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23.我が家のお作法は旧式だったのかもしれません

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 どうも、みなさま。
 辺境伯家の令嬢改め、侯爵夫人となりましたミシェルでございます。

 食堂でのお食事ははじめてのことですので、気を引き締めて、言葉遣いを正しているところです。

 心の内で考えているときにも常に良き言葉を選びなさい。
 それは母だけでなく、従姉妹たちも言っていました。

 令嬢としてのお手本となると、従姉妹たちか、はたまた弟の婚約者くらいしか、私の周りには存在せず。
 しかしながら、弟の婚約者はとても気安く話してくれる可愛らしい女の子だったのです。
 つまるところ私とは良き遊び相手の関係にあったのですが、私と同じく領地に留まっているせいか、あの優しいアルが窘めるほど言葉遣いを含めて自由奔放、からっからに明るい令嬢でございました。

 私はそんな彼女がとても大好きで、アルの婚約者が彼女で本当に良かったと思っていたのです。
 けれども他家に嫁ぐ私が彼女をお手本にしてはいけない気がして侍女に確認しましたところ、その通りだと言うではありませんか。

 というわけで。

 従姉妹たちを参考に、言葉を選ぶことにいたしますわ。

 こちらに来てからは特に意識して考えていたはずが、つい昨日は初夜の件で気が動転しまして、そして今朝から急に気さくになった侍女たちには驚喜してしまいましたので、かつての私に戻りつつありました。

 お飾りだろうとなんだろうと侯爵夫人がこれではいけません。
 ですから今からはしっかりと言葉を選んでみせましょう。

 故郷では侍女たちから他家における侍女との接し方講座を受けていました。
 そこで侍女たちは使う言葉をがらりと変えて、いつもとは違う語り口調となり、先生をしてくれたのですが。
 それがあまりに面白くておかしくて……笑い過ぎて長く叱られたことは忘れておきます。

 ですから今日は迷うことなく『お花摘みに』と言えますとも。
 あ、食前に考えることではありませんでしたね。

 ほほほほ。



 侯爵様に練習とは違うエスコートで案内された食堂は、とても明るい場所でした。

 男性の曲げた腕にそっと手を置くだけでいいと聞いてございましたが。
 侯爵様はそのために伸ばした私の手をさっさと捕まえて、それからもずっと離してくださらず、こちらに連れて来てくださったのです。

 やはり最新のお作法は、我が領地に伝わっていたものから大分進化しているのではないでしょうか。
 すぐにでも弟に手紙を書いて送った方が良さそうですね。仔細は従姉妹たちに聞くよう書きましょう。


 食堂には大きな一枚ガラスの窓がありました。
 素敵なお庭を見ながら食事を楽しめるようにとよく考えられているようです。

 けれども陽射しが真直ぐに入ってはございませんので、窓の外には庇が長く出ていると思われます。
 それがここからは見えない設計はお見事。
 影の位置も計算されているのでしょうね。
 深い影を落とす場所もなく、食事場所としてちょうどいい具合の明るさに調整された室内となっています。

 椅子に座りますと、なお空が高く広がって見えまして、芝生で寝ころんでいるみたいでした。

 この場所でゆったりとお茶を飲んだら気持ちが良さそうです。
 お庭も素敵。自領では見たことのないお花ばかりが咲いています。
 近くで見せていただきたいわ。


 あら?
 侯爵様は隣に座るんですの?


 椅子を引いていただいたので、私は選ぶことなく席に座りましたが。
 てっきり侯爵様は向かいの席に座られると思っていました。

 ちらと顔を窺いましたら、微笑みを返されます。
 昨日で大分慣れましたので、私も笑みを返しました。

 うっと胸を押さえられましたが。
 これは大丈夫だそうです。

 昨夜は持病があるのかと心配し、急いで背中を擦ろうと試みたのですが。
 どんなに強く腕を引いてみましても手を離してはくださらず、何も出来ずに終わったのです。

 それで私がおろおろとしていると、侯爵様は癖だから気にするなと言いました。

 そんな癖は聞いたことがございませんで、ますます強く心配になりましたが。
 侍医から稀に見る健康体だと言われている!と力強く言われましたので、信じることにいたします。


 侯爵様の視線が外れました。お外を見られているようです。

 あぁ、そうですね。
 侯爵様もこちらの席で正解でした。

 この位置ならば二人とも窓の向こうの緑に映える美しい花々を堪能することが出来ます。
 綺麗なものを目で見て分かち合いながら、食事も共に楽しめる。

 なんて素敵な考えかしら。

「昨夜は長々とすまなかった。よく眠れただろうか?」

 ぼんやりと窓の外を眺めていたら、鳥が大空を羽ばたいていく姿が見えました。


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