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♦三度目
16.共同作業
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廊下にひょいと顔を出せば、イルハの瞳に重そうな大きな袋を両手で胸に抱え、足取り怪しくよたよたと近付いてくるシーラの姿が映った。
もう黙って見ていられるイルハではなく。
イルハは部屋を飛び出すと、シーラに駆け寄り、抱えていた袋を平然と奪い取っては問い掛ける。
「これは何です?」
見た通りに重たい麻袋は、中に液体が入った何かがあることをその振動からイルハに伝えた。
食事を後回しにしてまで急ぎ運んでくるなんて、一体何だというのか。
「うん、説明するよ。でも少し待ってね。全部運んでから……ねぇ、イルハ。ちょこっとだけ魔術を使ったら駄目かな?」
「先も使っていませんでしたか?」
照れたようにへらりと笑ったシーラに、イルハはもちろん、それ以上の追求もしなければ、咎めもしない。
「私が運びますよ」
「ありがとう。お願い出来る?」
それから二人は廊下を何往復もして、複数の麻袋を運ぶことになった。
すべて運び終えたあとには、絨毯の上に並ぶ麻袋を眺め、続いて隣で腕を長く擦るシーラを見ては、イルハも怪訝に眉を寄せてしまう。
もちろん、体が疲れたせいではない。
「これをすべて一人で船から運んだわけではありませんね?」
シーラがぱっと顔を上げてイルハに笑顔を向ければ、イルハの眉間の皺は見る間に消えていった。
語る前からその表情だけで通じ合えたかつての感覚が蘇る。
「ほとんどはオルヴェが運んでくれたんだよ。それにテンも沢山手伝ってくれてね。テンって、とってもいい子でしょう?」
「それを聞いて安心しました。オルヴェには後でお礼を伝えておきます」
イルハはよく知らぬ子を周囲の称賛だけでよく知らないままに褒める男ではない。
子どもにも冷たい男だと罵る者もあろうが、シーラは違った。
「イルハが変わりなくて嬉しいな。船の上で台車に乗せるときだけは使ってしまったけれど、タークォンの街では魔術を使わないようにするから安心してね」
「そういう意味での心配ではありませんよ」
言えなかったが、イルハも同じ気持ちだった。
シーラが変わりなく、イルハはこの事実を知って、心から喜んでいる。
気を抜けば、泣きそうなほどに。
ところ変わって、広い邸の一室にて。
シーラとイルハが夜分であることも忘れ、どたばたと賑やかに麻袋を運んでいる間。
リタとオルヴェは耳を澄ませては涙を浮かべ微笑み合った。
良かった、良かったと話す夫妻の夜もまた、一向に更けてはいかない。
坊ちゃま、本当に良かったですねぇ。
シーラちゃんも変わりがなくて、本当に良かったねぇ。
あとはこの二人が……
泣きながら話しているのに、夫妻の瞳には揃って強い闘志がぎらぎらと漲っていた。
もう黙って見ていられるイルハではなく。
イルハは部屋を飛び出すと、シーラに駆け寄り、抱えていた袋を平然と奪い取っては問い掛ける。
「これは何です?」
見た通りに重たい麻袋は、中に液体が入った何かがあることをその振動からイルハに伝えた。
食事を後回しにしてまで急ぎ運んでくるなんて、一体何だというのか。
「うん、説明するよ。でも少し待ってね。全部運んでから……ねぇ、イルハ。ちょこっとだけ魔術を使ったら駄目かな?」
「先も使っていませんでしたか?」
照れたようにへらりと笑ったシーラに、イルハはもちろん、それ以上の追求もしなければ、咎めもしない。
「私が運びますよ」
「ありがとう。お願い出来る?」
それから二人は廊下を何往復もして、複数の麻袋を運ぶことになった。
すべて運び終えたあとには、絨毯の上に並ぶ麻袋を眺め、続いて隣で腕を長く擦るシーラを見ては、イルハも怪訝に眉を寄せてしまう。
もちろん、体が疲れたせいではない。
「これをすべて一人で船から運んだわけではありませんね?」
シーラがぱっと顔を上げてイルハに笑顔を向ければ、イルハの眉間の皺は見る間に消えていった。
語る前からその表情だけで通じ合えたかつての感覚が蘇る。
「ほとんどはオルヴェが運んでくれたんだよ。それにテンも沢山手伝ってくれてね。テンって、とってもいい子でしょう?」
「それを聞いて安心しました。オルヴェには後でお礼を伝えておきます」
イルハはよく知らぬ子を周囲の称賛だけでよく知らないままに褒める男ではない。
子どもにも冷たい男だと罵る者もあろうが、シーラは違った。
「イルハが変わりなくて嬉しいな。船の上で台車に乗せるときだけは使ってしまったけれど、タークォンの街では魔術を使わないようにするから安心してね」
「そういう意味での心配ではありませんよ」
言えなかったが、イルハも同じ気持ちだった。
シーラが変わりなく、イルハはこの事実を知って、心から喜んでいる。
気を抜けば、泣きそうなほどに。
ところ変わって、広い邸の一室にて。
シーラとイルハが夜分であることも忘れ、どたばたと賑やかに麻袋を運んでいる間。
リタとオルヴェは耳を澄ませては涙を浮かべ微笑み合った。
良かった、良かったと話す夫妻の夜もまた、一向に更けてはいかない。
坊ちゃま、本当に良かったですねぇ。
シーラちゃんも変わりがなくて、本当に良かったねぇ。
あとはこの二人が……
泣きながら話しているのに、夫妻の瞳には揃って強い闘志がぎらぎらと漲っていた。
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