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♥選ぶもの
54.何も出来なかった過去
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同情からシーラの意志を変えようとは思っていない。
だが共有は必要だろうとイルハは考えた。
それは恥ずかしい過去を晒す行いではあるけれど。
シーラには何でも知って欲しい、そんな欲も生まれていて。
イルハは自嘲するが、そのうえでその欲を満たしていくだろう未来も受け入れていた。
その一歩が今ここだ。
「母はある病に侵されていました。それを治す方法はひとつだけあったのです。しかしここタークォンでそれが許されていなかった」
「許されていなかった……?」
「父は私と同じく、空の器を持っていました。国王陛下の貴重な魔力を預かる器として、またこの国の宰相として、この国に身を尽くしていたのです」
真直ぐにイルハを見詰めるシーラの瞳は、イルハの心の奥を探っているようにも見えた。
だが弱いところを隠す気でイルハは笑っていない。
もう時が長く過ぎていたからだ。
いや、おそらく。
シーラがこの国に来た最初の夜に、イルハの中ではやっと終わったことに変わっていた。
「何もしなくても魔力を失っていく病でした。日々一定量の魔力を注ぎ続ければ、助かることは出来たのですが。注いだ瞬間から流れ去っていくものですから、膨大な魔力を必要としていたのです。一般的な魔力を保持する魔術師の一人や二人の魔力ではとても補え切れないもので。ですが、父にはそれが出来ました」
最後の最後まで、父は母を救わなかった。
国王から預かった魔力は使えないと言う。
ならば自分があちこちから魔力を集め歩き、母に注ぐと言ってみれば。
父はこれを許さずに、一時イルハを邸に閉じ込めることになった。
まだイルハが幼い少年だった頃の話だ。
テンくらいのときだろうか。
「今だから分かりますが、当時の私の身体では、沢山の魔力を受け入れることは出来なかったでしょう。ですから、私が何をしていても母は救えなかった」
シーラの顔に悔しそうな皺が寄る。
「私がもっと早くに来ていたら」
「それも違います。あなたが自由を得ていなかった頃の話です」
幼い少年にとっては、父親が母親を捨てたように見えていた。
そして母を救っていいと許可しなかった国王もまた、恨む相手に変わる。
そのままであったなら、少年はこの国を飛び出していたかもしれない。
しかしそれを止めたのは、誰でもない病の母だった。
「この国のために生きる父を見習い、立派な大人になれ。そう言ったのが母だったのです。当時は複雑な気持ちでしたね」
シーラの手がそっとイルハの頬に伸びた。
ベッドの上で向かい合い二人で頬を支え合っている形だ。
イルハはにこりと微笑んで、さらに心を変えるきっかけとなった出来事を語り始める。
だが共有は必要だろうとイルハは考えた。
それは恥ずかしい過去を晒す行いではあるけれど。
シーラには何でも知って欲しい、そんな欲も生まれていて。
イルハは自嘲するが、そのうえでその欲を満たしていくだろう未来も受け入れていた。
その一歩が今ここだ。
「母はある病に侵されていました。それを治す方法はひとつだけあったのです。しかしここタークォンでそれが許されていなかった」
「許されていなかった……?」
「父は私と同じく、空の器を持っていました。国王陛下の貴重な魔力を預かる器として、またこの国の宰相として、この国に身を尽くしていたのです」
真直ぐにイルハを見詰めるシーラの瞳は、イルハの心の奥を探っているようにも見えた。
だが弱いところを隠す気でイルハは笑っていない。
もう時が長く過ぎていたからだ。
いや、おそらく。
シーラがこの国に来た最初の夜に、イルハの中ではやっと終わったことに変わっていた。
「何もしなくても魔力を失っていく病でした。日々一定量の魔力を注ぎ続ければ、助かることは出来たのですが。注いだ瞬間から流れ去っていくものですから、膨大な魔力を必要としていたのです。一般的な魔力を保持する魔術師の一人や二人の魔力ではとても補え切れないもので。ですが、父にはそれが出来ました」
最後の最後まで、父は母を救わなかった。
国王から預かった魔力は使えないと言う。
ならば自分があちこちから魔力を集め歩き、母に注ぐと言ってみれば。
父はこれを許さずに、一時イルハを邸に閉じ込めることになった。
まだイルハが幼い少年だった頃の話だ。
テンくらいのときだろうか。
「今だから分かりますが、当時の私の身体では、沢山の魔力を受け入れることは出来なかったでしょう。ですから、私が何をしていても母は救えなかった」
シーラの顔に悔しそうな皺が寄る。
「私がもっと早くに来ていたら」
「それも違います。あなたが自由を得ていなかった頃の話です」
幼い少年にとっては、父親が母親を捨てたように見えていた。
そして母を救っていいと許可しなかった国王もまた、恨む相手に変わる。
そのままであったなら、少年はこの国を飛び出していたかもしれない。
しかしそれを止めたのは、誰でもない病の母だった。
「この国のために生きる父を見習い、立派な大人になれ。そう言ったのが母だったのです。当時は複雑な気持ちでしたね」
シーラの手がそっとイルハの頬に伸びた。
ベッドの上で向かい合い二人で頬を支え合っている形だ。
イルハはにこりと微笑んで、さらに心を変えるきっかけとなった出来事を語り始める。
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