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79.言いたいことが何も言えないお父さまでした
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お父さまはとてもお強いのですけれど、心は弱いところがございます。
私の本当の父が亡くなったことで気を病んでしまったとしても、納得です。
そしていつまでもうじうじと悩んで私に言えなかったこと、これも納得できました。
お父さまは、そういう人なのです。
「さすがに結婚して領地を出ることになったからには、本当のことを伝えて娘としての立場でお墓参りをと思っておりましたのに。あの人はあなたが領地を出る最後の最後まで結局何も言えなかったと言って、今も泣いているのよ。あなたのお部屋まで足を運んでいたのに……愚かよねぇ」
お父さまはそういう弱い人ではありますが、あのときに話すつもりで部屋に来ていたとは思いませんでした。
確かにやたら目が泳いでいたような気はしますが、出来ぬことをしようと思うなと言われましたので、お母さまのようになりたい私にそれは無理だということや、一般的な夫人としての心構えを伝えることが心苦しくて、そのような態度になっているのかと思っていましたもの。
それに私としては憧れの父から嫁ぐ娘への温かい言葉を頂けると期待しておりましたので、それもなくて少々残念に思い、やたら続いた独り言は聞き流してしまったのでした。
でもあのときに、お父さまは一言も私の実の両親について呟いていなかったはずです。
アルがどうとか、お母さまがどうとか、そんな話ばかりでした。
あれも本当に伝えたい言葉が出て来なくて、家族の話をしながら時間稼ぎをしていたということですね。
父としてはそこでしっかり私に話し、娘としての立場で最後のお墓参りを……お墓参り?
「屋敷にいる限りは月に一度、墓苑に足を運んでいたでしょう?二人の月命日が同じなのよ」
親族のお墓だと聞いていましたけれど、誰もそれが誰のお墓か教えてくださいませんでした。
それもお父さまが話すなと言っていたせいだったのですね。
私はもしや、口にするのも悍ましい何か良からぬものが封印でもされているのではないかと、ちょっとどきどきしながら、お父さまのぶつぶつと繰り返される言葉を聞いていたものです。
それもお父さまが「すまない、すまない、許してくれ、許してくれ」と呪詛のように繰り返していたせいなのですが。
あのお墓の前でのお父さまは不気味でした……。
それが私の──。
まだ実感が湧きません。
ただあの墓苑には、時期が合うとラベンダーの濃い香りが流れてきていたことは思い出せます。
もしかして嗅覚の記憶力もいいのかしら?
風に乗って、満開のラベンダー畑から届く香りは、強過ぎるはずなのにまったく不快ではなくて。
もう少し長くこの場に立っていたいなぁと、そんな名残惜しさと共に立ち去っていたことを思い出しました。
「あなたが嫁ぐ前に伯の説得を諦めた私の落ち度でもあります。これから戻って改めてお参りいたしますか?」
改めてお墓参りをしたい……気持ちはなくはないと思います。
けれども今はまだよく分かりません。
「ミシェル、いずれ私と共に辺境伯領に足を運ぼう。そのときまで待ってくれるか?」
思わずジンの顔を見ました。
そして私は、悩まずに頷いていたのです。
そのいずれという日は、ずっと先になることは分かっています。
「うふふ。わたくしたちも長生きしなければなりませんわね」
「その日までお待ちいただけますか?」
「もちろんです。楽しみに待っていますよ」
「二人に手紙などを書いてみてもいいでしょうか?」
「いくらでも書きなさい。二人も喜ぶはずよ」
ちなみに私に真実を知らせたということで、これからやっと石碑など実の父の功績を讃えるものが領地のあちこちに建てられる予定だとか。
それに祭典なども検討中とのこと。
実は私が生まれる前、というより私の実の母であるお父さまの妹が生きている間は、その方を英雄として讃える儀式などは行われていたそうなのです。
石碑などに関しては、妹がやめてと言ったため、なかったことになったそうですが。
やめてと言われていたのに、今さらそれをしてもいいのかしら?
しかもお父さまは、どちらかというと妹の像を沢山作りたいようですね。
説明をするお母さまのお顔色から察して、気になりましたけれど、この件はそのままにしておきます。
その後、私の実の母が儚くなられ、お父さまは急に箝口令を出し、私の両親については心のなかで弔うことだけが許されるように変わっていったと。
改めて考えますと、私のお父さまは私情でなんて命を出しているのかしら……。
それでも呆れはしますけれど、嫌いにはなれません。
石碑などが建てば、是非見に行きたいとは思います。
「それでお父さまはまだ泣いていらっしゃるのですか?」
「それはそうよ。本当のことを伝えられなかったこともそうですけれど、あなたがいなくなって悲しい寂しいとそれはわたくしをいらつかせ……うふふ」
お母さまは日々お父さまを叱っていることが分かりました。
この件もこれ以上の想像はしないでおきましょう。
お父さま、もう私は慰めることが出来ません。
お一人で頑張ってくださいまし。
私の本当の父が亡くなったことで気を病んでしまったとしても、納得です。
そしていつまでもうじうじと悩んで私に言えなかったこと、これも納得できました。
お父さまは、そういう人なのです。
「さすがに結婚して領地を出ることになったからには、本当のことを伝えて娘としての立場でお墓参りをと思っておりましたのに。あの人はあなたが領地を出る最後の最後まで結局何も言えなかったと言って、今も泣いているのよ。あなたのお部屋まで足を運んでいたのに……愚かよねぇ」
お父さまはそういう弱い人ではありますが、あのときに話すつもりで部屋に来ていたとは思いませんでした。
確かにやたら目が泳いでいたような気はしますが、出来ぬことをしようと思うなと言われましたので、お母さまのようになりたい私にそれは無理だということや、一般的な夫人としての心構えを伝えることが心苦しくて、そのような態度になっているのかと思っていましたもの。
それに私としては憧れの父から嫁ぐ娘への温かい言葉を頂けると期待しておりましたので、それもなくて少々残念に思い、やたら続いた独り言は聞き流してしまったのでした。
でもあのときに、お父さまは一言も私の実の両親について呟いていなかったはずです。
アルがどうとか、お母さまがどうとか、そんな話ばかりでした。
あれも本当に伝えたい言葉が出て来なくて、家族の話をしながら時間稼ぎをしていたということですね。
父としてはそこでしっかり私に話し、娘としての立場で最後のお墓参りを……お墓参り?
「屋敷にいる限りは月に一度、墓苑に足を運んでいたでしょう?二人の月命日が同じなのよ」
親族のお墓だと聞いていましたけれど、誰もそれが誰のお墓か教えてくださいませんでした。
それもお父さまが話すなと言っていたせいだったのですね。
私はもしや、口にするのも悍ましい何か良からぬものが封印でもされているのではないかと、ちょっとどきどきしながら、お父さまのぶつぶつと繰り返される言葉を聞いていたものです。
それもお父さまが「すまない、すまない、許してくれ、許してくれ」と呪詛のように繰り返していたせいなのですが。
あのお墓の前でのお父さまは不気味でした……。
それが私の──。
まだ実感が湧きません。
ただあの墓苑には、時期が合うとラベンダーの濃い香りが流れてきていたことは思い出せます。
もしかして嗅覚の記憶力もいいのかしら?
風に乗って、満開のラベンダー畑から届く香りは、強過ぎるはずなのにまったく不快ではなくて。
もう少し長くこの場に立っていたいなぁと、そんな名残惜しさと共に立ち去っていたことを思い出しました。
「あなたが嫁ぐ前に伯の説得を諦めた私の落ち度でもあります。これから戻って改めてお参りいたしますか?」
改めてお墓参りをしたい……気持ちはなくはないと思います。
けれども今はまだよく分かりません。
「ミシェル、いずれ私と共に辺境伯領に足を運ぼう。そのときまで待ってくれるか?」
思わずジンの顔を見ました。
そして私は、悩まずに頷いていたのです。
そのいずれという日は、ずっと先になることは分かっています。
「うふふ。わたくしたちも長生きしなければなりませんわね」
「その日までお待ちいただけますか?」
「もちろんです。楽しみに待っていますよ」
「二人に手紙などを書いてみてもいいでしょうか?」
「いくらでも書きなさい。二人も喜ぶはずよ」
ちなみに私に真実を知らせたということで、これからやっと石碑など実の父の功績を讃えるものが領地のあちこちに建てられる予定だとか。
それに祭典なども検討中とのこと。
実は私が生まれる前、というより私の実の母であるお父さまの妹が生きている間は、その方を英雄として讃える儀式などは行われていたそうなのです。
石碑などに関しては、妹がやめてと言ったため、なかったことになったそうですが。
やめてと言われていたのに、今さらそれをしてもいいのかしら?
しかもお父さまは、どちらかというと妹の像を沢山作りたいようですね。
説明をするお母さまのお顔色から察して、気になりましたけれど、この件はそのままにしておきます。
その後、私の実の母が儚くなられ、お父さまは急に箝口令を出し、私の両親については心のなかで弔うことだけが許されるように変わっていったと。
改めて考えますと、私のお父さまは私情でなんて命を出しているのかしら……。
それでも呆れはしますけれど、嫌いにはなれません。
石碑などが建てば、是非見に行きたいとは思います。
「それでお父さまはまだ泣いていらっしゃるのですか?」
「それはそうよ。本当のことを伝えられなかったこともそうですけれど、あなたがいなくなって悲しい寂しいとそれはわたくしをいらつかせ……うふふ」
お母さまは日々お父さまを叱っていることが分かりました。
この件もこれ以上の想像はしないでおきましょう。
お父さま、もう私は慰めることが出来ません。
お一人で頑張ってくださいまし。
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