【完結】あなたを愛するつもりはないと言いましたとも

春風由実

文字の大きさ
上 下
82 / 96

82.今日から寂しくなります

しおりを挟む
 今日の朝早く、お母さま、ハル、そしてレーネ、ミーネが、侯爵領から旅立たれ。
 私は不覚にもしばらく泣いてしまったのです。

「うぅ……どうしましょう」

 最初は断固拒否したのですが、何故かまたソファーに座るジンの膝の上に座っています。
 それもこれもジンが「これも侯爵夫人の仕事だ」と言ったからです。
 お仕事であれば、喜んでお膝に乗りましょう。
 シシィがあの鋭い眼光をジンに向けていたことは気になりましたが。

「いくらでも泣けばいい」

「はいっ。お母さまが……」

「寂しいな」

「それもありますけれど。こんなに素晴らしい贈りものを……」

「あぁ、そっちか──」

 声色が落ちたように感じたのは気のせいかしら?
 けれども私はそれどころではございません。

「私専用の……扇を頂けるなんてっ……うぅぅ」

 お母さまは、扇がぴったり詰まった木箱を置いていってくださいました。
 私専用として作った特注品だそうです。

 そして正直に以前いただいた扇を失くしてしまったことを伝えてお詫びしたのですが、お母さまは私を叱るのではなく「アルは躾けておきましたよ」と不思議なことを言っていました。

 アル、これからも強く頑張るのよ。
 姉さまは遠くから祈っているわ。

「それにお母さまの扇まで頂けまして。うぅぅ……嬉しいです」

 お母さまは予備を持って来ているからと、改めて扇をひとつ譲ってくださいました。
 これはもう失くさぬように大事に仕舞って、家宝として代々受け継いでいかなければ……「ぐっ」その声はなんですの?

「なんでもない。健康体だ──」

 ジンが後ろでそう言ったので、気にしないことにします。

「もう会えないのでしょうか」

「また来ると言っていたではないか」

 そうでしたね。
 アルに当主を譲って、お父さまは今度は夫婦でこちらに来たいと言っているそうですが。

 まだまだお母さまとアルがそれを許しそうにはありませんし、隠居したっておそらくは領地に留まるのではないでしょうか?
 我が家の親戚たちもあちこちの砦を守っておりますから、お父さままで長くお出掛けになるとなれば、ちょっと揉めそうな気がします。
 砦に伺うと、たまには自分たちも長期で旅行をしてみたいと言っておりましたからね。私たちが領内を大移動することも羨ましかったそうです。
 こういうことですから、お父さまが引退したら、各地の砦から引っ張りだことなるのではないかと。
 それはもちろん、お父さまをその場に置いて、彼らがしばし旅立つためのことでしょう。

 ですから二人に会えるときはずっと先になると予測出来るのです。

「うぅ……それにハルも」

「くっ──まぁ、そうだな。ハルもいなくなって寂しいか」

 最初にどうして小さな音が漏れるのかしら?

「ハルもそうですが。ハルが連れていた護衛の方々とお会い出来なくなることが残念で……」

 いつの間にか、ハルの護衛の方々も鍛錬に参加しておられまして。
 何故か皆様、「どうかこの身を鍛えてください!」と私に挑まれるので、私も楽しくなってしまったのですが。

「大丈夫だ──これからはこちらの騎士たちが相手になる」

 そうでした。
 有難いことに、騎士団の見学の予定を早々に組んでくださっているそうです。

「それにアルも来ると言っていたではないか。だからハルとあいつに連なる奴らは忘れていい」

 それでハルを忘れることはありませんが、そうなのです。
 お父さまの代わりではないですが、当主になる前にアルがこちらに来るようなことをお母さまが言っていました。
 自由が許される今の内にと考えているようですね。きっとそのときには婚約者を連れて来ることでしょう。

 ふふ。それはとても楽しみですね。
 少し元気が出て来ました。

 ジンからほっと息が吐かれて、私はさらに心が明るくなってきます。

 レーネとミーネもこれからというところでしたし、それも心残りなのですが。
 あとはお母さまにお任せですね。

 最後は二人とも号泣していて、私も二人を抱き締めて大泣きしてしまいました。
 ミーネだけは「この涙はお姉さまたちとは違うから!」と分からないことを喚いておりましたが。
 きっと照れていたのですね。

 うぅ……別れのときを思い出したらまた涙が……。

 横からハルが「あぁ、こっちに目覚めたよ……」と言っていたことも気になりますが。
 あれも何だったのでしょうね?

 ジンがごほんごほんごほんと三度も咳をしていました。
 あらあら、大丈夫ですの?

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】あなたは知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

処理中です...