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国王陛下が公爵夫妻に与えた罰
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「いつもながら、陛下は文章を分かりにくく書く天才だな」
書状を読んでいたレオンから漏れた言葉だ。
一応は王子であるルカの前でのレオンの不敬極まりない発言に、隣でオリヴィアが目を丸くしている。
少し前にルカの不敬な発言を咎めた男は誰だったか。
「しかもなんだ、この内容は。これでは謝罪というより、俺たちへの嫌がらせであろう」
「レオンの考えはお見通しだったということだよ」
ここで清々しい笑顔を見せたルカに、レオンは自然出来ていた眉間の皺を深めた。
「お前、何か言っただろう?」
「必要な進言はしているね。それが僕らの仕事だからさ」
「また余計なことを……」
「君こそ、余計なことをし過ぎたんだよ。特定の収容所にやたらと気を配っていたねぇ。部屋の改装にまで手を出しちゃってさぁ」
「え?」
驚きを示したのは、オリヴィアだ。
その妻の隣では、レオンが急ぎルカを止めようと焦っている。
「妻にまで余計なことを言うな。それにあれはちょうど修繕の時期が来ていただけで」
「修繕の時期だったとしても、少々手を入れ過ぎたのではないかなぁ?僕らにも目立って仕方がなかったよ。だけど奥さんにも話していないとはね。僕はそういうところだと思うよ、レオン。一人で突っ走るのではなく、もっとよく話し合ってからにしないと。ねぇ、奥さん?」
「え?私ですか?」
「妻を気軽に呼ぶなと言ったはずだ」
「名前で呼ぶと怒るくせに」
「そもそも話し掛けぬでいい」
「まぁまぁ、レオン。まずは奥さんに手紙の内容を説明してあげなよ」
お前もどうせ内容を知っているくせに。
と思いながらも、妻に説明する役割を誰にも譲る気のないレオンは、もうルカには目もくれず、隣に座る妻へと声色をまるで変えて優しく語りかけた。
「つまり陛下はな、伯爵家後継として此度の件に責任を感じ、償う気持ちにあるならば、公爵夫人として勤めることを贖罪とせよと書いてきたのだ」
「そういうことなのですね」
王しか使わない言葉や、王独特の言い回しに溢れた書状は、王から直接受け取る可能性のある者たちにしか理解出来ぬことになっている。
もちろん外交時の書簡は別だ。そちらは最も端的で分かりやすい書面が選ばれることになっていた。
こんな事情も知っているのに、レオンもルカも平気な顔をして王の書状を悪く言っているのだから。
オリヴィアが驚いていたのも当然だ。
そんな親を悪く言うことに躊躇いのないルカは、オリヴィアに向かってにっこりと意味あり気に微笑むのである。
「僕からも王子としてお願いするよ。責任を感じて辞めるのではなく、責任を取るためにも、これからもレオンを支え、特殊な立場である公爵夫人の役を続けて欲しい」
レオンはきつくルカを睨んだが、珍しくルカは一切怯まなかった。
「奥さんがこれを拒絶してしまうと、僕らはどうなのだ、という話になろう。僕もレオンも今回の責任を取って、立場を捨てることは簡単だ。けれど、それでどうなると思う?おそらくは、何の役にも立たないだろうね。これはこの国の責任の取り方として間違っていると僕は強く想うのだけれど、奥さんもそう感じてはくれないかな?」
死罪に匹敵する罪人でさえ、ただで死ぬなという信仰を掲げる国だ。
上に立つ者が辞職するだけで終わっていいはずがない。
「どこかの誰かは、兄にでも公爵位を押し付けて、奥さんと二人揃って平民となり、領内で罪を償う道を模索していたようだけれど。それだってこの国の役に立つことかもしれないが、はたして公爵位を捨ててまで行うことなのだろうかと考えれば、甚だ疑問となろう。それもどこかのお馬鹿さんは、奥さんと一緒に楽しく暮らそうと、私情で公的な権力を用い、住む場所を整えるなんてことを始めていてさ。一体何が罰なのだか」
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!」
「あれ?僕は誰のこととも言っていなかったけれど」
「公爵だと言っていたではないか。それより俺の考えを勝手に決めつけるな。しかもそれを妻に話すのはやめろ」
「勝手な決めつけねぇ。まぁ、そういうことにしておこうか。でもねぇ、レオン。あの兄が王命を受けたって公爵位なんて受け入れるわけがないし。僕らだってもう全員の先行きが決まっているんだ。今さら公爵の仕事なんて押し付けられても困るのだよ」
「お前ならば、両立出来るのではないか?今回の責任を取り、二つの責務を抱え、より世に役立つといい」
「君は本当に酷いことを言うね。自分だけ逃げようったってそうはいかないよ。それに僕は公爵だけは駄目だと父上から言われてしまっているからね。君が望むような王命は下らない」
レオンが少々顔色を悪くした。
公爵となったルカを無駄に想像してしまったのだ。
「……王太子殿下がまともであることが救いだな」
「あはは。僕もそう思うね。おかげで僕らは自由に出来て、長兄にはいつまでも頭が上がらない」
王からの書状にも、謝罪の言葉が綴られていた。
遠回しな表現とはいえ、それは異例のことだ。
晩餐会にも来ない。その時点で伯爵家へ調査を入れてもおかしくはなかったというのに、何もしてこなかったのは王としての判断ミスだと謝られてしまったら、オリヴィアとレオンに何が言えようか。
しかも書状には、至極遠回しで分かりにくくはあったが、レオンに向けての謝罪の言葉まで綴られていた。
若きレオン一人に、公爵領のすべてを委ね、フォロー出来なかったことをお詫びするというのだ。
してやられたとレオンは思う。
これで公爵位から逃げることは叶わなくなった。それこそ、次代に継がせるまでは無理だ。
それはオリヴィアも同じである。
これは確かに罰なのだろう。
謝罪しながら、長く続く罰を与えてくるとは。
さすがは国王。そしてさすがはルカの父親だと、レオンは感じ入るのだった。
ちなみにレオンは本気で公爵位を捨てる気などなかったが、オリヴィアが心落ち着くならば、しばしの間、罪人と同じく労働に勤しむのもいいと考えていただけである。
もちろんオリヴィアには軽微な作業しか行わせないし、公爵としての視察を目的に含めれば、数か月くらい二人で楽しく暮らせるのでは……。
甘い夢はあっけなく終わった。
王からの処分など待たず、こちらから先に自分たちを罰する旨を伝えておけば良かったと、ひっそりと後悔するレオンだ。
書状を読んでいたレオンから漏れた言葉だ。
一応は王子であるルカの前でのレオンの不敬極まりない発言に、隣でオリヴィアが目を丸くしている。
少し前にルカの不敬な発言を咎めた男は誰だったか。
「しかもなんだ、この内容は。これでは謝罪というより、俺たちへの嫌がらせであろう」
「レオンの考えはお見通しだったということだよ」
ここで清々しい笑顔を見せたルカに、レオンは自然出来ていた眉間の皺を深めた。
「お前、何か言っただろう?」
「必要な進言はしているね。それが僕らの仕事だからさ」
「また余計なことを……」
「君こそ、余計なことをし過ぎたんだよ。特定の収容所にやたらと気を配っていたねぇ。部屋の改装にまで手を出しちゃってさぁ」
「え?」
驚きを示したのは、オリヴィアだ。
その妻の隣では、レオンが急ぎルカを止めようと焦っている。
「妻にまで余計なことを言うな。それにあれはちょうど修繕の時期が来ていただけで」
「修繕の時期だったとしても、少々手を入れ過ぎたのではないかなぁ?僕らにも目立って仕方がなかったよ。だけど奥さんにも話していないとはね。僕はそういうところだと思うよ、レオン。一人で突っ走るのではなく、もっとよく話し合ってからにしないと。ねぇ、奥さん?」
「え?私ですか?」
「妻を気軽に呼ぶなと言ったはずだ」
「名前で呼ぶと怒るくせに」
「そもそも話し掛けぬでいい」
「まぁまぁ、レオン。まずは奥さんに手紙の内容を説明してあげなよ」
お前もどうせ内容を知っているくせに。
と思いながらも、妻に説明する役割を誰にも譲る気のないレオンは、もうルカには目もくれず、隣に座る妻へと声色をまるで変えて優しく語りかけた。
「つまり陛下はな、伯爵家後継として此度の件に責任を感じ、償う気持ちにあるならば、公爵夫人として勤めることを贖罪とせよと書いてきたのだ」
「そういうことなのですね」
王しか使わない言葉や、王独特の言い回しに溢れた書状は、王から直接受け取る可能性のある者たちにしか理解出来ぬことになっている。
もちろん外交時の書簡は別だ。そちらは最も端的で分かりやすい書面が選ばれることになっていた。
こんな事情も知っているのに、レオンもルカも平気な顔をして王の書状を悪く言っているのだから。
オリヴィアが驚いていたのも当然だ。
そんな親を悪く言うことに躊躇いのないルカは、オリヴィアに向かってにっこりと意味あり気に微笑むのである。
「僕からも王子としてお願いするよ。責任を感じて辞めるのではなく、責任を取るためにも、これからもレオンを支え、特殊な立場である公爵夫人の役を続けて欲しい」
レオンはきつくルカを睨んだが、珍しくルカは一切怯まなかった。
「奥さんがこれを拒絶してしまうと、僕らはどうなのだ、という話になろう。僕もレオンも今回の責任を取って、立場を捨てることは簡単だ。けれど、それでどうなると思う?おそらくは、何の役にも立たないだろうね。これはこの国の責任の取り方として間違っていると僕は強く想うのだけれど、奥さんもそう感じてはくれないかな?」
死罪に匹敵する罪人でさえ、ただで死ぬなという信仰を掲げる国だ。
上に立つ者が辞職するだけで終わっていいはずがない。
「どこかの誰かは、兄にでも公爵位を押し付けて、奥さんと二人揃って平民となり、領内で罪を償う道を模索していたようだけれど。それだってこの国の役に立つことかもしれないが、はたして公爵位を捨ててまで行うことなのだろうかと考えれば、甚だ疑問となろう。それもどこかのお馬鹿さんは、奥さんと一緒に楽しく暮らそうと、私情で公的な権力を用い、住む場所を整えるなんてことを始めていてさ。一体何が罰なのだか」
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!」
「あれ?僕は誰のこととも言っていなかったけれど」
「公爵だと言っていたではないか。それより俺の考えを勝手に決めつけるな。しかもそれを妻に話すのはやめろ」
「勝手な決めつけねぇ。まぁ、そういうことにしておこうか。でもねぇ、レオン。あの兄が王命を受けたって公爵位なんて受け入れるわけがないし。僕らだってもう全員の先行きが決まっているんだ。今さら公爵の仕事なんて押し付けられても困るのだよ」
「お前ならば、両立出来るのではないか?今回の責任を取り、二つの責務を抱え、より世に役立つといい」
「君は本当に酷いことを言うね。自分だけ逃げようったってそうはいかないよ。それに僕は公爵だけは駄目だと父上から言われてしまっているからね。君が望むような王命は下らない」
レオンが少々顔色を悪くした。
公爵となったルカを無駄に想像してしまったのだ。
「……王太子殿下がまともであることが救いだな」
「あはは。僕もそう思うね。おかげで僕らは自由に出来て、長兄にはいつまでも頭が上がらない」
王からの書状にも、謝罪の言葉が綴られていた。
遠回しな表現とはいえ、それは異例のことだ。
晩餐会にも来ない。その時点で伯爵家へ調査を入れてもおかしくはなかったというのに、何もしてこなかったのは王としての判断ミスだと謝られてしまったら、オリヴィアとレオンに何が言えようか。
しかも書状には、至極遠回しで分かりにくくはあったが、レオンに向けての謝罪の言葉まで綴られていた。
若きレオン一人に、公爵領のすべてを委ね、フォロー出来なかったことをお詫びするというのだ。
してやられたとレオンは思う。
これで公爵位から逃げることは叶わなくなった。それこそ、次代に継がせるまでは無理だ。
それはオリヴィアも同じである。
これは確かに罰なのだろう。
謝罪しながら、長く続く罰を与えてくるとは。
さすがは国王。そしてさすがはルカの父親だと、レオンは感じ入るのだった。
ちなみにレオンは本気で公爵位を捨てる気などなかったが、オリヴィアが心落ち着くならば、しばしの間、罪人と同じく労働に勤しむのもいいと考えていただけである。
もちろんオリヴィアには軽微な作業しか行わせないし、公爵としての視察を目的に含めれば、数か月くらい二人で楽しく暮らせるのでは……。
甘い夢はあっけなく終わった。
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