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♦三度目

30.久しぶりの王子様

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「あ、イルハ。どうしよう?」

 前に飛び出して王子を呼んだすぐ後に、シーラは慌てて振り返った。
 これに応じてイルハが微笑み掛ければ、周囲はシーラの無礼な発言をまたひととき忘れることになる。


 長官を呼び捨てにしているのか、この娘?
 しかも、長官がまた笑っているぞ。
 二人はどんな関係なのだ?

 まさか……。
 この長官に限ってそんなことは……。


 彼らの一様な思考を遮ったのは、その主君となる。

「おぅ、久しいな、シーラ。三年振りか?」

「前のときを覚えていてくれたんだね。ありがとう、王子!」

「お前は印象深い娘だったからな。そう簡単には忘れられねぇぞ」

「それもありがとう。あっ!」

 今度も自分で気付いたシーラは、「どうしよう、イルハ?」ともう横に並び立っていたイルハを見上げるのだった。
 ここでまたイルハが微笑めば……周囲は大混乱だ。


 唯一ここで落ち着きを取り戻していた者がいる。
 王子がレンスター邸にて初めてシーラと話した夜に、王子の警護役を務めていた近衛兵だ。
 この男は興味深く、シーラの観察に努めていた。


 これがあの時の娘か。
 話に聞いて予想していたよりはずっと幼いな。
 そしてイルハ殿と殿下の……とても分からん。
 確かにタークォンでは見ない娘に違いないが、それが良かったのか?


 あの日、レンスター邸宅に入ることのなかった彼は、その存在は聞いていても、シーラの顔を見るのも初めてであった。
 普段も王子の警護をしていれば、その後にイルハが街でシーラと仲睦まじく過ごしていた時間を知る由もない。

 むしろその辺りのことならば、街の警備をしている兵士たちの方がずっと詳しいだろう。



 話すたびに一度イルハを見上げるシーラに、王子は怪訝に問い掛ける。

「なんだ、何を困っているんだ?」

「ここはイルハのお家ではないでしょう?だから王子にはちゃんと挨拶をしようと思って。さっきまで練習していたんだ」

 何故かシーラは胸を張って、王子に答えるのだった。
 胸を張るくらいなら、今から礼儀を整えたら良いだろうに。
 普段海にあると、そこには思い至らないようである。

 その足りない様子がむしろ可愛く想えたイルハがすぐに口角を上げれば。
 周囲はまたしばらく想像を働かせて、考え込むことになった。


 笑みひとつでここまで周囲を惑わせられるとは。
 これはなかなかに使いようがありそうだ。

 と王子は密かに思いながら、久しぶりのシーラとの会話を楽しんでいく。




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