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♦海にあるもの

54.風はいつも海から吹き込む

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 東から昇る朝陽を背中に引き受け、意気揚々とタークォンの地に飛び降りた男があった。

「やぁ、おはよう。こんなに朝早くから、君は働き者だねぇ」

 近付く男に軽く手を上げ、「前にも来ているから。説明は要らないよ」と告げれば、ふ頭の守り人は軽く会話を続けたのちに、すぐに去っていく。

 見目麗しく、王子よりずっと王子らしい貴公子然とした男だ。
 停泊させた船もそこそこに大きく、身なりも小綺麗にしていて、表情も豊か、会話には人懐っこさが溢れているとなれば、どこかの大きな商会の何代目かのお坊ちゃんを予測させた。
 そんな印象を与える男に、守り人は何ら懐疑心を抱かない。

 船からは他には誰も降りてこなかったが、守り人はもう見張り台に戻っていて別の船がやって来ないかと海に目をこらしている。
 他に乗組員がいたとしても、まだ船で休んでいると思われる時間だったことも、守り人に疑う心を育てなかった。


 男は早朝でまだ人気のないふ頭を踊るような足取りで歩み始める。
 楽しいことが待っていて、本当は走り出したいところだけれど、それを自分でなんとか押さえつけている子どものように。

「会いたかったよ、僕のお姫様」

 まるで目のまえに誰かがいて、すでに会っているかのように、男は呟く。
 さらに一人で悠然と微笑むと、また飛び跳ねるような足取りで進んでいった。


 まだ陽は昇ったばかり。タークォンでは店も開いていない時間だ。
 彼は一体どこへ向かおうというのだろうか。

 さわさわさわさわと、タークォンにはいつもない風が吹いていた。
 人気のない早朝だからだろうか。
 朝陽を受けた男の背中はやけに明るくて、遠くから見れば燃えているようだった。


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