が出来て良かった」
異変が始まったのは、今朝もいつも通り仕事に出掛ける父と兄を見送った後のことでした。
母が突然侍女たちに指示を出しまして、私はされるがまま身を任せるうち、あれよあれよと外側を整えられていったのです。
そうしていつもより格段に身綺麗にされたところで、母に連れられ中庭に面したテラスに出れば、そこにはすでに椅子に座って紅茶を飲んでいるこの御方がいらっしゃっいました。
すぐに目の奥が熱くなり、それでもなんとか耐えた私は、母に促されてこの世界の貴族の型通りの挨拶をすることは出来ました。
けれども油断すれば、また号泣してしまいそうな感覚が全身を走っています。
どうして我が家のお庭で、王子殿下が紅茶を飲んでいらっしゃるのでしょうか?
殿下から座るよう促され、母と一緒に着席すると、侍女たちが当然のように私たちの紅茶を用意してくれました。
もちろん殿下のお茶のお代わりが先になります。
「驚かせて申し訳なかったね。あの二人がいては君とゆっくり話せないだろう?それで夫人に協力を願ったんだ」
陽光がきらきらと照らす殿下のお顔は美しく輝いておりました。
もう少ししたらあの挿絵通りのご尊顔に成長なさること間違いなしと感じることに、私は本当にかつてを思い出してしまったのだなぁという感慨深いものを得られます。
すると胸になんだか温かいものが満ちてきて、また泣きそうになるのです。
淑女らしからず感情を何一つ隠せていなかったのでしょう。
殿下が仰います。
「僕は気にしないよ。好きに泣いていいからね」
そんなこと仰らないでくださいませ。
本当に泣いて……どうしましょう、せっかく侍女たちが綺麗にしてくれたばかりなのに涙が頬を伝いました。
横にいた侍女がさっとハンカチを差し出してくれます。
流石だと尊敬しつつ、有難く受け取って目元を押さえました。
「申し訳ありません」
「僕がいいと言っているんだから気にしないで。それよりこんな形で驚かせて本当にごめんね。どうしても昔のように君と話をしたかったんだ」
え?昔のようにと仰いましたか?
「……忘れてしまったかな?まぁ、無理もないことだね。君が物心つく頃には、公爵が君を城には連れて来なくなってしまったから」
「主人が申し訳ありませんわ」
「謝ることはありませんよ。気持ちは分かると言っては失礼になるでしょうけれど、面白くなかったことは分かります。この件に関しては、むしろ謝るべきは僕の方かもしれません」
「いいえ、殿下には何一つ謝る理由はございませんわ。本当にいつまでも子どもみたいで困った人ですの」
「それだけ娘を想う気持ちが強いということでしょう。僕は尊敬していますよ」
何の話をしているのでしょうか?
二人の会話を追っているうち、私の涙は止まっていました。
「夫人から聞いているよ。ねぇ、リル?思い出したんだね?」
胸がかーっと熱くなって、今度はぶわっと大量の涙が溢れてきます。
この不思議な感覚を私は知り……知っていました。
これは懐かしさの涙です。
リル。
おいで、リル。
よかったねぇ、リル。
おいしいかい、リル?
涙で曇り見えないはずなのに、私には目の前に座るこの御方の姿がよく見えていました。
でもそれは今よりもずっと幼い容姿の殿下だったのです。
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