上 下
35 / 37

35.誓い

しおりを挟む
 悲痛な面持ちで婚約者様は語ります。

「王子だからと君に直接会いに行っては良くないと自分で決め付けていたんだ。幼い君があんなに立派だったから、どうしても君に恥じたくなくてね。だけど事前に会って、君とよく相談し対処すべきだったと今は思う」

 求婚してくださったときにも、同じようなことを仰っておりましたね。
 自分はとても狡い選択をしたのだと。

 本当に狡い人だと私も思います。

「言い訳をすると、君の伯父上殿がどう動くのか、それだけが計算出来なくて焦ってしまったんだ。すぐにでも最適な婚約を見繕うのではないかと思ってね。帝国の婚約を解消させることは、流石に厳しい。だけどそれだって、君に聞いてみれば良かったのだと今は強く後悔している」

 婚約解消となれば、婚約者様が想像した通り、伯父はすぐにでも私の縁談話を用意してきたことでしょう。

 ですけれど、これは私がはっきりと断る予定でした。
 相手がどのような御方かを聞く前にです。
 えぇ、そうしなければ、伯父がまた暴走し、お相手の方にご迷惑をお掛けしていたかもしれません。

 私個人の問題として、父の手伝いがしたいから今は婚約したくないと伝えるつもりでありました。
 婚約解消と同じ理由であれば矛盾も生じませんし、これなら誰にも迷惑は掛からない予定だったのです。

 婚約者様の仰る通り、それでもまだ伯父が納得してくれない可能性も十分にありました。
 ですがその場合にも、母を理由に対抗する算段を立てていたのです。

 母のように恋をしたいから、相手は自分で探したい。
 母に弱い伯父には最も効力のある言葉となるでしょう。
 しばらく泣かれるかもしれませんが。

「君が恙なく対処しようと考えていたところに。あえて事前に何もしないことで、わざわざ国の大事にしてしまったのは私の責だ。どうしても君を奪われたくなかったとはいえ……本当にごめん。申し訳ない」

 開いた口から息を漏らしてしまいました。
 旋毛を見せられるとなんだか可哀想になってくるのは、何故なのでしょう。

「これからは先に聞いてくださいますか?」

 勢い頭を上げた後、突然ベンチから立ち上がったかと思いましたら。
 婚約者様は私の前に移動すると、また跪きました。

 どこまでも狡い御人です。

「改めて君に誓う。君の意志を確認せずに、君のためにと勝手に行動をすることはないと約束する。だから私には何の憂いも持たず自由に発言して欲しい。それから何か問題が起きたときにも、必ず二人で相談をして、先を決めていくことにしよう」

 と言った婚約者様でしたが。
 だが問題が起きないように出来ることはするとも言っておくよ。

 と、さらりと狡い言葉を付け足して、私の手を取りました。

「ローゼマリー嬢。どうか私と結婚し、生涯を共に生きてください」

「もうそれは公的に決まっていることですよ?」

 あえて意地悪く聞いてみましたら、婚約者様は笑うのです。
 それは頭上に広がる青空に負けない、とても晴れやかな笑い方でした。

「国の存続を懸けた対策のためではなく、今は個人としての私の想いで発言している。君にも、個人としての本心を聞かせて欲しい。嫌だと言われるのはきついが、君の想いを尊重するよう君と対応を考えることも約束しよう。だから本音を聞かせて、ローゼ」

 そんなに苦しそうな顔をして、悪いように想像しなくてもよろしいですよ。

「私と共に生きてくれるだろうか?」

 じっとりと熱の籠る視線を向けられましたが、その必死さがなんだか可愛くて。
 くすっと笑ってしまったではありませんか。

 それでもう満面の笑みですよ。
 辛そうなお顔をしておりましたけれど、微塵も断られるとは思っていなかったのでしょう。
 また狡い御人ですこと。

 だから素直に「はい」とは言いません。

「先に誓ったようにしてくださるのなら」

「もちろんだよ。生涯この誓いを違うことはない。その代わりではないが、私も君の前では王子ということを忘れて過ごしてもいいだろうか?」

「私も二人のときには、ただのあなたと私で過ごしたいと思います」

 腕を引かれ、抱き締められてしまいました。
 不思議と落ち着く腕の中です。

 だから気が緩んだのでしょう。
 それとも誓いを信じたからでしょうか。

「父の手伝いが好きです」

 婚約者様のふふっと笑う声と胸の音が重なって心地好い音として耳に届いていました。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。 ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。

【完結】で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?

Debby
恋愛
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とクラレット・メイズ伯爵令嬢は困惑していた。 最近何故か良く目にする平民の生徒──エボニーがいる。 とても可愛らしい女子生徒であるが視界の隅をウロウロしていたりジッと見られたりするため嫌でも目に入る。立場的に視線を集めることも多いため、わざわざ声をかけることでも無いと放置していた。 クラレットから自分に任せて欲しいと言われたことも理由のひとつだ。 しかし一度だけ声をかけたことを皮切りに身に覚えの無い噂が学園内を駆け巡る。 次期フロスティ公爵夫人として日頃から所作にも気を付けているキャナリィはそのような噂を信じられてしまうなんてと反省するが、それはキャナリィが婚約者であるフロスティ公爵令息のジェードと仲の良いエボニーに嫉妬しての所業だと言われ── 「私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 そう問うたキャナリィは 「それはこちらの台詞だ。どうしてエボニーを執拗に苛めるのだ」 逆にジェードに問い返されたのだった。 ★★★ 覗いて頂きありがとうございます 全11話、10時、19時更新で完結まで投稿済みです ★★★ 2025/1/19 沢山の方に読んでいただけて嬉しかったので、今続きを書こうかと考えています(*^^*)

そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。

木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。 ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。 不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。 ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。 伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。 偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。 そんな彼女の元に、実家から申し出があった。 事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。 しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。 アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。 ※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)

存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。 そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

処理中です...