【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~

春風由実

文字の大きさ
上 下
3 / 21

2.泣き虫令嬢は回顧する

しおりを挟む
 私たち兄妹は生まれてからずっと王都の屋敷で過ごしてきました。

 学んだところによりますと、貴族には二種類あるそうです。
 領地に住まい自身で領地を治める貴族と、王都に住んで領地経営を代理の者に任せている貴族です。

 我が公爵家の当主である父は、後者を選んでいました。
 というのも、父は王城での仕事を抱えていたからです。

 それに領地は一つではありません。
 そのどの領地の間も馬車でひと月は掛かる距離でした。
 これらの領地を一人の当主がすべて自分の目で見て管理することは難しいでしょう。

 そこで代理の者にそれぞれの領地の運営をお任せしているわけですが、この代理の者の選出には一定の規則を設けておりません。
 分家など公爵家所縁の方であったり、能力の高さで父が選んだ方であったり、試験で後任を選んだり、それぞれに任命の仕方、選出の仕方が異なっていたのです。
 中にはいつかの当主が決めた方のご子孫となられる方が連綿と領主代行を務めている領地もあります。

 そしてどの領地の運営に関しても、基本的に当主である父が口を挟むことはほとんどありません。
 つまり代行者に丸投げとも言えるのですが、父が言うには領民の声が届くようにしているから問題ないのだとか。
 父の出番は代行者が民から不信任を突き付けられたそのときだと言うのです。
 今のところ、皆さん善良に領主代行として領地を運営されているとのことで、大変有難いですね。

 とはいえ、領地について上がってくる様々な報告書にはすべて目を通しているようですから王城での仕事も合わせれば父の仕事量は相当なもので、兄は早くから父の仕事を手伝っておりました。
 実は私も以前から何か出来ることがあれば手伝わせて欲しいとお願いしてきたのですが、ようやく今年から母と一緒に少しの書類の確認をするようになったばかりで、父や兄の大変さを思い知らされる日々を送っています。


 さて、そういうわけで領地のことをほんの少し知っているだけの王都生まれ王都育ちの私たち兄妹ですが、少し前から領地を巡ってはどうかという話が出ていました。

 兄は十四歳。私は十二歳です。

 この国の成人は十八歳。
 成人すると兄は父の下で正式に働き始めることになります。
 今は成人前の子どもですから、あくまで手伝いという立場でした。

 成人してしまえば、兄はもう自由が利かない身になるでしょう。
 父の王城の仕事の補佐も正式に担うようになれば、王都を動くことは叶わなくなります。

 ですから今のうちにと兄が希望したのです。
 自身の目で見て確かめて領地を知りたい、当主代行者たちに挨拶もしておきたいし、人となりも見ておきたいと言ったときには、お兄さまはなんて立派な方なのでしょうと尊敬したものです。

 そこで私も兄に随行したいと願いました。

 私の場合はいつまでお手伝いが出来るか分からない身ですが、いずれにせよ身に着けた知識は未来の私を助けるような気がしたからです。
 それになんというか、あの不思議な感覚が『この世界を観たい』という欲を与えてくるのでした。


 結果、兄が両親を説得してくれまして、兄と共に領地を巡ることが決まったのです。
 それがつい数日前の話でした。
 
 すると何故か、王家から私宛にお手紙が届いたのです。

 なんでも王子殿下がお手紙を書く腕を磨きたくお友だちをお求めだとか。
 それで遠くの領地を巡る私が適任者として選ばれたとのこと。

 それなら元々仲のよろしい兄で良いのでは?と思いましたけれど、女性とも手紙のやりとりをしたいという旨がお手紙に書かれておりました。
 それこそ私よりももっと相応しい練習相手となる淑女の皆様がいらっしゃるように感じましたが、同年代の女性でかつ身分差が最もない女性がいいとのことで、それは確かに私くらいしかいないと分かります。

 我が家の起こりはかつての王弟であり、その時期は建国時にまで遡りまして、これほど長く王家に仕えてきた公爵家は他にありません。
 他にも公爵家はありますが、あえて比較すれば最上位にあると言っても良いでしょう。
 と言いましたが、私は他の貴族と直接お会いしたことがありません。すべては家庭教師の皆様から爵位について学んだときに聞いて知っただけの知識で、身分についての実感を伴った経験はまだないのです。


 それで私は、兄と一緒にお城に招待されることになりました。
 非公式なものだから気楽に来て欲しい、お友だちになりましょう。お手紙にその文面がなかったら、緊張と不安に泣いてお城に向かうことが出来なかったように思います。
 兄と一緒にどうぞ、と誘っていただいたことも大きいです。

 そしてなんとか泣くことなく、私は当日を迎えたのでした。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……

ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。 ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。 そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】夢見る転生令嬢は前世の彼に恋をする

かほなみり
恋愛
田舎の領地で暮らす子爵令嬢ユフィール。ユフィールには十八歳の頃から、アレクという歳下の婚約者がいた。七年前に一度顔を合わせたきりのアレクとは、手紙のやりとりで穏やかに交流を深めてきた。そんな彼から、騎士学校を卒業し成人を祝う祝賀会が催されるから参加してほしいとの招待を受け、久し振りに王都へとやってきたユフィール。アレクに会えることを楽しみにしていたユフィールは、ふらりと立ち寄った本屋で偶然手にした恋愛小説を見て、溢れるように自分の前世を思い出す。 高校教師を夢見た自分、恋愛小説が心の拠り所だった日々。その中で出会った、あの背の高いいつも笑顔の彼……。それ以来、毎晩のように夢で見る彼の姿に惹かれ始めるユフィール。前世の彼に会えるわけがないとわかっていても、その思いは強くなっていく。こんな気持を抱えてアレクと婚約を続けてもいいのか悩むユフィール。それでなくとも、自分はアレクよりも七つも歳上なのだから。 そんなユフィールの気持ちを知りつつも、アレクは深い愛情でユフィールを包み込む。「僕がなぜあなたを逃さないのか、知りたくないですか?」 歳上の自分に引け目を感じ自信のないヒロインと、やっと手に入れたヒロインを絶対に逃さない歳下執着ヒーローの、転生やり直し恋愛物語。途中シリアス展開ですが、もちろんハッピーエンドです。 ※作品タイトルを変更しました

処理中です...