【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~

春風由実

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 美しく咲き乱れる季節の花々。取り囲む樹々は新緑。
 柔らかい初夏の薫風に乗って花香が流れます。

 頭上には青空が広がっておりました。
 肌に届く陽射しはほどほどに優しく、じりじりと焼けるほどになるにはまだもう少し。
 奥に見えます白亜の壁が陽光を反射してきらきらと輝いておりました。

 兄に手を引かれこの庭園に到着してしばらくは、そのようにお庭の様子を観察出来ていたのです。
 案内してくれた騎士の方が常に花が満開であるよう整えられているのだと教えてくれて、季節毎にこれだけの花を植え替えるのは大変でしょうと、そんなことを考えながら我が家の庭園にはない花を数えていられる余裕もあったのです。
 これからお会いする相手は兄とは同い年で、すでに兄とはよく知った仲、今回は王都を去る前に兄と共に文通相手にどうかとのことでしたので、知らない大人に会うほどの緊張感もありませんでした。


 なのに。なのにです。


「うぇっ。うっく。ひっく。ふえぇ」


 お城の庭園に相応しくないこんな声を、まさか十二歳にもなった自分が響かせることになるなんて。


 泣き出したところから兄が優しい言葉を掛け続けてくれました。
 父もやって来て私を泣き止ませようと声を掛けてくれています。

 けれども止まらないのです。
 止まらなくて、それが恥ずかしいやら、申し訳ないやら、情けないやらで、また泣けてきて。
 父と母の娘として、兄の妹として、しっかり見えるように。
 そう決意して今朝は出掛けたはずでした。
 それがこんなことになってしまって。
 いつも以上に熱心に身なりを整えてくれた侍女たちにまで申し訳なくなってきます。


「母上──」


 このときの私は、少年がそっと顔を上げ隣の女性に声を掛けたことを知りません。
 少年の母親である女性が微笑みを返したことも。それが咲き誇る花々を越える美しい笑顔だったことも。


「いいわ」


 私の未来が決定した瞬間に、私は号泣していたのでした。



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