51 / 349
♠二度目
5.駄々っ子は願う
しおりを挟む
シーラが到着した日の翌朝、レンスター邸宅は大騒ぎとなった。
起きて来たシーラが、真っ赤に頬を染めていたからだ。熱があることは、誰の目にも明らかである。
「まぁ、風邪ねぇ」
「嫌だよ!今日も行く!」
まだ誰も止める前から、シーラは懇願するように言った。
その必死さには、誰もが胸を打つ。
「祭りは来年もあるわよ、シーラちゃん」
「そうだよ。来年もまた来たらいいんだ」
「来年もあっても、今日の祭りは今日しかないよ」
頬を真っ赤に染めながら、駄々を捏ねる子どものように嫌々と首を振るシーラの姿に、シーラを囲む三人はそっと視線を合わせた。
視線だけで対応を協議したのだ。
とはいえ、決めるのはこの家の主イルハである。
使用人たちの視線はシーラを家で休ませろと語っていたが、イルハはふぅっと柔らかなため息を漏らしてから微笑した。
それだけで、シーラの瞳がぱっと輝く。
「まずは医者に診ていただいてから、決めることにしましょう」
イルハが祭りに行くかどうかに言及しなかったのは、当然あえてだ。
医者の診立てによっては、シーラに厳しいことを言わなければならないと思っている。
祭りの期間中も交替で勤務しているはずの王宮医を呼び出そうと、すぐに動こうとしたイルハだったが、それは悲痛な叫び声に遮られた。
「それも嫌だよ!とても元気だからね!医者なんか呼ばないで!」
イルハはほんのひととき思案して結論を出すと、シーラに向けて一段と柔らかく微笑んでみせる。
それでシーラがすっかりと安堵して、ほっと息を吐いたところだ。
「では、今日の祭りは諦めますか?」
イルハから出た言葉に、シーラは信じられないと目を丸くしたあとに、怒り始める。
「辞めて!笑顔で酷いことは言わないで!お願いだよ。タークォンのお祭りを見せて!」
「私も言いたくはありませんが、ここは譲れませんよ。祭りに行くのであれば、医者に診て頂いてからです」
「……そうしたら本当に行ってもいいの?やっぱり駄目だとは言わない?」
不安そうに、ともすれば泣き始めそうな顔に、イルハは即、自分を曲げた。
「そう……ですね。医者には祭りに行くための治療をするよう頼みましょう。私が言えば、即効性のある強めの薬を頂けるのではないかと」
使用人たちの視線から、坊ちゃま!と責める声を聞いた気がしたイルハだったが、それを気のせいにして、とにかく医者を手配した。
ついでに今朝の出勤は遅れそうだという連絡を入れたとき、何やかんやとシーラの世話に屋敷内を奔走していたはずのリタとオルヴェはその声をしっかりと聞いていて、使用人夫妻は目を合わせて喜び合うのだった。
坊ちゃまが仕事に遅れるなんて!
今日から冬が始まるかもしれないわ!
なんてリタが喜々として言ったのは、この日の夕方のこと。
起きて来たシーラが、真っ赤に頬を染めていたからだ。熱があることは、誰の目にも明らかである。
「まぁ、風邪ねぇ」
「嫌だよ!今日も行く!」
まだ誰も止める前から、シーラは懇願するように言った。
その必死さには、誰もが胸を打つ。
「祭りは来年もあるわよ、シーラちゃん」
「そうだよ。来年もまた来たらいいんだ」
「来年もあっても、今日の祭りは今日しかないよ」
頬を真っ赤に染めながら、駄々を捏ねる子どものように嫌々と首を振るシーラの姿に、シーラを囲む三人はそっと視線を合わせた。
視線だけで対応を協議したのだ。
とはいえ、決めるのはこの家の主イルハである。
使用人たちの視線はシーラを家で休ませろと語っていたが、イルハはふぅっと柔らかなため息を漏らしてから微笑した。
それだけで、シーラの瞳がぱっと輝く。
「まずは医者に診ていただいてから、決めることにしましょう」
イルハが祭りに行くかどうかに言及しなかったのは、当然あえてだ。
医者の診立てによっては、シーラに厳しいことを言わなければならないと思っている。
祭りの期間中も交替で勤務しているはずの王宮医を呼び出そうと、すぐに動こうとしたイルハだったが、それは悲痛な叫び声に遮られた。
「それも嫌だよ!とても元気だからね!医者なんか呼ばないで!」
イルハはほんのひととき思案して結論を出すと、シーラに向けて一段と柔らかく微笑んでみせる。
それでシーラがすっかりと安堵して、ほっと息を吐いたところだ。
「では、今日の祭りは諦めますか?」
イルハから出た言葉に、シーラは信じられないと目を丸くしたあとに、怒り始める。
「辞めて!笑顔で酷いことは言わないで!お願いだよ。タークォンのお祭りを見せて!」
「私も言いたくはありませんが、ここは譲れませんよ。祭りに行くのであれば、医者に診て頂いてからです」
「……そうしたら本当に行ってもいいの?やっぱり駄目だとは言わない?」
不安そうに、ともすれば泣き始めそうな顔に、イルハは即、自分を曲げた。
「そう……ですね。医者には祭りに行くための治療をするよう頼みましょう。私が言えば、即効性のある強めの薬を頂けるのではないかと」
使用人たちの視線から、坊ちゃま!と責める声を聞いた気がしたイルハだったが、それを気のせいにして、とにかく医者を手配した。
ついでに今朝の出勤は遅れそうだという連絡を入れたとき、何やかんやとシーラの世話に屋敷内を奔走していたはずのリタとオルヴェはその声をしっかりと聞いていて、使用人夫妻は目を合わせて喜び合うのだった。
坊ちゃまが仕事に遅れるなんて!
今日から冬が始まるかもしれないわ!
なんてリタが喜々として言ったのは、この日の夕方のこと。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる