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♦三度目
14.言い訳の多い男
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身構えてはいたが、待っていたわけではない。
と、意味のない言い訳を誰かにしながら、イルハは立ち上がり扉へと向かった。
以前のように勝手に扉が開かなかったことにも、また心がさざ波を立てている。
だが扉を開けてみれば、シーラの両手が塞がっていたことを知らされた。
ではたった今聞かれたノックの音は……。
まさかシーラが足を使うまいと思えば、イルハにはどうしたかを容易に想像出来る。
これも含めての顔だったのか。
シーラが不安そうに、それでいてどこか探るようにして、間近でイルハを見上げたとき、いよいよイルハは自分の馬鹿さ加減に嫌気が差した。
「入ってもいい?」
シーラが両手で抱えていた盆を奪ったイルハは、「どうぞ」と言ってシーラを部屋の中へと促すも、どうしても真正面からはシーラと目を合わせられない。
それでも今までよりは、柔らかい声を出せていた。
「そちらに座ってください」
言いながら、せっせとテーブルに料理の皿を並べていく。
この料理の多さが、リタが先に伝えた言葉が気遣いからのものではないと証明していた。
小さく頷き、二人掛けのソファーの端にちょこんと座ったシーラは、まだ動くイルハをじっと見詰めている。
何を想っているのだろう。
やがてイルハの手が止まったところで、口を開いた。
「なんだか部屋の感じが変わっているね。前のときは、このソファーがなかったでしょう?」
この二人掛けのソファーを他の部屋からわざわざ移動してきた理由はなんだったか。
その理由を想い出しながら、イルハはあえて隣には座らずに、向かいの以前から置いてある一人掛けのソファーへと腰掛けた。
足元の絨毯はかつての通り。
よく二人で並び座り、音楽を奏でた場所はそのままに残し。
軽食などを取りやすいようにと、使っていなかったソファーとテーブルを運んだだけ。
どうせ無駄に広い部屋だったから。
ただそれだけだ。
と、またしても誰かに言い訳をするように、イルハがしばし考え込んでいると。
答えが貰えなかったと受け取ったシーラが、がっくりと肩を落として俯いた。
こうも目に見えて落ち込まれたら、イルハの心にはこれまでとまた違った形のさざ波が立つ。
だからイルハは言った。
「夕食は……」
「え?」
急いで顔を上げたシーラの視線を、ついにイルハは真正面から受け止めた。
その輝く瞳に隠すこともなく込められていた期待が、イルハの胸に静けさを誘い、荒波はゆるやかに収まっていく。
「リタが夕食をあまり食べられなかったと言っていましたね。もしや、どこか具合が悪いのですか?」
シーラの丸々と見開かれていく瞳に──イルハの心は完全に凪いだ。
静かに見つめ合えば、何もかも通じ合え、すべてを許し合えた気もしてくるから不思議だ。
「うぅん、どこもなんともないよ。とても元気だからね!」
にっこりと微笑まれると、もう何もかもがどうでも良くなっていく。
それでも理由が欲しい。
会えなかった時にどうか正当な理由を与えてはくれないか。
そうすれば、二度とこのように心に荒波が立つときは訪れないはずだから──。
と、この期に及んでまだ甘えたことを願い、イルハは聞くのだった。
「あの赤毛の子は?」
と、意味のない言い訳を誰かにしながら、イルハは立ち上がり扉へと向かった。
以前のように勝手に扉が開かなかったことにも、また心がさざ波を立てている。
だが扉を開けてみれば、シーラの両手が塞がっていたことを知らされた。
ではたった今聞かれたノックの音は……。
まさかシーラが足を使うまいと思えば、イルハにはどうしたかを容易に想像出来る。
これも含めての顔だったのか。
シーラが不安そうに、それでいてどこか探るようにして、間近でイルハを見上げたとき、いよいよイルハは自分の馬鹿さ加減に嫌気が差した。
「入ってもいい?」
シーラが両手で抱えていた盆を奪ったイルハは、「どうぞ」と言ってシーラを部屋の中へと促すも、どうしても真正面からはシーラと目を合わせられない。
それでも今までよりは、柔らかい声を出せていた。
「そちらに座ってください」
言いながら、せっせとテーブルに料理の皿を並べていく。
この料理の多さが、リタが先に伝えた言葉が気遣いからのものではないと証明していた。
小さく頷き、二人掛けのソファーの端にちょこんと座ったシーラは、まだ動くイルハをじっと見詰めている。
何を想っているのだろう。
やがてイルハの手が止まったところで、口を開いた。
「なんだか部屋の感じが変わっているね。前のときは、このソファーがなかったでしょう?」
この二人掛けのソファーを他の部屋からわざわざ移動してきた理由はなんだったか。
その理由を想い出しながら、イルハはあえて隣には座らずに、向かいの以前から置いてある一人掛けのソファーへと腰掛けた。
足元の絨毯はかつての通り。
よく二人で並び座り、音楽を奏でた場所はそのままに残し。
軽食などを取りやすいようにと、使っていなかったソファーとテーブルを運んだだけ。
どうせ無駄に広い部屋だったから。
ただそれだけだ。
と、またしても誰かに言い訳をするように、イルハがしばし考え込んでいると。
答えが貰えなかったと受け取ったシーラが、がっくりと肩を落として俯いた。
こうも目に見えて落ち込まれたら、イルハの心にはこれまでとまた違った形のさざ波が立つ。
だからイルハは言った。
「夕食は……」
「え?」
急いで顔を上げたシーラの視線を、ついにイルハは真正面から受け止めた。
その輝く瞳に隠すこともなく込められていた期待が、イルハの胸に静けさを誘い、荒波はゆるやかに収まっていく。
「リタが夕食をあまり食べられなかったと言っていましたね。もしや、どこか具合が悪いのですか?」
シーラの丸々と見開かれていく瞳に──イルハの心は完全に凪いだ。
静かに見つめ合えば、何もかも通じ合え、すべてを許し合えた気もしてくるから不思議だ。
「うぅん、どこもなんともないよ。とても元気だからね!」
にっこりと微笑まれると、もう何もかもがどうでも良くなっていく。
それでも理由が欲しい。
会えなかった時にどうか正当な理由を与えてはくれないか。
そうすれば、二度とこのように心に荒波が立つときは訪れないはずだから──。
と、この期に及んでまだ甘えたことを願い、イルハは聞くのだった。
「あの赤毛の子は?」
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