【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実

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おまけ

<未来偏>

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「な、な、な……なんだこれはぁぁぁあ!!!」

 馬車を降りたばかりの公爵から叫び声が轟いたのは、シャーロットとルーカスが結婚してちょうどひと月が過ぎたときだ。
 このたびめでたく譲り受けることになった侯爵領の視察も兼ねて、妻と旅を楽しみ、王都に戻ってきたところである。

「何故窓という窓に……なんだ?どうした?襲撃でもあったのか?」

 わなわなと震える公爵を待たずして、さっさとエスコートもなく馬車から一人降りてきた夫人は、「そんなに驚くことかしら?」と公爵に聴こえる声で囁いた。

「何故そのように落ち着いていられるのだ?こうなると知っていたのか?」

「あの子のことだから。これくらいしそうなものでしょう?」

「これくらい……これくらいだと?」

 公爵は困惑のあまり頭を抱えた。

「窓という窓に外から鉄格子がはめられているのだぞ?何かあったと思うのが通常の反応ではないのか?」

 そうだとも。
 公爵の反応は正常だぞ。

「だってあの子よ?」

 母親だから何もかも分かった顔でいられるのだろうか。
 いやしかし鉄格子だぞ?
 外からの景観も酷いものだが、中からだって悲しいほどの変化だ。
 せっかくの大きな窓から美しい庭を楽しめなくなっているからな?

「それより彼らがどうなったか、早いところ確認した方がいいと思うわ。下手をすると、お墓すら用意されていないわよ。それだとシャーロットちゃんがあとで困るでしょう?」

 いやいや待て待て。
 すでに生きていない前提なの何で?

 せめて「下手をすると生きていない」くらいに留めておいてくれ。
 もう色々あってな、こちらの身体が持たないんだ。

「お墓だと?まさか、うちの息子だってそこまでは」

「あの子よ?」

「いやいや。まさか。あいつもやっと結婚してシャーロットちゃんを得られたんだ。もうすっかり落ち着いて、真面な子になっているはず」

 あー、そっちの方に読んでいたか。
 公爵も意外とあれだったな。

 そんな読みだから、かつても幼い息子がしたことに目を瞑れと言えたのだな。
 甘い、甘いぞ公爵。
 お宅の息子さんも、未確認生物候補生だ。
 いやもう候補から外れて正式認定していたか?

「あの子が結婚くらいで変わるわけがないわ。私は事前に聞きましたからね?本当に家を空けてもよろしいのって」

 お母さまよ。
 聞くだけで終わらずに、もっと強く止めてやれ。

 今からあんたの夫は号泣だぞ。
 間違いなく大号泣だ。

「いやしかし……そうだ!物分かりのいい侍従を残してある。彼ならば止めているはず……そうだとも、問題はない。鉄格子くらいは結婚祝いに受け入れてやろう」

 凄い結婚祝いだな。
 シャーロット、この通り義父は頼りにならないから諦めろ。
 あぁ義母も同じものかもしれん。

 ということで、夫の操縦は自分で頑張れ。

「そうだ、そうだとも。彼は仕事の出来る物分かりのいい侍従だ。大丈夫。重大なことは何も起きていない」

 気を取り直して、意気揚々と屋敷に入っていく公爵。
 己に言い聞かせて希望を持ったところに悪いが。

 すまんな、その侍従は物分かりが良過ぎたようだ。

「ん?絨毯まで変えたのか?……まぁこれも結婚祝いとしよう。新婚だ。妻のために模様替えをしたくなる気持ちは分かる。そうだきっとあの鉄格子もシャーロットちゃんの希望なのだろう。好みはひとそれぞれだからな」

 公爵ももう何でもありだな。
 まだ何も聞く前から自暴自棄になっていたら、この後が大変だぞ。

 おぉ、さっそく噂の侍従が現われた。

「ルーカスはどうした?今日はまだ寝室から出て来ない?そうか。そうだよな。ほら、聞いたか。私たちが不在の間、ルーカスはずっとシャーロットちゃんと楽しんでいたようだ。ほらな、大きな問題は起きていない」

 良かった良かった。ほらな、大丈夫だった。
 安堵するにはまだ早いぞ公爵。
 
 屋敷の奥に入ろうとする公爵の進路に、侍従が立ち塞がった。
 公爵の行く手を阻む侍従ってどうなんだよ……。

「首を長くしてお戻りをお待ちしておりました。こちらは王家からの書状でございます」

「は?なんだ?こんなに?」

 本当に何通あるんだよ!
 封筒の束がごそっと手渡されたぞ。
 いや帰ってきたばかりの公爵に手渡してやるな。
 執務室に積み重ねておけば良かったように思うのだが。

「旦那さまが戻り次第すぐにお返事を希望されているとのことでした」

「なんだとぉ~!!!あいつは何をやらかしたんだ?」

 もう可哀想になるよな。

 だがどっかの誰かも言っていたが。
 息子をとことん甘やかしてきたつけが今になって回ってきただけかもしれないぞ。
 シャーロットの名で操縦するだけでなく、常識も教育しておいたら良かったな。

「なんだこれは~!!!!」

 その日、王都の公爵邸には、当主の叫び声が何度も轟いた。
 だが遠く離れたルーカスとシャーロットの籠る寝室には、その声は届かず。

 ルーカスが寝室から出て来たのは、謀ったように騒ぎが終わってからだ。

「父上は相変わらず騒いでいたの?ふぅん。やっと王に会いに行ったんだ。それなら居ない間に移動することにしよう」

 ルーカスはにんまりと笑った。

「父上は本当に分かっていないね。新婚なのだよ?旅行より部屋に籠っていたいものだろう?あの屋敷はどうなっている?そう。準備は完璧ね。期待通りの働きに感謝するよ」

 侍従は静かに頷いた。
 いや、いつからその侍従を掌握していたんだ、ルーカス。

 この男は公爵付きの侍従だったはずで。
 あのときも主君はここにないからと、一人紅茶を楽しんでいた男だったように記憶しているが。

 そんで屋敷ってなんだろうな。
 凄く気になるのに、聞かない方がいい気がするぞ。
 なんでだろうな!不思議だな!

 うん、聞かないでおいてやるから。
 そう睨まないでくれ。

 あぁ分かったよ。もう名も呼ばないから。

 頼むからあとは妻と幸せに過ごしてくれな。
 こっちだって関わりたくはないから、これからは何も起こさないでくれよ!


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