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♠二度目
4.楽しむ男
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二人は祭りの主たる会場へと移動した。
その場所はいつものタークォンの静かなる夜とは、別世界だ。
煌めく装飾灯。並ぶ出店。あちこちから鳴り響く楽しい音楽。
収穫祭のこのとき、タークォンの民たちは、朝までだって外で食事を楽しみながら酒を飲んでは音楽を奏で、好きに踊ることが出来るのである。
「うわぁ、これは楽しいね」
シーラは何でも食べたし、時に歌い踊る人たちに合わせて手拍子を取った。
何度も、楽しいね、楽しいねと言っては、イルハに笑顔を向ける。
隣の男の方がずっと良く楽しんでいたことを、彼女は知らない。
イルハは珍しく上機嫌で酒を堪能していった。
飲めないシーラが時折口を尖らせて不満を示しても楽しむことを辞めないくらいに、イルハの心は浮ついていた。
そんなイルハに気付いてしまい、ぎょっとして凝視してしまったあとに、顔を背ける者たちは一人や二人では済まず。
イルハは今まで気遣いから、祭りに参加してこなかった。イルハを見るとどうしても、民も官もひとまとめに皆が法を想い出してしまう。
恩寵のときにそれは申し訳ないと、遠慮してきたイルハだが。そもそも性格からして、率先して祭りに参加する男だと周囲の誰からも思われていなかったであろう。
そんなイルハが女性を連れて、しかも酒を飲み笑っていたら、誰もがそれは驚くし、焦る。
そして、すぐに頭から自らの意志で法の存在を追い出した。
今日は祭り。さすがのイルハでも何か裁きを下すようなことはあり得まい。
だけど離れておこうと距離は取る。
左様な周囲の戸惑いなど、二人にはとても関係ないことだった。
今日のイルハにとっては特に。
周囲の動揺には気付いていたが、イルハは無視した。
「あぁ、私も楽器を持って来れば良かった」
「明日は演奏しますか?」
「そうだね。イルハも一緒に弾こう」
「それもいいですね」
当然のことながら、イルハがルードなど奏で始めれば、またしても皆が驚愕して酷い顔を見せることだろう。
それはとても面白そうだ。
にやりと笑うイルハは、本当にいい気分で、心には温かいものが満ちていた。
こうなると、これまで祭りに参加しなかったことを悔やみたくもなるが、隣に彼女がいなければ今のようにはならないと分かっているイルハは、例年祭りに参加しておけば、もっとよくシーラを案内出来たなという点だけを悔やんでおく。
同時に、どうしてもっと早く出会えなかったのか、と最も大きな後悔を抱いた。
悔やんだところで自分ではどうにも出来ない後悔が、温かい心の裏側に影のように潜む。
夜更けまで楽しんだあと、二人は当然のようにレンスター邸宅へと戻っていった。
すでに帰宅していたリタとオルヴェが泣いて喜んだことは言うまでもない。
また楽しく賑やかな日々が戻って来た。
レンスター邸宅の面々は喜びながらも、すぐにやって来るであろう別れのときを憂い、しかしせっかくまた来てくれたのだからと今宵は楽しむことを優先して、結局、明け方近くまでシーラを囲い祭り気分のお喋りと音楽に興じることになった。
日が昇れば、祭りの最終日だ。
期待のせいか、ろくに眠ることも出来なかったレンスター家の三人だったが、興奮が睡眠不足などすっかり吹き飛ばして、張り切って早朝に起き出し、シーラの起床を待った。
ところが、ここで問題が起きてしまう。
その場所はいつものタークォンの静かなる夜とは、別世界だ。
煌めく装飾灯。並ぶ出店。あちこちから鳴り響く楽しい音楽。
収穫祭のこのとき、タークォンの民たちは、朝までだって外で食事を楽しみながら酒を飲んでは音楽を奏で、好きに踊ることが出来るのである。
「うわぁ、これは楽しいね」
シーラは何でも食べたし、時に歌い踊る人たちに合わせて手拍子を取った。
何度も、楽しいね、楽しいねと言っては、イルハに笑顔を向ける。
隣の男の方がずっと良く楽しんでいたことを、彼女は知らない。
イルハは珍しく上機嫌で酒を堪能していった。
飲めないシーラが時折口を尖らせて不満を示しても楽しむことを辞めないくらいに、イルハの心は浮ついていた。
そんなイルハに気付いてしまい、ぎょっとして凝視してしまったあとに、顔を背ける者たちは一人や二人では済まず。
イルハは今まで気遣いから、祭りに参加してこなかった。イルハを見るとどうしても、民も官もひとまとめに皆が法を想い出してしまう。
恩寵のときにそれは申し訳ないと、遠慮してきたイルハだが。そもそも性格からして、率先して祭りに参加する男だと周囲の誰からも思われていなかったであろう。
そんなイルハが女性を連れて、しかも酒を飲み笑っていたら、誰もがそれは驚くし、焦る。
そして、すぐに頭から自らの意志で法の存在を追い出した。
今日は祭り。さすがのイルハでも何か裁きを下すようなことはあり得まい。
だけど離れておこうと距離は取る。
左様な周囲の戸惑いなど、二人にはとても関係ないことだった。
今日のイルハにとっては特に。
周囲の動揺には気付いていたが、イルハは無視した。
「あぁ、私も楽器を持って来れば良かった」
「明日は演奏しますか?」
「そうだね。イルハも一緒に弾こう」
「それもいいですね」
当然のことながら、イルハがルードなど奏で始めれば、またしても皆が驚愕して酷い顔を見せることだろう。
それはとても面白そうだ。
にやりと笑うイルハは、本当にいい気分で、心には温かいものが満ちていた。
こうなると、これまで祭りに参加しなかったことを悔やみたくもなるが、隣に彼女がいなければ今のようにはならないと分かっているイルハは、例年祭りに参加しておけば、もっとよくシーラを案内出来たなという点だけを悔やんでおく。
同時に、どうしてもっと早く出会えなかったのか、と最も大きな後悔を抱いた。
悔やんだところで自分ではどうにも出来ない後悔が、温かい心の裏側に影のように潜む。
夜更けまで楽しんだあと、二人は当然のようにレンスター邸宅へと戻っていった。
すでに帰宅していたリタとオルヴェが泣いて喜んだことは言うまでもない。
また楽しく賑やかな日々が戻って来た。
レンスター邸宅の面々は喜びながらも、すぐにやって来るであろう別れのときを憂い、しかしせっかくまた来てくれたのだからと今宵は楽しむことを優先して、結局、明け方近くまでシーラを囲い祭り気分のお喋りと音楽に興じることになった。
日が昇れば、祭りの最終日だ。
期待のせいか、ろくに眠ることも出来なかったレンスター家の三人だったが、興奮が睡眠不足などすっかり吹き飛ばして、張り切って早朝に起き出し、シーラの起床を待った。
ところが、ここで問題が起きてしまう。
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