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♦海にあるもの
31.妻に弱かった王子様
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「そうしてくださると嬉しいわ」
キリムと呼ぶと言われ、満足そうに微笑んだあとに、キリムは顔に掛かる布から手を離した。
すぐにキリムの顔は隠される。
光を通すほどに薄い布は、キリム側の視界を薄暗くする程度だが、周りから見る分にはその顔の認識を困難にさせていた。
近くにあれば、なんとなくこちらを見ているな、笑っているな、ということは分かるけれど、距離が離れるほどに美しい衣装の上に乗る黒い布に覆われた物体となる。
そのせいか、シーラはまだじっと目を凝らすようにしてキリムを見詰めていた。
隠されてしまった美しいものの余韻を楽しむように、まだその瞳にはうっとりと魅了された熱が残っている。
そんなシーラに王子は感心したように言った。
「お前でも綺麗なものを愛でる気持ちはあるんだな」
「うん、綺麗なものは綺麗だから」
何の説明にもなっていない言葉を残したあと、シーラは隣のイルハに聞いた。
「ねぇ、イルハ」
疑問が生じたとき、その答えを問う相手としてイルハが固定されていることに、シーラ以外は気が付き微笑しているが、当のシーラはもうイルハしか見ていないし、イルハがシーラに笑みを向けることはいつものことなので、それについて疑問を覚えるきっかけも得られないようだ。
「こんなにきれいなのに、どうしてキリムは顔を隠しているの?」
「高貴な女性は結婚後に表に出ないことになっているからです」
イルハの説明を聞いたあと、急ぎシーラは街を見渡した。
しかしながらキリムのほかに、同じように布で顔を隠した女性は見当たらない。
「キリムは表に出ているよ?」
「完全に禁止となると生活上困ることもありましょう。それで外出時には顔を隠す決まりになっているのですよ」
「そうだったんだ」
それが自分に影響することになると、今のシーラは露程も思っていないだろう。
この先シーラの存在がどれほどタークォンの高貴なる者たちに影響を与えていくかなど、当然今のシーラには分からない。
これはシーラでなかろうと、そんな未来を描いている奇特な人間は、さすがにこの時点ではタークォンには一人しかいなかった。
「大変なんだねぇ。顔を隠すのは、女の人だけ?」
「基本的にはそうですが、顔を見せることが推奨されないという点では殿下も同じお立場にあると言えますね」
「えっ!」
ばっさり切り捨てるように言い切ったイルハに、王子はじとっと恨みがましい目を向けていたが、誰も相手にしない。
シーラはこれにとてつもなく驚いた。
「王子も顔を隠さなければいけなかったの?いつもあんなに堂々と街を歩いているんだよ?毎日リリーの店に行こうって誘うのも王子だったのに?王子はいいのに、どうしてキリムだけが顔を隠さなければいけないの?」
王子は乾いた声で笑ったが、キリムはすっと手を伸ばし、王子の腕をつねって、その笑いを止めた。
王子の顔が酷く歪んでいる。
この男は本当にこの国の王子なのだろうか?
キリムと呼ぶと言われ、満足そうに微笑んだあとに、キリムは顔に掛かる布から手を離した。
すぐにキリムの顔は隠される。
光を通すほどに薄い布は、キリム側の視界を薄暗くする程度だが、周りから見る分にはその顔の認識を困難にさせていた。
近くにあれば、なんとなくこちらを見ているな、笑っているな、ということは分かるけれど、距離が離れるほどに美しい衣装の上に乗る黒い布に覆われた物体となる。
そのせいか、シーラはまだじっと目を凝らすようにしてキリムを見詰めていた。
隠されてしまった美しいものの余韻を楽しむように、まだその瞳にはうっとりと魅了された熱が残っている。
そんなシーラに王子は感心したように言った。
「お前でも綺麗なものを愛でる気持ちはあるんだな」
「うん、綺麗なものは綺麗だから」
何の説明にもなっていない言葉を残したあと、シーラは隣のイルハに聞いた。
「ねぇ、イルハ」
疑問が生じたとき、その答えを問う相手としてイルハが固定されていることに、シーラ以外は気が付き微笑しているが、当のシーラはもうイルハしか見ていないし、イルハがシーラに笑みを向けることはいつものことなので、それについて疑問を覚えるきっかけも得られないようだ。
「こんなにきれいなのに、どうしてキリムは顔を隠しているの?」
「高貴な女性は結婚後に表に出ないことになっているからです」
イルハの説明を聞いたあと、急ぎシーラは街を見渡した。
しかしながらキリムのほかに、同じように布で顔を隠した女性は見当たらない。
「キリムは表に出ているよ?」
「完全に禁止となると生活上困ることもありましょう。それで外出時には顔を隠す決まりになっているのですよ」
「そうだったんだ」
それが自分に影響することになると、今のシーラは露程も思っていないだろう。
この先シーラの存在がどれほどタークォンの高貴なる者たちに影響を与えていくかなど、当然今のシーラには分からない。
これはシーラでなかろうと、そんな未来を描いている奇特な人間は、さすがにこの時点ではタークォンには一人しかいなかった。
「大変なんだねぇ。顔を隠すのは、女の人だけ?」
「基本的にはそうですが、顔を見せることが推奨されないという点では殿下も同じお立場にあると言えますね」
「えっ!」
ばっさり切り捨てるように言い切ったイルハに、王子はじとっと恨みがましい目を向けていたが、誰も相手にしない。
シーラはこれにとてつもなく驚いた。
「王子も顔を隠さなければいけなかったの?いつもあんなに堂々と街を歩いているんだよ?毎日リリーの店に行こうって誘うのも王子だったのに?王子はいいのに、どうしてキリムだけが顔を隠さなければいけないの?」
王子は乾いた声で笑ったが、キリムはすっと手を伸ばし、王子の腕をつねって、その笑いを止めた。
王子の顔が酷く歪んでいる。
この男は本当にこの国の王子なのだろうか?
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