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44.この目力は落ち着きません

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 侯爵領に入ってからこちらのお屋敷までの道中も。
 そしてお屋敷に着いてから客間で過ごした日々も。

 ユージーン様とお会いすることは叶いませんでした。
 忙しかったと言われたら、それまでですけれど。

 確かに私も遠慮して自分から会いたいとは言いませんでした。
 侯爵様には想い人がいると恥ずかしくも噂話だけで信じていたこともございます。
 だから私のせいもあるのかもしれません。

 けれども、そちらは私だと分かっていたのですから。
 たとえ私がジンのことを覚えているか不安だったとしても。

 再会からあれだけ私を避け続けていた理由は、ひとつしか思い当たらないのです。
 再会してみたら、顔を見るのも嫌というほどにがっかりして、王命を頼んだことを後悔している。
 そういうことですよね?

 私はよくない成長を遂げていたでしょうか?

「すまない。本当にすまなかった。あれはただ自制のために」

「じせい?」

「それは──それは言葉の綾で──なんといえば────うっ──何故ここにいないシシィの圧を感じるんだ。あいつは一体──」

「へ?」

 シシィもまた遠隔で人に影響を与える術をお持ちですと?
 凄い。侍女という職が凄いのでしょうか。

 私も侍女になりたい。
 夫人失格ならば、シシィの元で修業をさせていただけないでしょうか。

 ごほん。

 ユージーン様がお会いしてからもう何度目か分からない咳をしました。

「今のはなんでもない。うん、つまり──つまりな、我慢出来る自信がなかっただけで、ミシェルを避けていたわけではなくて──結果として遠ざけているようになってしまったが、我慢のために離れていただけなんだ」

「我慢ですか?」

 一体何の我慢を……?

「だから──これだけ待ち焦がれた君を長く見ていたら、結婚式を待たず押し倒してしまいそうだと──」

 押し倒す?
 そういうことでしたか。

「手合わせをしたかったのね?」

 結婚式前に怪我は良くないと我慢してくださっていたのですね。

「は?手合わせ?いや、違う、そうでは──むしろこれでいいか?」

 さっぱりと分からない言葉を聞きながら、私は顔を拭われました。
 今度はユージーン様の指です。

 また零れていたでしょうか?

「いつでも鍛錬にはお付き合いしますよ?」

「あー、そうだな。もうしばししたら、こちらの騎士団を見学に行くか?」

「行きたいですっ!」

「分かっている。分かっているが、今はその話ではなくて──ミシェル」

 じっと見詰められて、困りました。
 なんだかそわそわと落ち着かない気持ちになってきたのです。

 視線からこう、じわーっと熱いものを注がれているような気がするのですが。
 この目力はどういうものかしら?

「ミシェル」

 二度も呼ばれたのは、返事をしなかったせい?

「はい」

 そんなに真剣な顔をしてまで、手合わせのお誘いですか?

「それは置いておいてだな」

 違ったようです。

「距離を取っていたのは、誤解だと分かってくれたか?」

 距離を取っていたのは事実では?

「うっ。そうなのだが、君が嫌で離れていたわけではないと分かってくれたな?」

 頷きはしましたけれど。
 ……手合わせはこの結婚が嫌だから、という可能性もありそうです。
 つまり倒してしまいたいと。

「本当に分かっているか?」

 そう尋ねながら、ユージーン様が私の頬を並べた指の腹でぐりぐりと撫でたのです。

 これも新たなお作法かしら?

 そういえば、頬を引っ張り合って遊んでいたことがありましたね。
 幼い頃は何でもおかしくて、みんなよく笑っていました。

 懐かしくなって微笑めば、手が止まります。
 そしてまたじわじわと独特な熱を感じる瞳で見詰められてしまうのでした。


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