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♥選ぶもの
94.暗躍する貴婦人
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シーラを見詰めキリムはなお考える。
この子はいつも今がすべて。
だからこそこんなにも楽しそうに生きられているのだと、キリムは知っている。
もしもシーラが夫と同じ価値観を持っていたら。
いや、それを持つよう育てられていたら。
シーラはもうこの世に存在しないのではないか。
キリムには疑いようもなくそう思えて仕方がない。
夫が今、同じ立場になったなら。
いいえ、自分が今、同じ立場になって国を追われる身となれば。
国を捨てて生きることはないと断言出来る。
自分たちの失脚が。
国に良くない事態となれば、良くするために立ち上がるだろう。
国にとって不要となるなら、この身はそこで終わりでいい。
生きる上で過去も未来もどちらも捨てることは出来ない。
だから国を追われた身で、国を忘れ、笑顔を見せるなんて、自身に許す日は来ないのである。
シーラは最初から違っている。
それが誰かに与えられた思想なのか、生来の性質か。
さすがにキリムにはそこまで読み取ることは出来なかったけれど。
イルハ・レンスターという男が、この違いに魅了されたことは間違いない。
何故なら、キリムもまたこの違いを好ましく想っているからである。
それは少年も同じことだろう。
違うからこそ惹かれ、そして違うからこそ上手くいかない。
これからイルハだって、シーラとの間にいくつもの問題を抱えるのではないか。
けれどもキリムは、あの男は自分で乗り越え、どうにかすることを知っている。
そのくらい覚悟の上で、シーラを妻にと望んだはず。
国政はしばらくの間、揺れるだろう。
イルハ・レンスターという男が、この海らしい娘を妻に定めた。
そしてそれを第一王子が許容している。
国の常識が通用しない相手。
それを平然と守る、もっともお堅い存在だったはずの若き法務省長官。
あらゆる面から国における立場を放棄したと捉えられてもおかしくはない。
第二王子を担ぎたい勢力が黙っているはずはないし。
現国王陛下を支える重鎮たちはどう口を挟むか。
ふふ。面白くなりそうね。
どうして栞作りをするのかと熱心に説明するシーラと、まだ疑いと驚きを持って耳を傾けるアイリーンを順に眺めながら、キリムは心を撥ねさせた。
優美に微笑み、それを一切隠しながら。
まずは騒がしい一人目。
こちら側にあるはずの男の懐柔を手伝いましょう。
二人を分け隔てなく交互に見詰めながら、カップの中の紅茶を飲み干したキリム。
その美しい瞳が映す相手は、アイリーン・シュミットに固まった。
この子はいつも今がすべて。
だからこそこんなにも楽しそうに生きられているのだと、キリムは知っている。
もしもシーラが夫と同じ価値観を持っていたら。
いや、それを持つよう育てられていたら。
シーラはもうこの世に存在しないのではないか。
キリムには疑いようもなくそう思えて仕方がない。
夫が今、同じ立場になったなら。
いいえ、自分が今、同じ立場になって国を追われる身となれば。
国を捨てて生きることはないと断言出来る。
自分たちの失脚が。
国に良くない事態となれば、良くするために立ち上がるだろう。
国にとって不要となるなら、この身はそこで終わりでいい。
生きる上で過去も未来もどちらも捨てることは出来ない。
だから国を追われた身で、国を忘れ、笑顔を見せるなんて、自身に許す日は来ないのである。
シーラは最初から違っている。
それが誰かに与えられた思想なのか、生来の性質か。
さすがにキリムにはそこまで読み取ることは出来なかったけれど。
イルハ・レンスターという男が、この違いに魅了されたことは間違いない。
何故なら、キリムもまたこの違いを好ましく想っているからである。
それは少年も同じことだろう。
違うからこそ惹かれ、そして違うからこそ上手くいかない。
これからイルハだって、シーラとの間にいくつもの問題を抱えるのではないか。
けれどもキリムは、あの男は自分で乗り越え、どうにかすることを知っている。
そのくらい覚悟の上で、シーラを妻にと望んだはず。
国政はしばらくの間、揺れるだろう。
イルハ・レンスターという男が、この海らしい娘を妻に定めた。
そしてそれを第一王子が許容している。
国の常識が通用しない相手。
それを平然と守る、もっともお堅い存在だったはずの若き法務省長官。
あらゆる面から国における立場を放棄したと捉えられてもおかしくはない。
第二王子を担ぎたい勢力が黙っているはずはないし。
現国王陛下を支える重鎮たちはどう口を挟むか。
ふふ。面白くなりそうね。
どうして栞作りをするのかと熱心に説明するシーラと、まだ疑いと驚きを持って耳を傾けるアイリーンを順に眺めながら、キリムは心を撥ねさせた。
優美に微笑み、それを一切隠しながら。
まずは騒がしい一人目。
こちら側にあるはずの男の懐柔を手伝いましょう。
二人を分け隔てなく交互に見詰めながら、カップの中の紅茶を飲み干したキリム。
その美しい瞳が映す相手は、アイリーン・シュミットに固まった。
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