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67.知ったばかりで心が追い付きません
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誰も返事をしていないのに、ミーネはそれからも一人で会話を続けておりました。
「これで裁判は問題ないわね。あとはわたくしを……そうよ、そうだわ!おばさまが、わたくしを養女にすればいいのよ!ミシェルお姉さまが許されて、わたくしたちが許されない理由はないもの。同じ姪ですものね!それにわたくしの方が格上なんだから。妹より兄の方が偉くて当然でしょう?その娘も同じことよ!」
お母さまを見ますと、扇の先がミーネに向いています。
あれはもう駄目なときです。
「戯言を。あなたには両親が揃っておりましょう」
「その両親がいなくなったんだもの!おばさまにはわたくしを娘にする義務があるわ!」
「この世から消えたわけではございません」
「逮捕されたら、いないようなものよ!」
「母を頼ればよろしい」
「離縁したってことは、わたくしを捨てたのでしょう?それに平民だなんて。頼ることなんか出来ないじゃない」
「平民だから頼れないことはございませんよ」
「馬鹿々々しい。平民に頼るなんて冗談じゃないわよ!ミシェルお姉さまは何もしなくても、あんたたちの娘になれたのでしょう?わたくしもそれでいいじゃない!」
ミーネの中に、もうレーネの存在はないようでした。
それが怖くて、私はジンが擦ってくれる手に手を重ねてしまいます。
「理由は十分にございました」
「おじさまが妹を可愛がっていたからなのでしょう?それならおじさまはお父さまのことも可愛がっているじゃない!」
ふっと息を吐いたあとでした。
お母さまは静かでありながら、よく通る声で語ります。
「かつて隣国と大きな衝突が起きたことがございました」
「急になによ?」
「黙って聞きなさい」
「ひっ」
ミーネがやっと大人しくなります。
お母さまは立っているだけで、人を威圧することが出来るのです。
「わたくしが嫁ぐ直前のことです。それがあって嫁ぐ時期が遅れたと言ってもいいでしょう」
お母さまのこの声を、私はよく覚えておかなければならない。
何故か強くそう思いましたので、集中して耳を澄ませました。
「当時、ミシェルの父は、その諍いが起こった地点の分隊長をしておりました。最前線で見事な戦果を挙げて、敵将を幾人も討ち取ってくれたおかげで、伯が到着後にはこちらに有利な条件でこの件は収束しています」
私の父親という人は、騎士だったのですね。
それは知れて嬉しいことです。
「しかしながら、伯が到着したときには、彼はすでに亡くなっておりました」
しんと静まるお部屋の中で、私は今までに感じたことのない知らない気持ちになっていました。
「部下を守ろうと大怪我を負ったそうです。それでもなお前線で闘って、敵将を蹴散らし、伯の到着の知らせを聞いた直後に儚くなられたのだと聞いております」
悲しいという気持ちはまだ湧きません。
ショックを受けているかといえば、それもありません。
すでに亡くなっている前提で話を聞いていたからでしょうか。
立派な最後を迎えられたのだと聞いて、震える気持ちはあるのです。
それが騎士への称賛か、父親への憧れか、そのいずれでもないのか、今の私には分かりませんでした。
「義妹は悲しみにくれた中での出産でしたが、見事に頑張りましてね。産後に流行り病で亡くなってしまったことには残念でしたが、最後まで母親としてはもちろんのこと、伯の妹としての務めも立派に果たしておりました」
「それが何だと言うのよ!お父さまだって──」
「お黙りなさい。ミシェルは我が領地を守り、つまりはこの国を守り殉職した英雄の娘なのですよ?わたくしたち夫婦の子として、大切に育てて然るべき生まれであったことが分かりませんこと?」
「そんなのミシェルが何かしたわけではないじゃない!わたくしだっておじさまの弟の娘で、おじさまの可愛い姪だわ!」
お母さまは差し出した扇の先を手元に戻すと、ふぅっと短く息を吐きました。
「あなたたちの父親は、我が領に何の貢献を致しましたの?」
「これで裁判は問題ないわね。あとはわたくしを……そうよ、そうだわ!おばさまが、わたくしを養女にすればいいのよ!ミシェルお姉さまが許されて、わたくしたちが許されない理由はないもの。同じ姪ですものね!それにわたくしの方が格上なんだから。妹より兄の方が偉くて当然でしょう?その娘も同じことよ!」
お母さまを見ますと、扇の先がミーネに向いています。
あれはもう駄目なときです。
「戯言を。あなたには両親が揃っておりましょう」
「その両親がいなくなったんだもの!おばさまにはわたくしを娘にする義務があるわ!」
「この世から消えたわけではございません」
「逮捕されたら、いないようなものよ!」
「母を頼ればよろしい」
「離縁したってことは、わたくしを捨てたのでしょう?それに平民だなんて。頼ることなんか出来ないじゃない」
「平民だから頼れないことはございませんよ」
「馬鹿々々しい。平民に頼るなんて冗談じゃないわよ!ミシェルお姉さまは何もしなくても、あんたたちの娘になれたのでしょう?わたくしもそれでいいじゃない!」
ミーネの中に、もうレーネの存在はないようでした。
それが怖くて、私はジンが擦ってくれる手に手を重ねてしまいます。
「理由は十分にございました」
「おじさまが妹を可愛がっていたからなのでしょう?それならおじさまはお父さまのことも可愛がっているじゃない!」
ふっと息を吐いたあとでした。
お母さまは静かでありながら、よく通る声で語ります。
「かつて隣国と大きな衝突が起きたことがございました」
「急になによ?」
「黙って聞きなさい」
「ひっ」
ミーネがやっと大人しくなります。
お母さまは立っているだけで、人を威圧することが出来るのです。
「わたくしが嫁ぐ直前のことです。それがあって嫁ぐ時期が遅れたと言ってもいいでしょう」
お母さまのこの声を、私はよく覚えておかなければならない。
何故か強くそう思いましたので、集中して耳を澄ませました。
「当時、ミシェルの父は、その諍いが起こった地点の分隊長をしておりました。最前線で見事な戦果を挙げて、敵将を幾人も討ち取ってくれたおかげで、伯が到着後にはこちらに有利な条件でこの件は収束しています」
私の父親という人は、騎士だったのですね。
それは知れて嬉しいことです。
「しかしながら、伯が到着したときには、彼はすでに亡くなっておりました」
しんと静まるお部屋の中で、私は今までに感じたことのない知らない気持ちになっていました。
「部下を守ろうと大怪我を負ったそうです。それでもなお前線で闘って、敵将を蹴散らし、伯の到着の知らせを聞いた直後に儚くなられたのだと聞いております」
悲しいという気持ちはまだ湧きません。
ショックを受けているかといえば、それもありません。
すでに亡くなっている前提で話を聞いていたからでしょうか。
立派な最後を迎えられたのだと聞いて、震える気持ちはあるのです。
それが騎士への称賛か、父親への憧れか、そのいずれでもないのか、今の私には分かりませんでした。
「義妹は悲しみにくれた中での出産でしたが、見事に頑張りましてね。産後に流行り病で亡くなってしまったことには残念でしたが、最後まで母親としてはもちろんのこと、伯の妹としての務めも立派に果たしておりました」
「それが何だと言うのよ!お父さまだって──」
「お黙りなさい。ミシェルは我が領地を守り、つまりはこの国を守り殉職した英雄の娘なのですよ?わたくしたち夫婦の子として、大切に育てて然るべき生まれであったことが分かりませんこと?」
「そんなのミシェルが何かしたわけではないじゃない!わたくしだっておじさまの弟の娘で、おじさまの可愛い姪だわ!」
お母さまは差し出した扇の先を手元に戻すと、ふぅっと短く息を吐きました。
「あなたたちの父親は、我が領に何の貢献を致しましたの?」
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