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♥選ぶもの

121.タークォン王国の街角で起きた奇跡

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 馬車の列が次々と大通りを流れていく。
 それは通りに集まる人々が道の端で一斉に頭を下げてから、五台目の馬車が角を曲がったところだった。

 突如吹いた突風に、思わず顔を上げてしまう者たちを焦って咎める警備兵がいる。

「こら、まだ顔を上げてはならん。面を下げよ。不敬だぞ」

 しかしその警備兵も目のまえの光景に目を奪われて、しばし言葉を忘れてしまった。

 街路樹から一斉に飛び出した濃いピンクの欠片。
 最初は誰もそれが花びらだなんて思わなかった。

 視界を遮られた馬車が急停車してもなお、濃いピンクの欠片は空を舞い続ける。
 まるで樹々から掠め取った花びらを、見えない誰かの両手が掬うようにして、空に集めているように。

 濃いピンクの欠片の集団は空高く舞い上がり、そして皆の頭上に広がって降り注いだ。

「奇跡だ……。タークォン王国、万歳!」

 誰かが叫んだ。
 すると皆が口々に同じように叫んで、両手を上げ始める。


 少年は思わず隣の娘を見たが、その娘は困ったように肩を竦めたところだった。

「思った通りではなかったの?」

 少年のぼそりと呟いた声を拾う間もなく、停止した馬車の扉が勢い開く。
 慌てた警備兵は、今度こそ民らを鎮めようと「面を下げよ!不敬なり!不敬なり!」と大きな声で叫んだ。

 すると民たちも少しずつ目にしている奇跡から現実へと引き戻されて、慌てて頭を下げていく。

 カツン。
 石畳にヒールの音が響いた。

 さらに音がコツコツと近付いたとき、少年は横を向いて、顔を隠した。
 一方隣の娘は、花束を抱いたままどこか困ったような複雑な笑顔を見せて、近付く音を迎え待つ。

「シーラ!」

 ドレスを着た少女は叫ぶと、シーラの腰に飛び付いた。
 近くにいる警備兵たちは、今まで以上にぎょっとした顔でそれを見ていたが、その後はただおろおろとするばかりで何も出来ず、見守るだけだ。

 遅れて同じ馬車から登場した男は、石畳に両足を置くと長めに息を吐く。

「ったく。話を通しておいてくれよ。なぁ?」

 同じ馬車の前の扉が開いて、さっと降り立った男を見ては、顔を青褪める警備兵たち。
 その馬車の先を行っていた馬車からまた別の男が降りてきて、早歩きで近付いて来ることを確認すると、今度はなんとも言い難い表情を警備兵たちは見せていた。

「面白いことになってきましたなぁ、殿下!」

 何故か嬉しそうな大男に冷たい視線を投げた後、イルハは妻となる人を眩しそうに眺める。
 その妻となる人は、大変困っているように見受けられた。

「落ち着いて、アンナ。そんなに強く抱き着いたら痛いよ?」

「嫌よ!もう逃がさないんだから!さぁ、一緒に帰りましょう、シーラ!」

 聞き捨てならない言葉を聞いて、イルハは王子を見やった。いや、睨んだ。
 早くどうにかしろと、その鋭い視線が語っている。

 いやいや、待て待て。なんで俺が……。
 王子は思うが、しかしこの場でイルハが好きに発言出来ないことはよく理解していたので、仕方なく王女に近付くことにした。



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