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怯え続けた男
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男はいつも不安を抱えていた。
それももう終わりだと喜んだはずである。
ところが以前より不安は強まり、男を常に襲うようになった。
不安と戦う男が、自分に言い聞かせる言葉は昔から変わらない。
自分は幸運に恵まれている。
今までは何もかもうまくいっていた。
だからこれからもうまくいく。
それは男の目に映る現実を、すべて歪め男に伝えるものだった。
そんな折だ。
男の名に宛てた晩餐会への招待状が届いたのは。
実はこの男、参加資格を長く持ちながら、一度も晩餐会に参加したことがない。
亡くした最初の妻からは同伴を許されず、病弱とした娘を出席させるわけにもいかなかったからだ。
そこで伯爵家に対して王家への忠誠を疑う声がどこからも出なかったのは、後継となる娘がまだ幼いことを考慮されていたからに違いない。
男にはそれも分からなかった。
招待状は男の不安を吹き飛ばして、浮かれた男は書かれた内容を吟味する前に、妻と娘にこれを打ち明ける。
娘の方は、晩餐会に参加出来ないと知ってむくれていたが、それでも公的な夜会への参加に喜び、「これでやっと、あの子たちを見返せるわ!」と言っては、張り切ってドレスの仕立て屋と宝石商を呼び始める。
これに妻も賛同し、二人は今までにない贅沢を開始した。
当時、まだ邸に残っていた家令がある。
その家令は伯爵が行うべき仕事のほとんどを肩代わりしているような男だった。
この家令が身の程を越えた散財に苦言を呈すると、男は怒鳴り散らして、ついに家令を殴った。
ここで辞意を伝えた家令を、男は引き留めないどころか、ますます怒鳴りつけて、退職金さえ渡さずに邸から追い出している。
そうして男は妻たちと一緒になって身の丈に合わない買い物をしたあとには、いそいそと王都に向かっていった。
いつも外に出歩いてばかりいた男だったから、古参の使用人らがまるごと邸から姿を消していたことにも気付かず。
王都では楽しく晩餐会の日を待つだけだと思っていた男に、ある日からまた強い不安が襲うことになった。
男はすぐに手紙を書く。
もちろんそれは、不安を解消するためにだ。
珍しく王都の邸に留まり返事を待つも、いつまで経っても音沙汰はない。
もしや届いていないのではないかと、二通、三通と送ってみても、返信はなかった。
妻と娘がうるさくなって、新しく家令にした男を怒鳴りつけてみれば、新しい家令は強い口調で反論してきたではないか。
男は黙った。他人の怒気に当てられることに酷く弱かったのだ。
それではと、王都の公爵邸に足を運んでみれば。
門番からの門前払い。
共についてきた妻が怒り狂って叫んでいたが、これ以上騒ぐならば拘束し牢に入れると聞かされて、妻の口を押さえその場から逃げ出すことになった。
男はとうとう広がり過ぎた不安に負けて、晩餐会への参加を辞めたいと言い始める。
さすれば妻と娘から返って来るのは、罵倒だった。
気弱な男に妻たちを説得する力はなく。
そこで妻から、王家からの招待を断ることが出来るのかと問われ、むしろそちらの方が怖ろしいと気付いた男は、晩餐会を欠席する選択肢をここで捨てた。
もしも男がこのとき、招待状をよく読み込んで、『公爵の結婚を祝し、特別に招待する』という記載について正しく理解出来ていたら。
男のことだから、妻と娘も捨てて、国外へと一人逃げ出していたことだろう。
それが実際に出来ていたかどうかは別として。
そこに頭が回らない男だからこそ、破滅の道を誘導されるがままに突き進むしかなかったのであろうが。
どれだけ不安を覚えようと、時は刻々と過ぎていく。
それは男には、遅いくらいだった。
そしてとうとう、晩餐会の日がやって来る。
それももう終わりだと喜んだはずである。
ところが以前より不安は強まり、男を常に襲うようになった。
不安と戦う男が、自分に言い聞かせる言葉は昔から変わらない。
自分は幸運に恵まれている。
今までは何もかもうまくいっていた。
だからこれからもうまくいく。
それは男の目に映る現実を、すべて歪め男に伝えるものだった。
そんな折だ。
男の名に宛てた晩餐会への招待状が届いたのは。
実はこの男、参加資格を長く持ちながら、一度も晩餐会に参加したことがない。
亡くした最初の妻からは同伴を許されず、病弱とした娘を出席させるわけにもいかなかったからだ。
そこで伯爵家に対して王家への忠誠を疑う声がどこからも出なかったのは、後継となる娘がまだ幼いことを考慮されていたからに違いない。
男にはそれも分からなかった。
招待状は男の不安を吹き飛ばして、浮かれた男は書かれた内容を吟味する前に、妻と娘にこれを打ち明ける。
娘の方は、晩餐会に参加出来ないと知ってむくれていたが、それでも公的な夜会への参加に喜び、「これでやっと、あの子たちを見返せるわ!」と言っては、張り切ってドレスの仕立て屋と宝石商を呼び始める。
これに妻も賛同し、二人は今までにない贅沢を開始した。
当時、まだ邸に残っていた家令がある。
その家令は伯爵が行うべき仕事のほとんどを肩代わりしているような男だった。
この家令が身の程を越えた散財に苦言を呈すると、男は怒鳴り散らして、ついに家令を殴った。
ここで辞意を伝えた家令を、男は引き留めないどころか、ますます怒鳴りつけて、退職金さえ渡さずに邸から追い出している。
そうして男は妻たちと一緒になって身の丈に合わない買い物をしたあとには、いそいそと王都に向かっていった。
いつも外に出歩いてばかりいた男だったから、古参の使用人らがまるごと邸から姿を消していたことにも気付かず。
王都では楽しく晩餐会の日を待つだけだと思っていた男に、ある日からまた強い不安が襲うことになった。
男はすぐに手紙を書く。
もちろんそれは、不安を解消するためにだ。
珍しく王都の邸に留まり返事を待つも、いつまで経っても音沙汰はない。
もしや届いていないのではないかと、二通、三通と送ってみても、返信はなかった。
妻と娘がうるさくなって、新しく家令にした男を怒鳴りつけてみれば、新しい家令は強い口調で反論してきたではないか。
男は黙った。他人の怒気に当てられることに酷く弱かったのだ。
それではと、王都の公爵邸に足を運んでみれば。
門番からの門前払い。
共についてきた妻が怒り狂って叫んでいたが、これ以上騒ぐならば拘束し牢に入れると聞かされて、妻の口を押さえその場から逃げ出すことになった。
男はとうとう広がり過ぎた不安に負けて、晩餐会への参加を辞めたいと言い始める。
さすれば妻と娘から返って来るのは、罵倒だった。
気弱な男に妻たちを説得する力はなく。
そこで妻から、王家からの招待を断ることが出来るのかと問われ、むしろそちらの方が怖ろしいと気付いた男は、晩餐会を欠席する選択肢をここで捨てた。
もしも男がこのとき、招待状をよく読み込んで、『公爵の結婚を祝し、特別に招待する』という記載について正しく理解出来ていたら。
男のことだから、妻と娘も捨てて、国外へと一人逃げ出していたことだろう。
それが実際に出来ていたかどうかは別として。
そこに頭が回らない男だからこそ、破滅の道を誘導されるがままに突き進むしかなかったのであろうが。
どれだけ不安を覚えようと、時は刻々と過ぎていく。
それは男には、遅いくらいだった。
そしてとうとう、晩餐会の日がやって来る。
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