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新しい風が吹いたのは、その夜だった。
「おかえりなさい、イルハ!」
廊下から玄関に飛び出して来たシーラは、目を丸くした。
イルハの隣に、見知らぬ男性の姿があったからだ。
それでも物怖じはしない性格のようで。
「お兄さんもこんばんは!あなたもイルハの友人なの?」
「ほぅ、これはまた。面白そうな娘だな」
「面白い?褒めてくれて、ありがとう!」
男はまじまじとシーラを見詰めて、片方の肘でイルハを突いた。
「方々から恐れられている男が、綺麗な花を抱えたお嬢さんを連れて歩いていたなんて噂を聞いたからには。どんな娘かと思えば。お前はこういう娘が良かったのか?」
「その花は彼女が自分で購入したものですよ」
「一緒に歩いていたのは事実だろうよ。偉く楽しそうにしていたと聞いたぜ?」
「それは発言した者の主観でしかありませんが、そのようなことを誰が言っていたのでしょう?」
イルハが顔色も変えずに淡々と問い直せば、男はつまらなそうに顔を歪めるのだった。
「ったく。おい、娘っ子。こんなつまらねぇ男といて疲れないか?」
「イルハといると楽しいよ?」
「楽しいかぁ?」
「うん、イルハは面白いんだ。それに優しい!」
「ほぅ。優しいときたか。想像出来ねぇが、お前は何をした?」
「特別なことは何も。それより十分に確認出来ましたね?お帰りを首を長くしてお待ちでしょうし、どうぞお帰りください」
イルハはこの状況を終わらせようと試みた。
しかし、それも無駄なこと。
イルハ自身がそれをよく分かっていて、それでも少しの抵抗の意を示したかっただけである。
「いいや。俺は音楽を楽しみに来たんだ。連日この家から、美しい音色が聞こえてくるそうじゃねぇか」
「もしかして、苦情があった?」
不安そうにイルハを見やるシーラの姿を、男は改めてまじまじと観察する。
想像していたよりは幼いが、少々気安くはあるも普通の若い娘に見えた。
よく知る隣の堅物は、これのどこを気に入ったのか。
男は訝しく思いながら、シーラの不安を解消してやった。
「いいや、逆だな」
「逆って?」
「噂のはじまりは警備兵で、夜間勤務中の奴らがやたらとこの辺りを往復しているらしいぞ」
「それは困りましたね。私から警備省にきつく言い聞かせておきましょう」
「ほら、聞いたか?怖い男だぜ?」
シーラは同意できないと、首を捻る。
「別に怖くないよ?」
「そうかね?」
「何で怖いの?」
「こいつは他の者を叱ってばかりなんだぜ?」
「イルハが叱るのは、その人が悪いことをしたときだけでしょう?」
男はあっさりと納得して頷くのだった。
その横顔を疎ましさを隠しもせずにイルハが見ている。
「それもそうだな。叱られることをする奴らが一番悪い」
「一番も何も、イルハは悪くないと思うけど」
「悪くはねぇが、こいつは叱り方が恐ろしいから、悪者にされやすいんだ。悪いと思う奴がいたら、正義も悪になっちまうだろう?改善の余地はあると思うぜ」
「そうかなぁ?」
「そうなんだよ。怖がられねぇように上手くやればいいものを。誰彼構わず恐れられていたら、仕事にも支障が出るってもんだ」
「みんなに怖がられているの?こんなに優しいのに?あれ?でもお兄さんはイルハを怖がっていないよね?」
「当然ですよ、シーラ。この方は──」
イルハは男が頷いたことを確認してから、続きを言った。
「我が国の第一王子殿下です。次期国王になられるお立場にある御方なのですよ」
「おかえりなさい、イルハ!」
廊下から玄関に飛び出して来たシーラは、目を丸くした。
イルハの隣に、見知らぬ男性の姿があったからだ。
それでも物怖じはしない性格のようで。
「お兄さんもこんばんは!あなたもイルハの友人なの?」
「ほぅ、これはまた。面白そうな娘だな」
「面白い?褒めてくれて、ありがとう!」
男はまじまじとシーラを見詰めて、片方の肘でイルハを突いた。
「方々から恐れられている男が、綺麗な花を抱えたお嬢さんを連れて歩いていたなんて噂を聞いたからには。どんな娘かと思えば。お前はこういう娘が良かったのか?」
「その花は彼女が自分で購入したものですよ」
「一緒に歩いていたのは事実だろうよ。偉く楽しそうにしていたと聞いたぜ?」
「それは発言した者の主観でしかありませんが、そのようなことを誰が言っていたのでしょう?」
イルハが顔色も変えずに淡々と問い直せば、男はつまらなそうに顔を歪めるのだった。
「ったく。おい、娘っ子。こんなつまらねぇ男といて疲れないか?」
「イルハといると楽しいよ?」
「楽しいかぁ?」
「うん、イルハは面白いんだ。それに優しい!」
「ほぅ。優しいときたか。想像出来ねぇが、お前は何をした?」
「特別なことは何も。それより十分に確認出来ましたね?お帰りを首を長くしてお待ちでしょうし、どうぞお帰りください」
イルハはこの状況を終わらせようと試みた。
しかし、それも無駄なこと。
イルハ自身がそれをよく分かっていて、それでも少しの抵抗の意を示したかっただけである。
「いいや。俺は音楽を楽しみに来たんだ。連日この家から、美しい音色が聞こえてくるそうじゃねぇか」
「もしかして、苦情があった?」
不安そうにイルハを見やるシーラの姿を、男は改めてまじまじと観察する。
想像していたよりは幼いが、少々気安くはあるも普通の若い娘に見えた。
よく知る隣の堅物は、これのどこを気に入ったのか。
男は訝しく思いながら、シーラの不安を解消してやった。
「いいや、逆だな」
「逆って?」
「噂のはじまりは警備兵で、夜間勤務中の奴らがやたらとこの辺りを往復しているらしいぞ」
「それは困りましたね。私から警備省にきつく言い聞かせておきましょう」
「ほら、聞いたか?怖い男だぜ?」
シーラは同意できないと、首を捻る。
「別に怖くないよ?」
「そうかね?」
「何で怖いの?」
「こいつは他の者を叱ってばかりなんだぜ?」
「イルハが叱るのは、その人が悪いことをしたときだけでしょう?」
男はあっさりと納得して頷くのだった。
その横顔を疎ましさを隠しもせずにイルハが見ている。
「それもそうだな。叱られることをする奴らが一番悪い」
「一番も何も、イルハは悪くないと思うけど」
「悪くはねぇが、こいつは叱り方が恐ろしいから、悪者にされやすいんだ。悪いと思う奴がいたら、正義も悪になっちまうだろう?改善の余地はあると思うぜ」
「そうかなぁ?」
「そうなんだよ。怖がられねぇように上手くやればいいものを。誰彼構わず恐れられていたら、仕事にも支障が出るってもんだ」
「みんなに怖がられているの?こんなに優しいのに?あれ?でもお兄さんはイルハを怖がっていないよね?」
「当然ですよ、シーラ。この方は──」
イルハは男が頷いたことを確認してから、続きを言った。
「我が国の第一王子殿下です。次期国王になられるお立場にある御方なのですよ」
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