【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~

春風由実

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1.泣き虫令嬢は内省する

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 幼い頃から、と感じることがたびたびありました。

 初めて見た景色、初めて来た場所、初めて会った人を前に、と思うときがあったのです。
 懐かしい記憶のようなものではなく、知識としてそれを得ているという不思議な感覚。

 しかもそれは、常にそうだということもなく。
 初めて見たものがいつも知っているわけではないし、初対面の誰が相手でも起こることではありませんでした。



 もっとも不思議だったのは、兄です。

 二歳年上の兄は、物心ついたときには私を甘やかしてくれる優しい存在でした。
 それなのに、兄と話しているとその知識が頭を過ることがあったのです。


 ──いつか私を忌み嫌うのでしょうね。

 ──いつか私を切り捨てるのよね?



 所以も分からないその知識から不安になった私は、何度兄を困らせてきたか分かりません。


「ずっと私のお兄さまでいてくださる?」

「突然変わったりしないでね?」

「嫌なところがあったら直すから、嫌いになる前にどうか教えて」


 兄はいつまでも優しい人でした。
 何度私が同じことを繰り返し尋ねても、しつこいと怒るようなことはありません。
 何もしていない人を疑うなんてとても失礼に思いますが、それも叱りませんでした。

 兄はいつも困ったように眉を下げて、けれども優しく笑って、何度でも私を諭してくれたのです。


「僕はずっとシェリーだけの兄さまだよ」

「僕に変わるところがあるとすれば、それはシェリーをもっと大好きになることだね。これからもっと大好きになるよ。愛しいシェリー。僕の大切な天使」

「シェリーの嫌なところなんて思い付かないな。それよりシェリーこそ、僕に嫌なところがあったらすぐに言うんだよ?愛しいシェリーに嫌われて生きていけないのは僕の方だからね」


 おかげさまで兄への漠然とした不安な気持ちは、幼いうちに解消することが出来ました。
 今も兄といると頭の片隅に知識が過りますが、安心感の方が勝っていて不安になることはありません。
 
 少しの不安のうちに兄に抱き着けば問題なく過ごせることも分かっています。


 そんな優しい兄がいる私ですが、両親も同じく私に甘くとても優しい二人です。
 そのうえ幾人も付いてきた家庭教師も何故か甘く出来たところを褒めるばかりで、時に諫めてくれるはずのいつもお世話をしてくれる使用人たちもまた私を諫めることはなくとても優しく接してくれました。

 彼らが兄には厳しくすることがあるのは、兄が公爵家の後継だからなのでしょうか?
 兄との違いもあって、こんなに甘やかされていて大丈夫なのかしら?とそれはもう私自身が不安になるほどに、私は甘えた環境で育ってきたと自覚しています。

 けれども自覚しているなら、どうにかしなければならなかったのでしょうね。
 その優しい環境に甘んじてきた私には、ひとつの大きな課題が残されてしまいました。


 それが、泣き虫を直せなかったことです。




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