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♥選ぶもの
99.招かれざる訪問者
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「お前、本当は暇なんじゃねぇのか」
書類の山に囲まれた王子が吐き捨てるように言っても、イルハはしれっとした顔をして王子の前に積まれた書類を増やし、奥の部屋にいる娘を見やった。
テンがいなくても、のんびりゆっくりひとつずつ書類を飛ばし整理するシーラは、椅子に座って足をぶらぶらと揺らし、飛ばした書類の行方を追っているところだった。
「ったく。そろそろ休憩時間だが。お前も休んでいくか?」
「有難きお言葉にございます」
「よく言うぜ。毎度狙って来やがって。おい、シーラ。おやつの時間にするぞ!」
シーラが飛ばしていた書類が棚に収まったことを確認し、次の書類にシーラの手が掛かる前に、王子は早口でそう言った。
するとシーラは弾けるように立ち上がって振り返り、そして破顔する。
「イルハ!」
部屋を飛び出して来たシーラは、王子の机をさっと避けて、イルハに抱き着いた。
もちろんこれを勤務中であるイルハが、両手を広げて迎え入れるのである。
王子から深い息が漏れていた。
そうして廊下側から見て右隣の部屋に移動した三人が、今日も優雅にケーキと珈琲を楽しみ始めたところに。
重々しい石の扉が開くと、片手で悠々書類を抱えた大柄な男が入ってきたのだ。
「ほぅ、これは珍しいな」
王子が片眉を上げてそう言えば、シーラも入口の方へと顔を向け、すぐに首を傾げた。
王宮で働くようになってから、王子の執務室に来る人間の顔を覚えてしまったシーラだったが、そこにいたのは知らない男だったから。
「なんと、ご休憩中でしたか。それも法務省の長官殿までご一緒にとは。お邪魔して申し訳ない」
「わざとらしく謝るな。それで何だ、アルバーン?」
「さて、何だと問われれば、書類を運んで来たとしか申し上げられませんが」
「白々しいことを言うな。いつも来ないお前がここに来た理由を聞いているんだろうが。トニーヨはどうした?今日は休みか?」
トニーヨとは、警備省副長官をしている若者の名だ。
「邪推しなさるな。たまには私自身が動こうと思ったまで」
許可を求めることなく、ずかずかと王子の執務室を横切って、三人に近付いてきた男は、近くで足を止めると明らかにシーラを見詰めた。
シーラもまた、フォークを置いて、じっと男を見上げている。
背も高く筋肉質で厚みある身体は、横に立たれるだけで、圧迫感を人に与えるものだった。
そんな男に怯まず、瞳をキラキラといつも以上に輝かせているシーラに、隣のイルハはひやひやとしてくるのである。
「ふん。これがイルハ小僧の嫁っこか」
「こぞう……?よめ……?」
シーラはまた首を傾げた。
「シュミット卿」
横から聴こえたどこまでも冷えた声の方に、シーラは目を丸くする。
イルハと大柄な男が見詰め合って微笑む顔を交互に眺めていると、耳のいいはずのシーラに聴こえるはずのない音が届いた。
ばちばちと何かが弾ける音。
もしや魔力でもぶつかっているのかと、シーラはイルハの手に手を重ねてみたが、それはぎゅっと掴まれるだけで、音の出所が何ひとつ分からなかったシーラである。
書類の山に囲まれた王子が吐き捨てるように言っても、イルハはしれっとした顔をして王子の前に積まれた書類を増やし、奥の部屋にいる娘を見やった。
テンがいなくても、のんびりゆっくりひとつずつ書類を飛ばし整理するシーラは、椅子に座って足をぶらぶらと揺らし、飛ばした書類の行方を追っているところだった。
「ったく。そろそろ休憩時間だが。お前も休んでいくか?」
「有難きお言葉にございます」
「よく言うぜ。毎度狙って来やがって。おい、シーラ。おやつの時間にするぞ!」
シーラが飛ばしていた書類が棚に収まったことを確認し、次の書類にシーラの手が掛かる前に、王子は早口でそう言った。
するとシーラは弾けるように立ち上がって振り返り、そして破顔する。
「イルハ!」
部屋を飛び出して来たシーラは、王子の机をさっと避けて、イルハに抱き着いた。
もちろんこれを勤務中であるイルハが、両手を広げて迎え入れるのである。
王子から深い息が漏れていた。
そうして廊下側から見て右隣の部屋に移動した三人が、今日も優雅にケーキと珈琲を楽しみ始めたところに。
重々しい石の扉が開くと、片手で悠々書類を抱えた大柄な男が入ってきたのだ。
「ほぅ、これは珍しいな」
王子が片眉を上げてそう言えば、シーラも入口の方へと顔を向け、すぐに首を傾げた。
王宮で働くようになってから、王子の執務室に来る人間の顔を覚えてしまったシーラだったが、そこにいたのは知らない男だったから。
「なんと、ご休憩中でしたか。それも法務省の長官殿までご一緒にとは。お邪魔して申し訳ない」
「わざとらしく謝るな。それで何だ、アルバーン?」
「さて、何だと問われれば、書類を運んで来たとしか申し上げられませんが」
「白々しいことを言うな。いつも来ないお前がここに来た理由を聞いているんだろうが。トニーヨはどうした?今日は休みか?」
トニーヨとは、警備省副長官をしている若者の名だ。
「邪推しなさるな。たまには私自身が動こうと思ったまで」
許可を求めることなく、ずかずかと王子の執務室を横切って、三人に近付いてきた男は、近くで足を止めると明らかにシーラを見詰めた。
シーラもまた、フォークを置いて、じっと男を見上げている。
背も高く筋肉質で厚みある身体は、横に立たれるだけで、圧迫感を人に与えるものだった。
そんな男に怯まず、瞳をキラキラといつも以上に輝かせているシーラに、隣のイルハはひやひやとしてくるのである。
「ふん。これがイルハ小僧の嫁っこか」
「こぞう……?よめ……?」
シーラはまた首を傾げた。
「シュミット卿」
横から聴こえたどこまでも冷えた声の方に、シーラは目を丸くする。
イルハと大柄な男が見詰め合って微笑む顔を交互に眺めていると、耳のいいはずのシーラに聴こえるはずのない音が届いた。
ばちばちと何かが弾ける音。
もしや魔力でもぶつかっているのかと、シーラはイルハの手に手を重ねてみたが、それはぎゅっと掴まれるだけで、音の出所が何ひとつ分からなかったシーラである。
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