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♠国にあるもの

24.また近付いた二人

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「苦しくなかった?気分は悪くない?」

 不安そうに聞くシーラに、イルハは首を振ると、また微笑み掛けた。
 いや、もうずっと微笑んでいる。

「えぇ。何もありませんでしたよ」

 それでもなお、シーラは疑うように、そして悲しそうに、イルハに問い掛けた。

「気を遣わなくていいんだよ?怒ってもいいし」

「私たちはまだ気を遣う仲にあったのですか?」

 イルハがそう言うと、シーラははっと驚いたように目を瞠って、それからとても不思議そうな顔をした。
 その瞳からは不安の色が消えている。

「本当に平気だったの?」

「あなたに嘘など言いませんよ。そのままで良かったのに、とも思っているのですから」

「そのままで良かった……?」

 また口を小さく開けたまま呆けるから。
 イルハは思わず片の手を伸ばし、その頬を撫でてしまうのだった。
 思いのほか柔らかく滑らかな肌からは、指が離れない。

 いつの間にか、シーラはくすぐったそうに目を細めて笑っていた。

「イルハって本当に面白いや」

「楽しんで頂けたなら良かったです。目が覚めてしまいましたか?」

「うん、もう眠くないね。イルハはずっとここにいてくれたの?」

「いえ。途中でリタと交替したのですよ」

 嘘は言っていない。
 結局呼ばれるまで待てず、自らこの部屋に来たイルハは、すでに眠ったシーラを見ては一瞬は落ち込んで。
 その後は強引にリタと役目を交替して、眠るシーラに付き添っている。
 何度かリタが交替すると言って顔を出したが、イルハはこの場所を譲らなかった。

 ほわほわとした温かい何かが手から流れ込み、全身を駆け巡る感覚が、イルハにある。
 分かりやすくて、ほっとして、イルハは微笑みを深くした。

 まだ泣くかもしれないが、怪我はさほど痛んでいないことが分かったから。

「側にいてくれてありがとうね。もう大丈夫だから、寝ていいよ?」

「いえ。もう少しここにいますよ。あなたが嫌でなければですが」

 イルハにもっと温かいものが伝わってきた。

 シーラが顔色を窺うようにイルハを見ていたのは一瞬のこと。
 その後はイルハとよく似た顔で微笑んでいる。
 顔の造形が似ているわけではない。微笑みの作り方が似ていたのだ。

「イルハを嫌だなんて思わないし、思ったこともないよ。イルハはまだ眠くない?」

 期待の込められた視線か。
 それとも声か。
 手から伝わるものか。

 そうではなく、それらすべてを総合して受け止めているからだろうか。

 シーラが何を期待しているか。
 言わずとも分かったイルハは、シーラの頬を変わらず撫でていく。

「そうですね。まだ私も眠れそうにありませんので。しばしお喋りでもしましょうか」

「うん!」

 二人にとって色濃い一日となったけれど。
 最後にいつも通り過ごせれば。
 それだけで大変なことなど何ひとつ起きていなかったように感じられる。

 というような趣旨の言葉を深夜に告げたのは、シーラだ。




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