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♦海にあるもの
23.怯える方が悪い
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「あぁ、良かった。びっくりさせないでおくれよ、お嬢さん」
店主がこんなことを言えるくらいにすぐに落ち着けたのは、元からイルハ、というよりレンスター家がこの店の顧客だからだ。
「ごめんね、お兄さん。驚かせるつもりはなかったんだ。だけど不思議だなぁ」
一般的にお兄さんと呼ばれる年齢からはるかに歳を重ねた相手にも、シーラはそう呼び掛けて、敬語を使わずに気安く話した。
これもいつものことである。
店主は少しばかり驚いていたが、商売人としてすぐに顔を取り繕った。
そんな店主の様子には気付かず、シーラはとても不思議そうに顔を傾げてから、隣のイルハを見上げて笑う。
「イルハはいつもとても優しいのにね」
それはシーラだから。とは言わず。
「仕事に優しさは必要ないのですよ」
イルハがこう返せば、店主の顔からまたしても勢い血の気が引いていた。
だからこの店は何をしでかしているのか。
イルハは心中で溜息を吐く。
イルハからすれば、店側が法務省の役人を恐れずに済むよう日頃から清廉潔白な経営をしていればいい話だ。
しかし店主たちは、それは違うと声を揃えて叫ぶだろう。
この国の商売に関する法が複雑過ぎるのだ!と。
はたして真実はどちらか。
しかし今、イルハは本当にただの客であるので。
「この方の服をお願い出来ますか?」
「も、もちろんです。どのようなものがよろしいでしょうか?」
「異国からお迎えした方です。この国らしい良きものがいいですね」
あえてイルハはそう言った。
シーラもよく分かっていて、訂正はない。
いちいち国を持たない海のものだと説明していては疲れることを、旅慣れたシーラは分かっている。
だから特定の国名を言わない条件で、イルハがこう説明することを認めていた。
ただし自分が説明するときには、海のものだと語る。
大抵は信じては貰えないのだけれど、シーラはそれで満足だった。
「かしこまりました。ご要望通りの布を急ぎ揃えて参りましょう。申し訳ありませんが、お二人様はあちらにお掛けくださいまして少々お待ちいただけますか?」
店主が奥に消えると、二人は指示された通り、店内の長椅子に腰を下ろした。
店の娘がさっとやって来て、二人に茶と少しの菓子を出してくれる。
シーラは嬉しそうに「お姉さん、ありがとう!」と言って喜び、一度手を合わせたあとには、躊躇いもなくその菓子を口にした。
煌びやかな紙に挟まれた丸い焼き菓子は、柔らかい白パンに近く、中にクリームとサチベリーのジャムを挟んだ、タークォンではこういった店でよく配られている菓子だ。
手を汚さずに手軽に食べられることで人気がある。
「甘い。美味しい!」
とても幸せそうに笑う様には、店の娘も微笑みを返していた。
店主がこんなことを言えるくらいにすぐに落ち着けたのは、元からイルハ、というよりレンスター家がこの店の顧客だからだ。
「ごめんね、お兄さん。驚かせるつもりはなかったんだ。だけど不思議だなぁ」
一般的にお兄さんと呼ばれる年齢からはるかに歳を重ねた相手にも、シーラはそう呼び掛けて、敬語を使わずに気安く話した。
これもいつものことである。
店主は少しばかり驚いていたが、商売人としてすぐに顔を取り繕った。
そんな店主の様子には気付かず、シーラはとても不思議そうに顔を傾げてから、隣のイルハを見上げて笑う。
「イルハはいつもとても優しいのにね」
それはシーラだから。とは言わず。
「仕事に優しさは必要ないのですよ」
イルハがこう返せば、店主の顔からまたしても勢い血の気が引いていた。
だからこの店は何をしでかしているのか。
イルハは心中で溜息を吐く。
イルハからすれば、店側が法務省の役人を恐れずに済むよう日頃から清廉潔白な経営をしていればいい話だ。
しかし店主たちは、それは違うと声を揃えて叫ぶだろう。
この国の商売に関する法が複雑過ぎるのだ!と。
はたして真実はどちらか。
しかし今、イルハは本当にただの客であるので。
「この方の服をお願い出来ますか?」
「も、もちろんです。どのようなものがよろしいでしょうか?」
「異国からお迎えした方です。この国らしい良きものがいいですね」
あえてイルハはそう言った。
シーラもよく分かっていて、訂正はない。
いちいち国を持たない海のものだと説明していては疲れることを、旅慣れたシーラは分かっている。
だから特定の国名を言わない条件で、イルハがこう説明することを認めていた。
ただし自分が説明するときには、海のものだと語る。
大抵は信じては貰えないのだけれど、シーラはそれで満足だった。
「かしこまりました。ご要望通りの布を急ぎ揃えて参りましょう。申し訳ありませんが、お二人様はあちらにお掛けくださいまして少々お待ちいただけますか?」
店主が奥に消えると、二人は指示された通り、店内の長椅子に腰を下ろした。
店の娘がさっとやって来て、二人に茶と少しの菓子を出してくれる。
シーラは嬉しそうに「お姉さん、ありがとう!」と言って喜び、一度手を合わせたあとには、躊躇いもなくその菓子を口にした。
煌びやかな紙に挟まれた丸い焼き菓子は、柔らかい白パンに近く、中にクリームとサチベリーのジャムを挟んだ、タークォンではこういった店でよく配られている菓子だ。
手を汚さずに手軽に食べられることで人気がある。
「甘い。美味しい!」
とても幸せそうに笑う様には、店の娘も微笑みを返していた。
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