79 / 96
79.言いたいことが何も言えないお父さまでした
しおりを挟む
お父さまはとてもお強いのですけれど、心は弱いところがございます。
私の本当の父が亡くなったことで気を病んでしまったとしても、納得です。
そしていつまでもうじうじと悩んで私に言えなかったこと、これも納得できました。
お父さまは、そういう人なのです。
「さすがに結婚して領地を出ることになったからには、本当のことを伝えて娘としての立場でお墓参りをと思っておりましたのに。あの人はあなたが領地を出る最後の最後まで結局何も言えなかったと言って、今も泣いているのよ。あなたのお部屋まで足を運んでいたのに……愚かよねぇ」
お父さまはそういう弱い人ではありますが、あのときに話すつもりで部屋に来ていたとは思いませんでした。
確かにやたら目が泳いでいたような気はしますが、出来ぬことをしようと思うなと言われましたので、お母さまのようになりたい私にそれは無理だということや、一般的な夫人としての心構えを伝えることが心苦しくて、そのような態度になっているのかと思っていましたもの。
それに私としては憧れの父から嫁ぐ娘への温かい言葉を頂けると期待しておりましたので、それもなくて少々残念に思い、やたら続いた独り言は聞き流してしまったのでした。
でもあのときに、お父さまは一言も私の実の両親について呟いていなかったはずです。
アルがどうとか、お母さまがどうとか、そんな話ばかりでした。
あれも本当に伝えたい言葉が出て来なくて、家族の話をしながら時間稼ぎをしていたということですね。
父としてはそこでしっかり私に話し、娘としての立場で最後のお墓参りを……お墓参り?
「屋敷にいる限りは月に一度、墓苑に足を運んでいたでしょう?二人の月命日が同じなのよ」
親族のお墓だと聞いていましたけれど、誰もそれが誰のお墓か教えてくださいませんでした。
それもお父さまが話すなと言っていたせいだったのですね。
私はもしや、口にするのも悍ましい何か良からぬものが封印でもされているのではないかと、ちょっとどきどきしながら、お父さまのぶつぶつと繰り返される言葉を聞いていたものです。
それもお父さまが「すまない、すまない、許してくれ、許してくれ」と呪詛のように繰り返していたせいなのですが。
あのお墓の前でのお父さまは不気味でした……。
それが私の──。
まだ実感が湧きません。
ただあの墓苑には、時期が合うとラベンダーの濃い香りが流れてきていたことは思い出せます。
もしかして嗅覚の記憶力もいいのかしら?
風に乗って、満開のラベンダー畑から届く香りは、強過ぎるはずなのにまったく不快ではなくて。
もう少し長くこの場に立っていたいなぁと、そんな名残惜しさと共に立ち去っていたことを思い出しました。
「あなたが嫁ぐ前に伯の説得を諦めた私の落ち度でもあります。これから戻って改めてお参りいたしますか?」
改めてお墓参りをしたい……気持ちはなくはないと思います。
けれども今はまだよく分かりません。
「ミシェル、いずれ私と共に辺境伯領に足を運ぼう。そのときまで待ってくれるか?」
思わずジンの顔を見ました。
そして私は、悩まずに頷いていたのです。
そのいずれという日は、ずっと先になることは分かっています。
「うふふ。わたくしたちも長生きしなければなりませんわね」
「その日までお待ちいただけますか?」
「もちろんです。楽しみに待っていますよ」
「二人に手紙などを書いてみてもいいでしょうか?」
「いくらでも書きなさい。二人も喜ぶはずよ」
ちなみに私に真実を知らせたということで、これからやっと石碑など実の父の功績を讃えるものが領地のあちこちに建てられる予定だとか。
それに祭典なども検討中とのこと。
実は私が生まれる前、というより私の実の母であるお父さまの妹が生きている間は、その方を英雄として讃える儀式などは行われていたそうなのです。
石碑などに関しては、妹がやめてと言ったため、なかったことになったそうですが。
やめてと言われていたのに、今さらそれをしてもいいのかしら?
しかもお父さまは、どちらかというと妹の像を沢山作りたいようですね。
説明をするお母さまのお顔色から察して、気になりましたけれど、この件はそのままにしておきます。
その後、私の実の母が儚くなられ、お父さまは急に箝口令を出し、私の両親については心のなかで弔うことだけが許されるように変わっていったと。
改めて考えますと、私のお父さまは私情でなんて命を出しているのかしら……。
それでも呆れはしますけれど、嫌いにはなれません。
石碑などが建てば、是非見に行きたいとは思います。
「それでお父さまはまだ泣いていらっしゃるのですか?」
「それはそうよ。本当のことを伝えられなかったこともそうですけれど、あなたがいなくなって悲しい寂しいとそれはわたくしをいらつかせ……うふふ」
お母さまは日々お父さまを叱っていることが分かりました。
この件もこれ以上の想像はしないでおきましょう。
お父さま、もう私は慰めることが出来ません。
お一人で頑張ってくださいまし。
私の本当の父が亡くなったことで気を病んでしまったとしても、納得です。
そしていつまでもうじうじと悩んで私に言えなかったこと、これも納得できました。
お父さまは、そういう人なのです。
「さすがに結婚して領地を出ることになったからには、本当のことを伝えて娘としての立場でお墓参りをと思っておりましたのに。あの人はあなたが領地を出る最後の最後まで結局何も言えなかったと言って、今も泣いているのよ。あなたのお部屋まで足を運んでいたのに……愚かよねぇ」
お父さまはそういう弱い人ではありますが、あのときに話すつもりで部屋に来ていたとは思いませんでした。
確かにやたら目が泳いでいたような気はしますが、出来ぬことをしようと思うなと言われましたので、お母さまのようになりたい私にそれは無理だということや、一般的な夫人としての心構えを伝えることが心苦しくて、そのような態度になっているのかと思っていましたもの。
それに私としては憧れの父から嫁ぐ娘への温かい言葉を頂けると期待しておりましたので、それもなくて少々残念に思い、やたら続いた独り言は聞き流してしまったのでした。
でもあのときに、お父さまは一言も私の実の両親について呟いていなかったはずです。
アルがどうとか、お母さまがどうとか、そんな話ばかりでした。
あれも本当に伝えたい言葉が出て来なくて、家族の話をしながら時間稼ぎをしていたということですね。
父としてはそこでしっかり私に話し、娘としての立場で最後のお墓参りを……お墓参り?
「屋敷にいる限りは月に一度、墓苑に足を運んでいたでしょう?二人の月命日が同じなのよ」
親族のお墓だと聞いていましたけれど、誰もそれが誰のお墓か教えてくださいませんでした。
それもお父さまが話すなと言っていたせいだったのですね。
私はもしや、口にするのも悍ましい何か良からぬものが封印でもされているのではないかと、ちょっとどきどきしながら、お父さまのぶつぶつと繰り返される言葉を聞いていたものです。
それもお父さまが「すまない、すまない、許してくれ、許してくれ」と呪詛のように繰り返していたせいなのですが。
あのお墓の前でのお父さまは不気味でした……。
それが私の──。
まだ実感が湧きません。
ただあの墓苑には、時期が合うとラベンダーの濃い香りが流れてきていたことは思い出せます。
もしかして嗅覚の記憶力もいいのかしら?
風に乗って、満開のラベンダー畑から届く香りは、強過ぎるはずなのにまったく不快ではなくて。
もう少し長くこの場に立っていたいなぁと、そんな名残惜しさと共に立ち去っていたことを思い出しました。
「あなたが嫁ぐ前に伯の説得を諦めた私の落ち度でもあります。これから戻って改めてお参りいたしますか?」
改めてお墓参りをしたい……気持ちはなくはないと思います。
けれども今はまだよく分かりません。
「ミシェル、いずれ私と共に辺境伯領に足を運ぼう。そのときまで待ってくれるか?」
思わずジンの顔を見ました。
そして私は、悩まずに頷いていたのです。
そのいずれという日は、ずっと先になることは分かっています。
「うふふ。わたくしたちも長生きしなければなりませんわね」
「その日までお待ちいただけますか?」
「もちろんです。楽しみに待っていますよ」
「二人に手紙などを書いてみてもいいでしょうか?」
「いくらでも書きなさい。二人も喜ぶはずよ」
ちなみに私に真実を知らせたということで、これからやっと石碑など実の父の功績を讃えるものが領地のあちこちに建てられる予定だとか。
それに祭典なども検討中とのこと。
実は私が生まれる前、というより私の実の母であるお父さまの妹が生きている間は、その方を英雄として讃える儀式などは行われていたそうなのです。
石碑などに関しては、妹がやめてと言ったため、なかったことになったそうですが。
やめてと言われていたのに、今さらそれをしてもいいのかしら?
しかもお父さまは、どちらかというと妹の像を沢山作りたいようですね。
説明をするお母さまのお顔色から察して、気になりましたけれど、この件はそのままにしておきます。
その後、私の実の母が儚くなられ、お父さまは急に箝口令を出し、私の両親については心のなかで弔うことだけが許されるように変わっていったと。
改めて考えますと、私のお父さまは私情でなんて命を出しているのかしら……。
それでも呆れはしますけれど、嫌いにはなれません。
石碑などが建てば、是非見に行きたいとは思います。
「それでお父さまはまだ泣いていらっしゃるのですか?」
「それはそうよ。本当のことを伝えられなかったこともそうですけれど、あなたがいなくなって悲しい寂しいとそれはわたくしをいらつかせ……うふふ」
お母さまは日々お父さまを叱っていることが分かりました。
この件もこれ以上の想像はしないでおきましょう。
お父さま、もう私は慰めることが出来ません。
お一人で頑張ってくださいまし。
10
お気に入りに追加
521
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」
何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?
後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!
負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。
やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*)
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/22……完結
2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位
2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位
2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる