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82.今日から寂しくなります
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今日の朝早く、お母さま、ハル、そしてレーネ、ミーネが、侯爵領から旅立たれ。
私は不覚にもしばらく泣いてしまったのです。
「うぅ……どうしましょう」
最初は断固拒否したのですが、何故かまたソファーに座るジンの膝の上に座っています。
それもこれもジンが「これも侯爵夫人の仕事だ」と言ったからです。
お仕事であれば、喜んでお膝に乗りましょう。
シシィがあの鋭い眼光をジンに向けていたことは気になりましたが。
「いくらでも泣けばいい」
「はいっ。お母さまが……」
「寂しいな」
「それもありますけれど。こんなに素晴らしい贈りものを……」
「あぁ、そっちか──」
声色が落ちたように感じたのは気のせいかしら?
けれども私はそれどころではございません。
「私専用の……扇を頂けるなんてっ……うぅぅ」
お母さまは、扇がぴったり詰まった木箱を置いていってくださいました。
私専用として作った特注品だそうです。
そして正直に以前いただいた扇を失くしてしまったことを伝えてお詫びしたのですが、お母さまは私を叱るのではなく「アルは躾けておきましたよ」と不思議なことを言っていました。
アル、これからも強く頑張るのよ。
姉さまは遠くから祈っているわ。
「それにお母さまの扇まで頂けまして。うぅぅ……嬉しいです」
お母さまは予備を持って来ているからと、改めて扇をひとつ譲ってくださいました。
これはもう失くさぬように大事に仕舞って、家宝として代々受け継いでいかなければ……「ぐっ」その声はなんですの?
「なんでもない。健康体だ──」
ジンが後ろでそう言ったので、気にしないことにします。
「もう会えないのでしょうか」
「また来ると言っていたではないか」
そうでしたね。
アルに当主を譲って、お父さまは今度は夫婦でこちらに来たいと言っているそうですが。
まだまだお母さまとアルがそれを許しそうにはありませんし、隠居したっておそらくは領地に留まるのではないでしょうか?
我が家の親戚たちもあちこちの砦を守っておりますから、お父さままで長くお出掛けになるとなれば、ちょっと揉めそうな気がします。
砦に伺うと、たまには自分たちも長期で旅行をしてみたいと言っておりましたからね。私たちが領内を大移動することも羨ましかったそうです。
こういうことですから、お父さまが引退したら、各地の砦から引っ張りだことなるのではないかと。
それはもちろん、お父さまをその場に置いて、彼らがしばし旅立つためのことでしょう。
ですから二人に会えるときはずっと先になると予測出来るのです。
「うぅ……それにハルも」
「くっ──まぁ、そうだな。ハルもいなくなって寂しいか」
最初にどうして小さな音が漏れるのかしら?
「ハルもそうですが。ハルが連れていた護衛の方々とお会い出来なくなることが残念で……」
いつの間にか、ハルの護衛の方々も鍛錬に参加しておられまして。
何故か皆様、「どうかこの身を鍛えてください!」と私に挑まれるので、私も楽しくなってしまったのですが。
「大丈夫だ──これからはこちらの騎士たちが相手になる」
そうでした。
有難いことに、騎士団の見学の予定を早々に組んでくださっているそうです。
「それにアルも来ると言っていたではないか。だからハルとあいつに連なる奴らは忘れていい」
それでハルを忘れることはありませんが、そうなのです。
お父さまの代わりではないですが、当主になる前にアルがこちらに来るようなことをお母さまが言っていました。
自由が許される今の内にと考えているようですね。きっとそのときには婚約者を連れて来ることでしょう。
ふふ。それはとても楽しみですね。
少し元気が出て来ました。
ジンからほっと息が吐かれて、私はさらに心が明るくなってきます。
レーネとミーネもこれからというところでしたし、それも心残りなのですが。
あとはお母さまにお任せですね。
最後は二人とも号泣していて、私も二人を抱き締めて大泣きしてしまいました。
ミーネだけは「この涙はお姉さまたちとは違うから!」と分からないことを喚いておりましたが。
きっと照れていたのですね。
うぅ……別れのときを思い出したらまた涙が……。
横からハルが「あぁ、こっちに目覚めたよ……」と言っていたことも気になりますが。
あれも何だったのでしょうね?
ジンがごほんごほんごほんと三度も咳をしていました。
あらあら、大丈夫ですの?
私は不覚にもしばらく泣いてしまったのです。
「うぅ……どうしましょう」
最初は断固拒否したのですが、何故かまたソファーに座るジンの膝の上に座っています。
それもこれもジンが「これも侯爵夫人の仕事だ」と言ったからです。
お仕事であれば、喜んでお膝に乗りましょう。
シシィがあの鋭い眼光をジンに向けていたことは気になりましたが。
「いくらでも泣けばいい」
「はいっ。お母さまが……」
「寂しいな」
「それもありますけれど。こんなに素晴らしい贈りものを……」
「あぁ、そっちか──」
声色が落ちたように感じたのは気のせいかしら?
けれども私はそれどころではございません。
「私専用の……扇を頂けるなんてっ……うぅぅ」
お母さまは、扇がぴったり詰まった木箱を置いていってくださいました。
私専用として作った特注品だそうです。
そして正直に以前いただいた扇を失くしてしまったことを伝えてお詫びしたのですが、お母さまは私を叱るのではなく「アルは躾けておきましたよ」と不思議なことを言っていました。
アル、これからも強く頑張るのよ。
姉さまは遠くから祈っているわ。
「それにお母さまの扇まで頂けまして。うぅぅ……嬉しいです」
お母さまは予備を持って来ているからと、改めて扇をひとつ譲ってくださいました。
これはもう失くさぬように大事に仕舞って、家宝として代々受け継いでいかなければ……「ぐっ」その声はなんですの?
「なんでもない。健康体だ──」
ジンが後ろでそう言ったので、気にしないことにします。
「もう会えないのでしょうか」
「また来ると言っていたではないか」
そうでしたね。
アルに当主を譲って、お父さまは今度は夫婦でこちらに来たいと言っているそうですが。
まだまだお母さまとアルがそれを許しそうにはありませんし、隠居したっておそらくは領地に留まるのではないでしょうか?
我が家の親戚たちもあちこちの砦を守っておりますから、お父さままで長くお出掛けになるとなれば、ちょっと揉めそうな気がします。
砦に伺うと、たまには自分たちも長期で旅行をしてみたいと言っておりましたからね。私たちが領内を大移動することも羨ましかったそうです。
こういうことですから、お父さまが引退したら、各地の砦から引っ張りだことなるのではないかと。
それはもちろん、お父さまをその場に置いて、彼らがしばし旅立つためのことでしょう。
ですから二人に会えるときはずっと先になると予測出来るのです。
「うぅ……それにハルも」
「くっ──まぁ、そうだな。ハルもいなくなって寂しいか」
最初にどうして小さな音が漏れるのかしら?
「ハルもそうですが。ハルが連れていた護衛の方々とお会い出来なくなることが残念で……」
いつの間にか、ハルの護衛の方々も鍛錬に参加しておられまして。
何故か皆様、「どうかこの身を鍛えてください!」と私に挑まれるので、私も楽しくなってしまったのですが。
「大丈夫だ──これからはこちらの騎士たちが相手になる」
そうでした。
有難いことに、騎士団の見学の予定を早々に組んでくださっているそうです。
「それにアルも来ると言っていたではないか。だからハルとあいつに連なる奴らは忘れていい」
それでハルを忘れることはありませんが、そうなのです。
お父さまの代わりではないですが、当主になる前にアルがこちらに来るようなことをお母さまが言っていました。
自由が許される今の内にと考えているようですね。きっとそのときには婚約者を連れて来ることでしょう。
ふふ。それはとても楽しみですね。
少し元気が出て来ました。
ジンからほっと息が吐かれて、私はさらに心が明るくなってきます。
レーネとミーネもこれからというところでしたし、それも心残りなのですが。
あとはお母さまにお任せですね。
最後は二人とも号泣していて、私も二人を抱き締めて大泣きしてしまいました。
ミーネだけは「この涙はお姉さまたちとは違うから!」と分からないことを喚いておりましたが。
きっと照れていたのですね。
うぅ……別れのときを思い出したらまた涙が……。
横からハルが「あぁ、こっちに目覚めたよ……」と言っていたことも気になりますが。
あれも何だったのでしょうね?
ジンがごほんごほんごほんと三度も咳をしていました。
あらあら、大丈夫ですの?
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