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♠国にあるもの

14.干からびるほど泣いていた

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「うぅ。気を付けていたのに。こんなに大きな失敗をしてしまって」

「失敗くらい誰にでもあるものですよ。それから怪我は良くありませんでしたが、仕事としてはこの程度、大きな失敗にはなりません」

「でも、沢山汚しちゃったの。それにこれはお母さんの大事な服なのでしょう?ぐすん。もう変わりのないものなのに。私のせいで大事なものがこんなことになって──」

 おそらく魔術で瞬時に沸かした湯を使ったのだろう。
 やけに早く使用人が持ってきた落ち着く効能があるという温かいハーブティーを飲まされたシーラは、それでも泣くことを辞めなかった。

 もはや滝となった涙をイルハは根気よく拭い続けながら、シーラの話を聞いている。
 泣いているせいか、話がころころと転がるので、よく聞いていなければ答えられない。
 もちろんイルハがシーラの言葉を聞き漏らすなんてことはまずないのだが。

「違いますよ、シーラ。実はそれはあなたのために用意した服でして。布を選ぶところからリタがして、一から縫って頂いたのです」

 シーラが驚いて固まると、濡れた目から零れる涙の量が減っていた。

 何かで驚かせれば、それも面白いことをして笑わせたら、いや、この状況で無理だろう、興奮させても良くなかった……というのは、相変わらず腕を組み立っているだけの王子の頭の中だ。

「お母さんのものではなかったの?」

「えぇ。ですがいずれにせよ、そのように泣くことはないのですよ。私は気にしませんからね」

「そんな……。せっかくリタが縫ってくれたものを汚しちゃったの?うぅ……リタが私のために……ぐすん」

 どんな経緯で用意された服であろうと、レンスター家で用意したものならば、シーラは泣くのだ。
 
 シーラには、タークォンで用意されるすべての物品に借り物という意識が付随している。
 もしもまた海に出る日が来るとすれば。
 シーラはリタが縫った服を船に持って旅立つことはないのだから。

 本はなんとか持って行ってくれた。
 食料も言いくるめれば船に乗せることは出来た。
 けれどもそれ以外は頑なに断っていたのだ。だから前回の別れのときも、イルハは贈り物をあのような形で渡している。

 その意識がまだ続いているとしても。
 そのもしもを起こさないように決めた男がここにあったから。

 きっともう、シーラが一人で旅立つ日は──。

「リタはそんなことで怒りませんよ。あなたも知っていますね?」

「怒らなくても、私が悲しいの。ぐすん、せっかく私のために縫ってくれたものなのに」

「では、あとで二人で何かお詫びをしましょうか」

「うぅ……ぐす。ごめんなさい」

「もう謝らないでください、シーラ。服なんて至極どうでもいいことです。私には生身のあなたほど大事なものは、ひとつもありませんからね。これはリタも同じように言うはずですよ」

 王子がまた違う意味で息を呑んでいた。
 傍観者は先から驚いてばかりだ。


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