上 下
19 / 96

19.理想とは違いますがおしゃべりは好きです

しおりを挟む
「お聞きしていた通りの素敵な奥様のお世話が出来て嬉しいです」

 言ったのは、お粉のパフパフを終えてまた違う道具を取り出したララという侍女です。
 今度はブラシで頬をさらっと撫でられます。これはくすぐったいですね。身を捩らないよう、身体の中心に力を入れておきました。

 実は私、お化粧があまり得意ではありません。

 一昨日まではここでは化粧が不要なのかと思って喜んでいましたが違いました。
 部屋でのんびり過ごすのには不要という判断と、結婚式までの短い時間になるべく肌を労わりたかっただけだそうです。

 肌って労わるものだったのですね。
 旅の間に顔の肌を疲れさせた記憶はありませんが、人のように休ませる必要があったとは。

 あら?

 何か矛盾を感じましたよ。

 それなら、ずっと化粧をしない方が肌を労われるのでは?
 やはり旅の間はあれで正解だったことになりますよね?

 あらら?

 旅の間はずっとお肌も休んでいたことになり、お手入れも何も要らないのでは?

「これからはすべて私たちに任せてくださいね」

 髪を編んでくれているメグの一言で、私の思考は止まりました。
 そうですね。お化粧もお肌も詳しくありませんので、侍女たちに任せましょう。
 メグもこの数日の間ずっと髪に何かを塗ってくれていますが、そちらもお任せです。

「そうですよ。私たちが何でもしますから、どうかお任せください。旦那様のこともどうにかしておきますからね」

 なんと心強い言葉でしょうか。

 んん、旦那様もどうにか?

 まさかっ!
 想い人は侍女の中に!

 え?もしかしてこの中に?

「それは確実に違うので、ご安心ください。私たちは皆、仕事として旦那様に接しています」

「ちなみにお仕事では旦那様を敬愛していますが、私的な活動においてはごめんなさいです」

「まぁ、それは奥様に言うことではないわよ」

「そうよ。また、旦那様におしゃべり禁止にされてしまうわ」

 おしゃべり禁止?
 皆さんはおしゃべりを禁じられたことがあるのですか?

 やはりこの屋敷では侍女たちのおしゃべりを良く思われていないということなのでしょうか。

「その辺で慎みなさい。奥様、申し訳ありません。一介の侍女が出来過ぎた真似をいたしました」

 少々厳しい顔で他の侍女たちを窘めたあとに、そう言ったのはシシィです。
 彼女はつい先ほどドレスの着替えを手伝ってくれていましたし、私のお世話もしてくれるようですが、侍女たちをまとめる役にもあります。

「いえ……気にしません」

 出来る夫人の顔でそう言ってみましたが、正直に言いますと、どの辺が出過ぎた真似だったのか分かりません。
 こういうときには聞いた方が良かったでしょうか。でも早々に幻滅されるのも辛いですし、躊躇います。

 シシィがふわりと微笑んだので、問題なかったようです。
 良かった。

「おしゃべりについては、奥様のご希望に沿うようにと指示を受けました。奥様は私たちのお喋りが本当にお嫌ではありませんか?」

 先ほどからシシィもまたよく話してくれていました。
 だから侯爵家には本当に侍女のおしゃべりを禁じる決まりはないのでしょう。

 でもどうして昨日まではあんなに話してくれなかったのでしょうか?

 先程聞いた『おしゃべり禁止』という言葉がどうにも引っ掛かりますが……あ、分かりましたよ。
 客人の前では口を慎んでいたということですね?

 そういえば、故郷の侍女たちも客人がいる間はおとなしかったです。
 あぁ、従姉妹たちが部屋に来たときもそうでした。
 身内ですし、いつも通りで構わないと伝えていたのですが、どうも母から指示があったようで、そうなれば私に言えることはありません。

 だからだったのでしょうか。
 従姉妹たちは私に会いに来ると、まずは侍女たちを部屋から追い出してと願うのです。
 大事な内緒話をするからよっていつも言っていましたので、聞いた話は出来るだけ心に秘めるよう努めてきたのですが。
 後で侍女たちの話術に嵌って、気が付いたら全部話してしまうこともありました。不甲斐ないです。

 あの子たちに最後までそれを謝れませんでしたし、二人の内緒話をもう聞けないかと思うと……胸に詰まる想いは湧きませんね。不思議です。
 共に過ごした時間の長さの違いでしょうか。


 はっ。また考えが飛んでいました。
 シシィの問いに答えなければ。

「むしろ沢山話していただける方が嬉しいです」

 父曰く私は戦略を練るより実戦タイプだそうで、どうしてもこう考えるより前に口から気持ちが溢れています。
 憧れの夫人らしく、ツンと澄ましてみれば良かったと後悔しても遅いのです。「その減らぬ口を開かぬよう(物理的に)結んでみてはどうだ」と母のように言ってみたかったですのに、その機を逃してしまいました。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛とは誠実であるべきもの~不誠実な夫は侍女と不倫しました~

hana
恋愛
城下町に広がる広大な領地を治める若き騎士、エドワードは、国王の命により辺境の守護を任されていた。彼には美しい妻ベルがいた。ベルは優美で高貴な心を持つ女性で、村人からも敬愛されていた。二人は、政略結婚にもかかわらず、互いを大切に想い穏やかな日々を送っていた。しかし、ロゼという新しい侍女を雇ったことをきっかけに、エドワードは次第にベルへの愛を疎かにし始める。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

男と女の初夜

緑谷めい
恋愛
 キクナー王国との戦にあっさり敗れたコヅクーエ王国。  終戦条約の約款により、コヅクーエ王国の王女クリスティーヌは、"高圧的で粗暴"という評判のキクナー王国の国王フェリクスに嫁ぐこととなった。  しかし、クリスティーヌもまた”傲慢で我が儘”と噂される王女であった――

後悔だけでしたらどうぞご自由に

風見ゆうみ
恋愛
女好きで有名な国王、アバホカ陛下を婚約者に持つ私、リーシャは陛下から隣国の若き公爵の婚約者の女性と関係をもってしまったと聞かされます。 それだけでなく陛下は私に向かって、その公爵の元に嫁にいけと言いはなったのです。 本来ならば、私がやらなくても良い仕事を寝る間も惜しんで頑張ってきたというのにこの仕打ち。 悔しくてしょうがありませんでしたが、陛下から婚約破棄してもらえるというメリットもあり、隣国の公爵に嫁ぐ事になった私でしたが、公爵家の使用人からは温かく迎えられ、公爵閣下も冷酷というのは噂だけ? 帰ってこいという陛下だけでも面倒ですのに、私や兄を捨てた家族までもが絡んできて…。 ※R15は保険です。 ※小説家になろうさんでも公開しています。 ※名前にちょっと遊び心をくわえています。気になる方はお控え下さい。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風、もしくはオリジナルです。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字、見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

姉の代わりに初夜を務めます。そしたらサヨナラです。

木野ダック
恋愛
※身代わり初夜系をツラツラ書いたので、初夜オムニバスとしてこちらにまとめることにしました。 ※魔法があったりなかったり。国や世界観もまちまちなので、少し読みにくいかもしれません。特に、救済の初夜はファンタジー要素が多めな気もするので、宜しければ……という程度であげてみました。《以外あらすじ》【献身の初夜】イリス・テレコットは双子の地味な方の妹だった。姉のメイアは華やかで人気がある。そんなメイアに縁談が舞い込んだ。お相手は、堅物美男子で有名な若き侯爵様。話はトントンと進んでいき、いよいよ結婚式。ひとつ問題があった。それは、メイアが非処女であるということ。上級貴族の婚姻においては御法度だった。そんな中で白羽の矢が立ったのが、地味な妹。彼女は、まともに男性と話したことすらなかったのだ。元々、何をしても出来の悪かったイリスの婚姻は殆ど諦められていた。そんな両親は、これ好機とイリスを送り出す。 初夜だけ務めて戻れと言い渡してーー 【救済の初夜】姉の代わりにエイベル王子に公妾の申し入れをされたリーシェは、王子の元から逃げ出すことを決める。リーシェは祖父の力を借りて旅に出て、運命の人に出会うことになる。二人は仲を深めていくのだが、そんな中で王子の魔の手は迫っていてーー

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

人の顔色ばかり気にしていた私はもういません

風見ゆうみ
恋愛
伯爵家の次女であるリネ・ティファスには眉目秀麗な婚約者がいる。 私の婚約者である侯爵令息のデイリ・シンス様は、未亡人になって実家に帰ってきた私の姉をいつだって優先する。 彼の姉でなく、私の姉なのにだ。 両親も姉を溺愛して、姉を優先させる。 そんなある日、デイリ様は彼の友人が主催する個人的なパーティーで私に婚約破棄を申し出てきた。 寄り添うデイリ様とお姉様。 幸せそうな二人を見た私は、涙をこらえて笑顔で婚約破棄を受け入れた。 その日から、学園では馬鹿にされ悪口を言われるようになる。 そんな私を助けてくれたのは、ティファス家やシンス家の商売上の得意先でもあるニーソン公爵家の嫡男、エディ様だった。 ※マイナス思考のヒロインが周りの優しさに触れて少しずつ強くなっていくお話です。 ※相変わらず設定ゆるゆるのご都合主義です。 ※誤字脱字、気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません!

処理中です...