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番外編

叔父さまはこんな方でした その3

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 男には兄の他に妹がおりました。

 妹はいつも兄たちと共に学びたがる、おませな子どもだったので、物心ついた頃には兄たちの鍛錬にも座学にも一緒に参加するようになっていました。

 そうです。そこであなたの予測通りの事態が起きたのです。
 一緒に学んでいた妹は、あっさりと次兄の知識を越えてしまいました。


 上の兄弟をよく見ているおかげで年下の兄弟の成長が早いことなど、どこの家でもよくあることでしょう。

 しかし男はこれを受け入れることが出来ませんでした。

 兄にも劣り、妹にまで勝てなかった少年がやさぐれたくなる気持ちも分からないではありませんが。
 こうして男は学問も投げ出します。


 男は領内で役に立つ人間になることを諦めました。
 とっとと領地を出て行こう、役立たずの自分が出て行っても誰も何も言わないだろう、と卑屈になってもいましたが、どこか遠くの地で自由に生きるんだなんて夢も見ていたのです。

 男には当主に成り代わりたいなんて野望は、この時点ではまだありませんでした。



 ではどこでどうして、身に過ぎる欲を持ってしまったかというと。

 そこに夫人の存在があります。
 夫人とは、辺境伯夫人ではなく、この男の妻のことです。



 男の妻は、自分が辺境伯夫人になると言われ育った人でした。
 古くに辺境伯家から分かれて起きた分家の生まれである彼女は、領内の次期当主に見合う年齢の令嬢たちのなかで辺境伯夫人に最も適した人だったのです。

 しかしまだ子どもだった彼女と辺境伯の相性があまりにいいものではなかったために、婚約は保留となっておりました。
 当主家としましては、別に無理に分家の娘を夫人に据えることはなく、身分を気にせず好きな相手を見付けてくれたらいいかと、その程度に考えていたのです。
 夫人の家柄を気にするのは、いつも分家や遠縁の者たちくらいで、その他の者たちは強さ重視のために身分差に寛大な考えを持っていました。
 それは彼らの両親、まだ当時は辺境伯夫妻であった二人も、同じことです。


 けれどもそんな話は、将来は辺境伯夫人となると言われ育てられた当人は知りません。
 その相手とはまったく親交を深めていなかったとしても、そうなる未来を当たり前に受け入れておりました。

 だから、そう。
 自分と結婚するはずの本家の長男が。

 闘うことにしか興味がないのでは?と囁かれていたあの男が。

 視察で出向いた砦で、まさか恋に落ちてくるなんて。


 それは彼女でなくても想像が付かなかったことですが
 この件で傷付き落ち込む彼女をなんとか元気づけようと、周囲は次期辺境伯の弟と婚約する取り計らってしまったのです。


 混ぜるな危険、というものだったのでしょうか。
 二人は初対面から相性が良く、お互いに傷付いた心を慰め合っているうちに、何故か二人の思想は暴走を始めました。

 自分たちの方が辺境伯夫妻に相応しい!
 自分たちが当主夫妻になるべきだ!

 どこからどうなってそこへ辿り着いてしまったのか。
 二人は男の兄夫妻を共通の敵と認識し強く憎むようになってしまったのです。


 これが彼らの娘たちの不運の始まりとも言えます。



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