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♥選ぶもの
15.夜の海に迷い込んだように
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おかしい……。
この状況は王子の理解を越えていた。
護衛たちの誰も近づいて来ないのである。
まさか気付いていないのだろうか?
この夜でも明るい大通りにあって、男一人が見えない?
男の声も聞こえていない?
突然目の前に立ちふさがった男は、街灯の明かりに煌々と照らされているし、イルハたちにはその表情さえよく見えていた。
シーラと似てよく通る声も、通りを越えて静かなタークォンの街に響き渡っているだろう。
それなのに、護衛たちは気付いていない?警備兵も?
まさか……。
「あぁ、手出しはしていないから。安心したまえ」
王子とイルハが不自然に足を止めているのに、それでも誰も現れない。
いつもなら、何かあったかとすぐに状況を確認しに近付いて来るはずだった。
手は出していない?
つまり眠らされてしまったのか。
「そんな顔をしなくても大丈夫さ。彼らはいつも通り任務を続けているよ」
幻影魔術……イルハは思い浮かんだ言葉を口にはしなかった。
ここで言っても、主君を混乱させるだけだ。
「周りに人がいたら、君と話せないだろう?」
と言って、男の澄んだ目が射抜く相手はイルハだった。
そこではっと鼻を鳴らしたのは、王子だ。
「俺たちもあんたとは話したいと思っていたぜ?」
「それは光栄だな。君、本当の王子様だろう?」
王子は慌てなかった。
こんなことは、よくあるものだ。
タークォンにいる人間よりも、意外と海からやってきた者たちの方が王子の情報を得ていることがある。
昼間、護衛たちさえ逃がした男だから、それは知っていてもおかしくはないと読んでいた。
王子はまだ何も憂いていない。
護衛が現れなくも、イルハが動揺せずにいつも通り側にある。
それは王子にとって頼もしく、力強い支えにもなっていたのだ。
だからいつもの王子らしさ、それは世間一般でいうところの王子らしさとはかけ離れたそれではあるが、王子はそれを手放さずにいられた。
「だったらどうするよ?」
「何もしないさ」
王子もイルハも、フリントンという男から、シーラと同類のものを感じ取っていた。
国を持たず、海に生きる者独特の、身分を知らぬ価値観。
「それで。何の話をするためにこちらに?」
イルハはいきなり切り出した。
この異様な状況はまずい。
早々に切り上げたい。
王子がいなければ、とことん付き合っていたかもしれないが、王子がいるこの状況はイルハにとって大変良くなかった。
すると静かな夜には相応しくない愉快な笑い声が立つ。
それでもだ。
王子の護衛たちもタークォンの夜を守る警備兵さえも、誰ひとりとしてこの場所に近付いては来なかった。
この状況は王子の理解を越えていた。
護衛たちの誰も近づいて来ないのである。
まさか気付いていないのだろうか?
この夜でも明るい大通りにあって、男一人が見えない?
男の声も聞こえていない?
突然目の前に立ちふさがった男は、街灯の明かりに煌々と照らされているし、イルハたちにはその表情さえよく見えていた。
シーラと似てよく通る声も、通りを越えて静かなタークォンの街に響き渡っているだろう。
それなのに、護衛たちは気付いていない?警備兵も?
まさか……。
「あぁ、手出しはしていないから。安心したまえ」
王子とイルハが不自然に足を止めているのに、それでも誰も現れない。
いつもなら、何かあったかとすぐに状況を確認しに近付いて来るはずだった。
手は出していない?
つまり眠らされてしまったのか。
「そんな顔をしなくても大丈夫さ。彼らはいつも通り任務を続けているよ」
幻影魔術……イルハは思い浮かんだ言葉を口にはしなかった。
ここで言っても、主君を混乱させるだけだ。
「周りに人がいたら、君と話せないだろう?」
と言って、男の澄んだ目が射抜く相手はイルハだった。
そこではっと鼻を鳴らしたのは、王子だ。
「俺たちもあんたとは話したいと思っていたぜ?」
「それは光栄だな。君、本当の王子様だろう?」
王子は慌てなかった。
こんなことは、よくあるものだ。
タークォンにいる人間よりも、意外と海からやってきた者たちの方が王子の情報を得ていることがある。
昼間、護衛たちさえ逃がした男だから、それは知っていてもおかしくはないと読んでいた。
王子はまだ何も憂いていない。
護衛が現れなくも、イルハが動揺せずにいつも通り側にある。
それは王子にとって頼もしく、力強い支えにもなっていたのだ。
だからいつもの王子らしさ、それは世間一般でいうところの王子らしさとはかけ離れたそれではあるが、王子はそれを手放さずにいられた。
「だったらどうするよ?」
「何もしないさ」
王子もイルハも、フリントンという男から、シーラと同類のものを感じ取っていた。
国を持たず、海に生きる者独特の、身分を知らぬ価値観。
「それで。何の話をするためにこちらに?」
イルハはいきなり切り出した。
この異様な状況はまずい。
早々に切り上げたい。
王子がいなければ、とことん付き合っていたかもしれないが、王子がいるこの状況はイルハにとって大変良くなかった。
すると静かな夜には相応しくない愉快な笑い声が立つ。
それでもだ。
王子の護衛たちもタークォンの夜を守る警備兵さえも、誰ひとりとしてこの場所に近付いては来なかった。
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