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♥選ぶもの

35.手放したくない臣下

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「ふふ。レンスター卿がそうなさるのでしょう?信じていらっしゃるのではなくて?」

「信じてやりたかったが、今のあいつはシーラが嫌だと言えば自分が海に出て行きそうでな」

「まぁ、それは困りますわね。殿下にはなくてはならない存在ですのに」

「……それもどうなるかだな」

 キリムはふふふと笑うだけだった。

 やがて笑い声は止まり、しばらくの沈黙のあとにキリムは問う。

「レンスター卿はいつからすべてをご存知で?」

 王子はにやりと口角を上げて、ここにない臣下を嘲笑った。

「はじめからだとよ」

「まぁ、最初から探りを入れて?」

「そういうことになるか。だがあいつはそういう意味で言ってねぇ」

 キリムが不思議そうに首を傾げると、王子はにやりと口角を上げてやる。

「あいつはな、最初から目星を付けていたと言いやがったんだぜ?」

 海を一人で渡る少女の話を耳にしたことがあったのは事実。
 その少女がとある亡国の最後の王女ではないかと疑う声があることを知っていたのも事実。
 夜のふ頭で一人歌う少女と出会ったあのとき、それらがイルハの頭を過ったことは確かだ。

 だからと言って、決めつけてはいなかったけれど。

 海の民を名乗った瞬間、イルハの中でその可能性は高まった。
 だからあとは、日頃と同じ感覚で調査をしていくだけのこと。

 その夜の宴での会話。
 大事に持ち歩き奏でる東方の楽器。
 その後の王宮での来訪登録のやり取りに、本屋での会話。

 それらの積み重ねは、イルハにとっては証明に過ぎなかったという。

「さすがですわね」

 キリムは感心してほぅっと息を吐いていた。
 純粋な称賛である。

「あぁ、だから手放したくはねぇさ」

 俺が王位につかなかったとしても、あいつはこの国に必要な人材だ。

 王子はわざと吐き捨てるような声でそう続けたのに、キリムは明るく笑った。
 眉間に皺を寄せた王子は、今度は正妃に問い掛ける。

「お前だって別に俺といなくてもいいんだぜ?」

「うふふ。殿下はご冗談がお上手なんですから。私を誰だと思って?」

 王子は頭をがしがしと掻いて、正妃に詫びた。
 たとえどこかで自分が失脚して、たとえば国の端の田舎へと飛ばされたとしても。

 キリムは黙って、その場所についてくるだろう。
 その先に王妃になって得るはずだった煌びやかな暮らしが何ひとつ用意されていなかったとしても。

 王子にとってそれほど信頼を置ける素晴らしい正妃だ。

 分かっているが、さて自分はどうかと問えば、王子には自信がない。
 王位と天秤にかけたときに、はたして自分は正妃を守り切るとはっきり言えるだろうか。


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