上 下
247 / 349
♥選ぶもの

30.分からないよ

しおりを挟む
「痛いとか、怖いとか、ちゃんと言える子だけれど。本当に辛いところで笑ってしまう子だろう?その痛いときにも、自分は二の次だ」

 この人は何を言っているのだろう?

「私らの前でもそうだったから、いつも無理をしていないかと心配で、よく見るようにしてきたけれど。テンちゃんは特にかわいいのだろうねぇ。あの子はテンちゃんが側にいると一段と頑張ってしまうから」

 かわいがってくれていることは知っている。
 頭をやたらよく撫でてくるし。

 それが俺に合わせていただけだって言うの?
 本当は違ったって?

「そうではないよ。テンちゃんが大事だからこそ、シーラちゃんは身体が辛いときにも頑張ってしまうんだ」

「そんな……」

「さっきの色を見たね?それを長く海で見たことはなかったんじゃないかな?」

 少年は答えられなかった。
 海で共に過ごしていた時間に見たことはなかったから。

「シーラちゃんは時々海でさっきのあれを放出していたはずだよ。テンちゃんがそれを見ないで済んでいたとしたら、きっと君が寝ている間にこっそりと行っていたからなんだろうねぇ」

「あれはなんなの?」

 どうしてあんたの方が知っているの?
 俺はずっと一緒にいたのに、なんで知らないの?
 どうして俺が寝ている間にこっそりする必要があるの?

 疑問が次々浮かんできたけれど、少年はひとつしか聞けなかった。

 何故かは分からないけれど、口から言葉が出にくくなっている。
 喉の奥に大きな何かが詰まっているみたいだ。
 それに口が乾いてからからだった。

「テンちゃんとゆっくり話したいと思っていたことが沢山あってね。シーラちゃんからは許可を得ているからね」

 なんだよ、それ。
 勝手に許可を出すなよ。

 少年は大好きなシーラにまでイライラしてきた。
 それと同時に強い不安が湧きおこる。

「シーラちゃんと話す前に、私らの話を聞いてくれるかい?」

 いやだ。
 そう答える前に老人と逆側の肩に手が乗った。

 そちら側に振り向くと老人の妻が老人と似た顔でにこにこと微笑みながら自分を見下ろしている。

「パイを焼いたのよ。テンちゃんの大好きなクリームをたっぷり挟んだわ。テンちゃんの好きなクッキーも沢山焼いてあるの。お話と一緒にどうかしら?」

 普通の子どもなら、わぁっと喜ぶところだろう。
 でも少年はそんなことはしたくない。

 パイは嬉しい。クッキーも食べたいけれど。

「……別に」

 いいよとも、いらないとも言えない。
 これが少年の精一杯だった。

 老夫妻は見詰め合って微笑み合い、また少年に温かい視線を戻す。


 少年は手を引かれ、元居たリビングに戻された。
 
 なんで?どうして?
 色んな疑問が胸に渦巻いて、漠然とした不安は膨れ上がり少年を襲っていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...