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75.侯爵夫人としての仕事が見つかりました
しおりを挟む夕食は皆で一緒にという話になりました。
ひと仕事終えた私は、お湯に浸かりながら侍女たちの手で隅々まで磨かれまして、また羽のように軽いドレスを身にまとい、ジンのエスコートで食堂にやって来たところです。
夜は食堂の広い窓がカーテンで隠されてしまいますけれど、照明が煌々と料理を照らし、昼間とはまた違った雰囲気の中で食事を楽しむことが出来ます。
先に来ていたお母さま、私たち、そして最後にハルが入ってきまして、さっそく食事を楽しむことになりました。
どの料理も美味しいこと。
この邸のお料理はいつも美味しいのですけれど、身体を動かしたあとの食事は格別でした。
レーネもミーネも早くこの味を堪能出来るといいのだけれど。
顔を上げれば、お母さまの凛々しい姿が目に入ります。
美しい所作で食事を味わい、出されたワインをこれまた美しく飲み干しておりました。
そういえば領地の侍女の一人が普通はグラスをあのように空けな……お母さまの目が怖ろしかったので、ここで考えることを止めておきしょう。
では、別のことを……と考え始めたところで気になっていたことを思い出します。
今さらながら、お母さまがこちらにいることに疑問を感じていたのです。
砦からの連絡があってから、さすがに母の到着が早いような……?
「我が領では連絡に魔鳥を使っているんだ」
答えは隣のジンからです。
あれほど動いた後ですのに、ジンからは疲れを見て取れず、むしろお肌は艶々と健康的な輝きを取り戻したようでした。
ジンはよく鍛錬を続けてきたのでしょう。
「まどり?」
ってまさかあの魔鳥ですの?
「我が領の魔鳥は人に懐く性質を持っていて、飼いならすことが出来るんだ。今度鳥小屋を見に行こう」
「はい!その鳥が手紙を運ぶのですね?」
「あぁ、足に括れば運んでくれる」
まぁ、なんてこと。
それは是非故郷でも採用したい連絡手段です。
「いや、おそらくそちらにいる魔鳥とは種類が違うと思う。あちらのは全身が黒かったよな?こちらの魔鳥は白くて、くちばしは黄色いんだ」
やはりそうなのですね。
人食い魔鳥と呼ばれているあの大きくて獰猛な鳥が、懐く気はまったくしませんでしたから。
ジンの言う通り、全身が黒く、闇夜に溶けて襲ってくるような、恐ろしい鳥なのです。
それではお母さまは……それにしても移動が早いような?
はっ。まさかその魔鳥に運ばれていらして──。
「馬を借り駆けて参りましたのよ。あの子たちより早く到着したかったですからね」
さすがはお母さまです。
ちなみにその従姉妹たちですが、鍛錬を終えてから動かなくなりました。
客間に入っているのですが、食事は要らないと言っているそうです。
シシィが言うので監視はお任せしてきましたが、もちろん私も預かると言ったからには、何らかの動きがあればすぐに気が付けるように意識しています。
なお、ハルも食事はあまり取りたくないそうですが、この場には参加しております。
なんでも話したいことがあるそうなのです。
ハルは少ぉ~しばかり、鍛錬を怠けていたみたいですね。
先ほどした手合わせで、昔より力は強くなっているわりに、動きが鈍くなっていることが分かりました。
ふふふ。明日が楽しみですね。
ミーネだけでなく、レーネ、そしてジンもハルも、また一緒に鍛錬すると約束してくれましたから。
まずは明日の朝食からです。
しっかり食べるよう心を鬼にして強要しなければなりません。
今日は初日ということで認めましたが、食事を取らなければいい身体は出来ませんからね。
視線を感じて隣を向けば、ジンがこちらを見てにこにこと微笑んでおりました。
あら、ジンのお皿のお料理、私より量が少ないような──?
「ゆっくり味わおうと思ってな」
「まぁ、そうでしたか」
ジンはそう言うので、もっと食べるように言うのは控えておきましょう。
新婚から口うるさい妻は良くないと、前にレーネが言っていたことを覚えていますからね。
「ミシェル。あの子たちは一度王都に連れて行きますよ」
ナイフとフォークを置いたお母さまが私を見て言いました。
「もちろんです、お母さま」
「その後、どちらもわたくしたちの元で鍛えます。それでいいですね」
それは……寂しいですが、仕方のないことですね。
私はもう嫁いだ身。彼女たちはまだ辺境伯家の令嬢です。
あら?平民になっていたような……?
それでもお母さまの元にいれば、悪いようにはならないでしょう。
故郷の皆もレーネとミーネを支えてくれるはず。
だからこそ、私は──。
「はい。ですが、こちらにいる間は……」
言い掛けた私に、お母さまはいつものように優しく微笑んでくださいました。
「ここは侯爵領です。あなたは侯爵夫人。任せますわよ?」
なんということでしょう!
お母さまから侯爵夫人としてのお仕事を任されるだなんて!
「はい!この地では侯爵夫人である私にお任せください!」
ふふ。こんな形で侯爵夫人たるお仕事が出来るなんて。
少しは夫人として頑張れていますかね、旦那様?
ジンを見ましたところ……どうしてか手で顔を覆い震えておりました。
え?大丈夫ですの?また癖が?そんな癖もあったのですね?
稀に見る健康体だから問題ない?
これはもう本当に医者を変える検討を始めた方がよろしいのではないでしょうか?
あるいは侍女たちが言っていたあれですね。確か……セカンドオピニオンというものです。
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