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♦三度目

18.すべてを捨てられるほどに

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 幻想なのか、現実なのか。
 分からなくなり掛けたイルハを、美しく澄んだ声が現実に引き戻す。

「イルハ……ごめんなさい」

 イルハの瞳に起きていた異変は、シーラにも届いてしまった。
 赤く染まり潤んだ瞳を隠すことも忘れ、イルハはさらにその瞳にじっとりとした熱を込めて、シーラを見つめ続けてしまったのだから。
 泣きそうになっていたことは、今さら隠し通せるものではない。

 シーラの瞳は、イルハとは真逆に揺れた。
 切なく、苦しそうに、顔にぎゅっと力を籠めると、シーラはイルハを見据えて言う。

「あのね、イルハ。ずっと謝らないといけないと思っていて。あのとき約束をしたのに──」

 まだいい。
 それは後でじっくりと。

 夜はまだまだ長く続くのだから。
 それも今宵だけとはならず、この先もずっと──。


 イルハはゆったりと首を振ると、以前見せていたそれよりもさらに優しく変わった笑みをシーラに向けた。
 シーラがその笑顔に魅せられ、一時ぽぅっと呆けた姿を見せていたのは、イルハの夢ではない。


「これだけあれば、いつまでも飲み比べを楽しめそうですね。有難く頂きます」

 あえて過去に触れず言ったイルハに、シーラは頷くと、こちらも一段と優しい笑みを浮かべるのだった。
 互いに会えない期間に経験を重ねてきた結果、その表情も変わってきたということだろうか。

 だが続く発言は……以前と変わらぬシーラらしいものとなった。

「口に合わなかったら、そうだと言ってくれて大丈夫だよ。私は全部好き味だから、喜んで回収するね!」

 まったく心配させてくれる。

 遠くにあっても。
 側にあっても。

 それでもどうせ心配するなら、共にあるときに──。


 イルハは笑顔のままに、タークォンでの立場を遠くへと投げつけた。

「あなたはいくつになりましたか?」

「えっと……二十歳を過ぎたかな」

 照れたように頬を掻きながら微笑むシーラに、イルハの笑みは深まる一方である。
 投げたそれを、取りに行こうかと迷う気持ちも起きない。

「嘘ですね。まだ足りない」

 覚えていないわけがなかった。
 、今年は十九歳。

「ですが……」

 イルハはわざとらしく少しの間を空け、優しく微笑む。
 そうすれば、イルハの瞳には期待から来る満面の笑みが映っていた。

「これだけのお酒を一人で飲んでいても味気ないものです。せっかく素晴らしいお酒をこんなにも頂いたのですから、あなたにも少しお付き合いいただきたい。どこの誰にも口外しないと約束して頂けるならば、という話になりますが」

「もちろん約束するよ!誰にも言わないから安心して!だから一緒に」

 用意された二つのグラスは、すぐに重なった。
 長い、長い夜は、まだ始まったばかり。



***

※日本では、お酒は20歳になってからですよ。


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