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♦一度目

37.嬉しくて切ない

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 そんな様子のおかしいイルハを横目にも捉えず、シーラはリタたちの前に駆け出していく。

「おかえり、リタ!」

 その言葉に、またイルハは目を瞠り、足を止めた。

「お部屋はとっても綺麗になったわよ。楽しみにしておいてちょうだいね」

「ありがとう。あのね、二人に渡したいものがあるの!リタにはお花を買って来たよ!オルヴェにはブランデー。二人が好きなものを、イルハに教えて貰ったんだ」

「まぁ、私たちに!」

「これは嬉しいねぇ」

「あとね、ケーキもあるの。一緒に食べたいと思って!」

「まぁ、素敵ね。夕食後に頂いていいかしら?」

「それなら美味しい珈琲を淹れてあげよう」

「ありがとう。二人にはして貰うばかりで、本当はこれじゃあ足りないんだけど。お土産らしいものも積んでいなくて」

「何も気にすることなんてないのだよ」

「そうよ。私たちが勝手にしたくてしていることだわ」

「うん、ありがとう。私も勝手にしたくてする贈り物だよ。あとね」

 シーラは二人に向かって、深々と頭を下げた。それからよく通る声で言った。

「船出するまで、このお家に泊めてください」

 リタとオルヴェが優しく目を合わせる。
 その後に示し合わせたように向かう視線の先は、イルハの元だった。

「もちろんよ。ねぇ、坊ちゃま」

「こんな可愛いお客様を追い出せませんなぁ、坊ちゃま」

 イルハは二人の使用人にも、いつも向けない柔らかい微笑を返すのだった。

「私はすでに、この先も友人を泊めようと決めていましたよ」

 オルヴェも喜んでいたが、特にリタの瞳が期待に光った。
 これは、ひょっとするどころか、本当に……。



 夕食のときには、昨夜よりもさらに長く笑い声が続いた。
 食後のデザートの時間にはもっと盛り上がり、ケーキは幸せな甘い時間そのものを表して、オルヴェが丁寧に淹れた珈琲もまた格別だった。

 その後はそれが約束した予定だったかのように、各々楽器を持ち合わせ、一室に集まる。
 美しい音色は長く続いた。
 日増しに賑やかになっていくそれは、この素敵な時間が永遠に続くのではないかという希望をレンスター邸宅の面々に与えていく。
 
 それでも刻々と近付く別れのとき。
 旅の少女は何を想い、ここで音を紡ぎ歌うのか。

 イルハには分からない。
 分からないが、自分はとても愉快で、そして──

 どれも悲愴感を誘う音楽ではなかったのに、じわじわと濃くなっていく切なさがイルハの胸を詰まらせた。





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