【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~

春風由実

文字の大きさ
上 下
7 / 21

6.泣き虫令嬢は運命を拒絶する

しおりを挟む
 それは両親も兄も、それから使用人一同も、公爵家に関わる誰もが、私が修道院送りになることを良しとはしないという話からはじまりました。
 いかに皆から愛されているか、そして父が私を愛してくれているか、私が恥ずかしくなるほど懇切丁寧に説明してくれたのです。
 兄も母も父の意見に同意を示し、部屋にいた侍女たちも大きく頷いてくれました。
 嬉し恥ずかしというもので、また違う意味で泣いてしまったのですが。

 よく泣く私に慣れた侍女たちは、いくらでも氷はあると言ってくれます。

 私は目を冷やしながら、なお涙を溢れさせておりました。
 そんな私を慰めようと父はさらに言います。
 

「幾重もの生を繰り返すときに、その順序は必ずしも時の流れ通りではないと言われているんだ。そもそもシェリーのいた前の世界と今がどのような時系列で並んでいるかも分からないがね。もしかしたら君が読んだというその物語はこの世界を知った人間が書いたものかもしれないよ」


 それを聞いて、また安堵して、また違う涙が出てきました。
 物語が完全なる創作物であれば、私の名をちょっと拝借したということもあるでしょう。

 と考えたところで、また不安が生じます。
 その人がこの世界の今を生きているとしたら、そうなる未来を見たということではないでしょうか?
 あるいはもっと先の未来の人で、歴史書などで私の人生を知ったということもあるのでは?

 すると今度は兄が言いました。


「結果が物語通りに決まっているとしたら、もっとこう僕たちは仲違いしていないとおかしいはずだね?だからきっと誰かがいちから創った物語なのではないかな?」


 確かにそうかもしれません。
 あの物語では、公爵令嬢は幼い頃から手の付けられない問題児だったように描かれていました。
 家族も途中からはかなり厳しく接していたようですが、他者には高圧的な態度を示し、時に心無い言葉を掛ける非情さ、すべて自分の思い通りになることを望む傲慢さは変わらなかったという描写があります。

 しかし今の私はどうでしょうか?
 厳しくされるどころか甘やかされてわがままなところはあるように思いますが、泣き虫の私ではそれほど気の強い令嬢を演じることも不可能に思います。


「シェリーのどこがわがままなんだい?僕たちはいつももっとわがままを言うようにと願っているんだよ?」


 ちょうど新しい氷に交換するために目を開いたところで、周りにいる全員が兄の言葉にうんうんと頷いている姿が目に入ってきました。

 こんなに甘やかされているのに、まだ何が足りないのでしょうか?


「シェリーはどうしたいかしら?」


「え?」


 先程から発言は控えて微笑んでいた母に問われ、私は母を見ました。
 いつも通りの優しい微笑みが、私の心を癒してくれます。


 大丈夫、この世界は優しいから──。


 私は心からそのように感じました。


「物語によれば、シェリーは王太子殿下の婚約者になるのでしょう?今はまだ王子殿下ですけれど、シェリーはあの方の婚約者になりたいかしら?」


「なっ!私は認めんぞ!」
「なりません母上!」


 父と兄の声が重なりました。すると母が「おだまりなさい」とぴしゃりと言うのです。
 しかしその声から怖さは感じませんでした。
 私を見詰める目が変わらず優しいからでしょうか。


「私はシェリーに聞いているのですよ。ねぇ、シェリー。あなたは王太子妃に、ゆくゆくは王妃になりたいと願っているかしら?」


「まさか!あり得ません!」


 強く否定してしまいました。だって無理です。
 王太子妃?王妃?無理、無理、無理──。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……

ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。 ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。 そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】夢見る転生令嬢は前世の彼に恋をする

かほなみり
恋愛
田舎の領地で暮らす子爵令嬢ユフィール。ユフィールには十八歳の頃から、アレクという歳下の婚約者がいた。七年前に一度顔を合わせたきりのアレクとは、手紙のやりとりで穏やかに交流を深めてきた。そんな彼から、騎士学校を卒業し成人を祝う祝賀会が催されるから参加してほしいとの招待を受け、久し振りに王都へとやってきたユフィール。アレクに会えることを楽しみにしていたユフィールは、ふらりと立ち寄った本屋で偶然手にした恋愛小説を見て、溢れるように自分の前世を思い出す。 高校教師を夢見た自分、恋愛小説が心の拠り所だった日々。その中で出会った、あの背の高いいつも笑顔の彼……。それ以来、毎晩のように夢で見る彼の姿に惹かれ始めるユフィール。前世の彼に会えるわけがないとわかっていても、その思いは強くなっていく。こんな気持を抱えてアレクと婚約を続けてもいいのか悩むユフィール。それでなくとも、自分はアレクよりも七つも歳上なのだから。 そんなユフィールの気持ちを知りつつも、アレクは深い愛情でユフィールを包み込む。「僕がなぜあなたを逃さないのか、知りたくないですか?」 歳上の自分に引け目を感じ自信のないヒロインと、やっと手に入れたヒロインを絶対に逃さない歳下執着ヒーローの、転生やり直し恋愛物語。途中シリアス展開ですが、もちろんハッピーエンドです。 ※作品タイトルを変更しました

処理中です...