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31.羽のように軽いドレスは最高です
しおりを挟むというわけで、さっそくお部屋で優雅にお茶を頂いてございます。
このお部屋もだんだんと懐かしさではなく、親しみやすさを感じてきました。
こうしてこの場所が私の住処に変わっていくのですね。感慨深いものがあります。
おやつはなんと、侯爵領の伝統的なお菓子とともに、ラベンダー入りのクッキーが出て来ました。
「こちらのクッキーは味見をした同僚たちにも大好評だったんですよ!」
マリーが嬉しそうに語ってくれます。
ラベンダーのお茶よりはお菓子にした方がこちらの皆さんは食しやすいみたいですね。
「クッキーにハーブを入れるアイデアはなかったので、厨房の皆も喜んで盛り上がってしまいましてね。他にも色々と試してみたので、是非奥様に食べていただきたいと料理長が申しておりました」
色とりどり、形もそれぞれのクッキーが、大きなお皿に美しく並べられています。
先程ご挨拶した厨房の皆さんのお顔が思い出されました。
奥様にお見せするなんて、と躊躇いながら、ユージーン様に言われて渋々という顔をして、調理前の蛸を見せてくれた素敵な皆さんが今度はこれを。
また後でお礼に伺いたいですね。
あら?これはまさに蛸の形ではありませんか。
足の多い不気味なあの外観も、クッキーになるととてもかわいいのですね。
「形で味が分かるようにしてくれたんです。こちらはローズマリーのクッキーで、こちらはタイム、そちらの蛸の形のものはミントです。それからこちらは──」
それは全種類食べたくなるでしょう?
こんなにあるのですもの。
気が付けば、お腹がパンパンに膨らんでおりました。
お菓子だけでこれほどお腹を膨らませたことは、今までにない経験です。
侯爵領の伝統菓子というドライフルーツがたっぷり入った焼き菓子もまた、大変美味しゅうございました。
お口直しでクッキーを頂けば、爽やかなハーブの香りで口内がスーッと軽くなり、また伝統菓子に手が伸びてしまう、というのを繰り返してしまったのです。
おかげでお腹はパンパンですが。
明日のおやつではまた違う侯爵領のお菓子を頂けるとのことで、今からわくわくしています。
お腹は苦しくても、それはそれ、これはこれなのです。
こんなときに本当に良かったなぁと思うのは、こちらでも普段着にコルセット着用の文化がなかったこと。
我が領では大きな式典でもなければ、コルセットを着用しません。
その式典というものは、王家の方がわざわざあの辺境の地に出向いて来るような特別な場合の話であって、私も経験がないほどに滅多にないことなのです。
それは過去のある日のこと。
「こんな苦しいものを着けてられるかっ!」
と突然叫んだ先々代?いえ、もっと前だったかしら?人によって誰という話が変わっていたような……。
とにかくいつかのご先祖様の女性の方が、それは見事に皆の前でコルセットを粉砕してみせまして。
それ以来我が領地ではコルセットをつけなくても良いことになったそうです。
そういえば従姉妹たちはこの話を鼻で笑って、普段からコルセットを着用しておりましたね。
王都ではそれが普通のことだと言っておりましたので、結婚が決まってからというものそれは恐怖しておりました。
こちらに嫁いで来るにあたって、一番心配していたのはそれだと言っても過言ではありません。
だってあんなに苦しいものを身に付けていたら、動きが悪くなってしまうではありませんか。
いざというときによく動けない状態でずっと過ごせだなんて……。
世の女性たちはなんて辛い状況を強いられているのかしら、と心から憂いていたものです。
その心配から今朝はあっさりと解放されて。
もう嬉しくて、嬉しくて。
そのうえ侍女たちは急に気安く話し掛けてくれるようになったではありませんか。
それがまた嬉しくて。
その後のドレス選びでも、また嬉しいことが続きました。
私のお部屋のクローゼットには、気楽なドレスが沢山並んでいたのです。
それを朝からどれでもどうぞ、と侍女が言うではありませんか。
不思議とサイズもぴったりで驚いた私は、着て跳ねてまた驚くことになりました。
この羽のような軽さ。
身体によく添いながらも、窮屈さを感じない生地の柔らかさ。
なんて動きやすいドレスなのかしら!
これは故郷の女性たちにも喜ばれること間違いなしです。
我が領地のブティックでも、動きやすさに特化したドレスを沢山作っておりました。
けれどもこれほど軽いものはなかったはず。
こんなにも着ていないように軽くては。
目のまえにどんな敵がいようとも、殴ることも、蹴り上げることも容易ですわよ!
後ろに回って羽交い絞めにすることも簡単です。
もう少し距離が近ければ、自ら故郷に売り込みに行きたいところでした。
これは売れますよ。
応援ありがとうございます!
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