60 / 349
♠二度目
14.砂糖菓子のように
しおりを挟む
シーラが少し寝て目覚めると、まだリタはシーラの側に居た。
椅子に座り、老眼鏡を掛けて、縫い物をしている。
「寝てばかりでごめんね、リタ」
リタは手を止め、眼鏡を膝に置くと、手を伸ばしてシーラの額を撫でた。
濡れた額に、着替えを用意しなければとリタは思う。
「いいのよ。お世話をする人がいるのも嬉しいものだわ。薬が効いてきたわね」
「うん、楽になったよ」
「お腹は空くかしら?」
「うーん、まだそんなに」
リリリンと遠くから鐘の音が鳴り響いた。
「あらあら、またねぇ」
オルヴェは買い出し中で、リタは仕方なくゆっくりと立ち上がった。
相手が分かっているから、慌てることもない。
「誰か来ているの?リタも忙しいなら、構わないで大丈夫だよ」
「あれは通信機なの。坊ちゃまったら、心配で堪らないのねぇ」
「通信機って?船の無線機みたいなもの?」
「そうねぇ、同じようなものかしら?」
聞かれたリタは、船の無線機がどのようなものか分からないし、通信機の構造だって知らなかったから、シーラの好奇心を満たしてやることが出来ない。
そんな困り顔のリタに、シーラはある提案をする。
すぐにリタが廊下の棚に置かれた小さな箱型の通信機を持って、ケーブルを引き延ばしながら、シーラの部屋に戻って来た。
それからリタは元居た場所に座ると、受話器をシーラに渡して、躊躇いなく通信ボタンを押す。
「私です。なかなか出ませんでしたが、何かあったのですか?」
「本当にイルハなの?いつもと声が違うみたい」
しばらく間が空いた。
シーラは首を傾げてちらとリタを見たが、リタは満面の笑みで頷くだけだ。
そのうち、無線機に声が戻った。
「シーラなのですか?起きていて平気なのです?」
「大丈夫だよ。薬が良く効いてね。イルハも私のことは気にしないで、仕事をしていてね」
いつもよりおっとりとした口調だが、イルハを安堵させるのに十分なしっかりとした声だった。
通信機を通した声は、いつもより可憐に聴こえ、イルハの耳がくすぐったい。
「熱はどうです?」
「下がって、楽になったよ」
イルハの言葉も自然とシーラに合わせて、ゆったりとしたものになった。
王宮でこのような口調で話した経験など、イルハにはない。
「何か食べたいものはありますか?買って帰りますよ」
「うぅん、何もいらないけど……」
その後の言葉が続かない。シーラも少し迷ったようだ。
それでイルハが先に聞いた。
「何かして欲しいことがありますか?何でも言っていいのですよ」
「うん。何もしなくていいから、早く帰って来て欲しいな」
イルハははっと息を呑んだあと、またしばらく沈黙した。
何かまずいことを言ったのではないかと心配になったシーラがリタを見ると、何故かリタは笑顔でうんうんと頷き返して、ますますシーラは困惑する。
困ったシーラが口を開きかけたときだ。
「分かりました。今日は早く帰ります」
落ち着いた神妙な声が、シーラがそれを取り消すことを絶対に認めないと主張しているようで、リタはくすくすと笑ってしまうのだった。
椅子に座り、老眼鏡を掛けて、縫い物をしている。
「寝てばかりでごめんね、リタ」
リタは手を止め、眼鏡を膝に置くと、手を伸ばしてシーラの額を撫でた。
濡れた額に、着替えを用意しなければとリタは思う。
「いいのよ。お世話をする人がいるのも嬉しいものだわ。薬が効いてきたわね」
「うん、楽になったよ」
「お腹は空くかしら?」
「うーん、まだそんなに」
リリリンと遠くから鐘の音が鳴り響いた。
「あらあら、またねぇ」
オルヴェは買い出し中で、リタは仕方なくゆっくりと立ち上がった。
相手が分かっているから、慌てることもない。
「誰か来ているの?リタも忙しいなら、構わないで大丈夫だよ」
「あれは通信機なの。坊ちゃまったら、心配で堪らないのねぇ」
「通信機って?船の無線機みたいなもの?」
「そうねぇ、同じようなものかしら?」
聞かれたリタは、船の無線機がどのようなものか分からないし、通信機の構造だって知らなかったから、シーラの好奇心を満たしてやることが出来ない。
そんな困り顔のリタに、シーラはある提案をする。
すぐにリタが廊下の棚に置かれた小さな箱型の通信機を持って、ケーブルを引き延ばしながら、シーラの部屋に戻って来た。
それからリタは元居た場所に座ると、受話器をシーラに渡して、躊躇いなく通信ボタンを押す。
「私です。なかなか出ませんでしたが、何かあったのですか?」
「本当にイルハなの?いつもと声が違うみたい」
しばらく間が空いた。
シーラは首を傾げてちらとリタを見たが、リタは満面の笑みで頷くだけだ。
そのうち、無線機に声が戻った。
「シーラなのですか?起きていて平気なのです?」
「大丈夫だよ。薬が良く効いてね。イルハも私のことは気にしないで、仕事をしていてね」
いつもよりおっとりとした口調だが、イルハを安堵させるのに十分なしっかりとした声だった。
通信機を通した声は、いつもより可憐に聴こえ、イルハの耳がくすぐったい。
「熱はどうです?」
「下がって、楽になったよ」
イルハの言葉も自然とシーラに合わせて、ゆったりとしたものになった。
王宮でこのような口調で話した経験など、イルハにはない。
「何か食べたいものはありますか?買って帰りますよ」
「うぅん、何もいらないけど……」
その後の言葉が続かない。シーラも少し迷ったようだ。
それでイルハが先に聞いた。
「何かして欲しいことがありますか?何でも言っていいのですよ」
「うん。何もしなくていいから、早く帰って来て欲しいな」
イルハははっと息を呑んだあと、またしばらく沈黙した。
何かまずいことを言ったのではないかと心配になったシーラがリタを見ると、何故かリタは笑顔でうんうんと頷き返して、ますますシーラは困惑する。
困ったシーラが口を開きかけたときだ。
「分かりました。今日は早く帰ります」
落ち着いた神妙な声が、シーラがそれを取り消すことを絶対に認めないと主張しているようで、リタはくすくすと笑ってしまうのだった。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる